fourth/leap
二十三号の結界――所謂金縛りで、一時的に弱まっていた赤い瞳は、再び元の輝きを取り戻そうとしていた。
ヒノエはそれらを横目で見つめながら、背中の荷を降ろす。
『恐らくは二匹。二十三号をこの時間で解くのは、そこそこって所か』
彼が荷の布を解き放つのと、赤い瞳が完全に光を取り戻したのは、ほぼ同時だった。
そこには、『何か』が居た。
人間の世界には、存在しない筈のものが。
形自体は、人間に近い。奇妙な迄に腕が長くなければ。
闇すら切り裂けそうな程に、爪が太く、鋭くなければ。
そして『それ』は耳まで裂けた口を開け、
おぞましい声で夜を吠えた。
「煩いな」
煩わしそうに呟いて、ヒノエはそれらを睨み付ける。
手には、彼が『紫影』と呼ぶ大剣が握られていた。
薄い紫色をした刄は厚く鋭く、凶悪に――それ以上に美しく、光り輝く。
彼の背丈程はあるだろうか、とても長く、そして大きい。
柄に特別な装飾は無く、それがかえって刄の美しさをひきたたせていた。
彼は笑う。
夜を
闇を
影を
『何か』の赤い瞳が線の様に細められ、鋭利な殺気を放ち――
次の瞬間、それはヒノエのすぐそばにあった。
『早い!!』
間を置かずに突き出されてきた右腕を横に飛んで交わし、追撃の左を退いて避ける。
ヒノエは素早くバランスを立て直すと、隙無く紫影を構えた。
『何か』とヒノエの距離はおそらく5m――否、それ以上あった筈だ。
それを一瞬で詰めるとは……。
『距離をとっても、不意をつかれるだけか――』
ヒノエは剣をしっかりと握り直し、『何か』の懐に飛び込んだ。
横殴りに飛んできた右腕をかがんで避け、ヒノエはほくそ笑む。
渾身の力を、両手に込め。
「死ね」
下から上に、美しい斜めの軌跡を描き、
ヒノエは剣を切り上げた。
生温い液体が、彼の頬を濡らす。
明らかに人の物ではない、青い血液。
異様な生臭さと、鉄の味――。
ヒノエは『何か』を切った勢いで振り向き、そのまま剣を振り下ろした。
そこには彼を背後から襲おうとしていた、もう一匹の『何か』。
紫影に断ち切られた『何か』の右腕は宙を舞い、
「!」
左腕で弾き飛ばされた紫影が、地面に転がっていた。 『何か』は丸腰になったヒノエにとどめをさそうと跳躍する。
その赤い瞳は、殺戮の喜びに酔い、重要な物を見逃していた。
危機に瀕しているはずの彼も又、笑っていた事に。
渾身の力を込められた左腕は、すさまじいスピードでヒノエに向かっていき、
辺りに、鈍く、不快な音が響き渡った。
左腕は、止められていた。
ヒノエの手の中に、何時の間にか握られていた、白い銃によって。 『何か』は、銃ごと彼を切り裂こうと力を込めるが、銃は切られる所か揺れる事さえしない。
ヒノエは唇の端を吊り上げ、引きつる様に笑った。
「トゥース・リーガは世界一堅い鋼だ。……お前なんかに切れるものか」
そして何よりも早く。
『何か』がそれに気付くよりも
『何か』が左腕を引き戻すよりも
『何か』が再び攻撃を繰り出そうとするよりも
何よりも早く。
彼は左手に持った黒い銃――『零の虚像』を『何か』に向け、引き金を引いた。
銃声は一つだけ。
高速で吐き出された六つの弾丸は、
『何か』の急所を正確に捕らえ、突き抜けた。
青い液体を撒き散らし、崩れ落ちる『何か』を見つめ、ヒノエは呟く。
悦びと哀しみに祈りながら。
「Good Night,Baby――良い夢を」




