第九話:常連たちの祝宴(パーティ)
「サトウが、この世界に骨を埋めることにしたらしい」
そんな根も葉もない(しかし、あながち間違いでもない)噂が、昨夜のうちに王都の酒場や魔導師の塔を駆け巡ったらしい。
翌朝、サトウが店の扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……え、エルザさん? 何ですか、その行列は」
店の前には、エルザを先頭に、鎧をピカピカに磨き上げた聖騎士団の面々、さらにはリィンが連れてきたであろう、鼻の高いエルフの魔導師たちが、まるで戦場のような真剣な面持ちで並んでいた。
「聞いたぞ、サトウ! 貴殿、あの大魔女の誘いを断ってまで、この店に残ってくれたそうだな! 騎士として、その心意気に報いぬわけにはいかん!」
エルザが合図を送ると、騎士たちが担いでいた大きな樽をドスンと店の中に運び込んだ。
「王室御用達の熟成ベーコンと、最高級の小麦粉だ! これで、あの『パフェ』に負けない美味いものを作って、我々に振る舞ってくれ!」
続いてリィンが、優雅に指を鳴らす。
「私は、エルフの里にしか咲かない『氷晶花』の蜜を持ってきたわ。これをあのミックスジュースに垂らせば、魂まで凍りつくような極上の冷たさが味わえるはずよ」
さらに、街のパン屋、果物屋、果ては通りすがりの吟遊詩人までが、「サトウの決断」を祝して、最高の食材を次々と持ち込んできた。
「おい、サトウ……。これじゃ店じゃなくて、市場じゃねえか」
奥から出てきたゼノスが、山積みになった食材を見て呆れ果てている。しかし、その手にはしっかりと愛用の杖が握られ、すでに食材の鮮度を保つための保存魔法をかけていた。
「ゼノスさん。……やりましょう、祝宴です!」
「……ふん。一度きりだぞ、こんなバカ騒ぎは」
そこからは、戦場のような忙しさだった。
サトウは、エルザが持ってきた最高級小麦とベーコンを使い、現代の知識を活かした『厚切りベーコンのハニーマスタード・サンド』を考案。
ゼノスは、持ち込まれた氷晶花の蜜を使い、杖の一振りで、見たこともないほど透明な『魔法のクラッシュアイス』を作り出した。
「さあ、出来たてですよ! どんどん食べて、飲んでください!」
カウンターには、香ばしいコーヒーの香りと、甘い果実の匂い、そして肉が焼けるジューシーな香りが混ざり合う。
エルザはサンドイッチを頬張り、その甘じょっぱい魔法に「これぞ騎士の糧食だ!」と歓喜の声を上げている。
エルフたちは、氷晶花の蜜が溶け込んだミックスジュースを一口飲むたびに、その静謐な冷たさに目を細めていた。
喧騒の中、サトウはふと手を止めて、店全体を見渡した。
種族も身分も関係なく、みんなが同じテーブルを囲み、美味しいものに顔を綻ばせている。
「……ゼノスさん。僕、やっぱり残って良かったです」
サトウが小声で呟くと、ゼノスは無言で、サトウ専用の小さなカップにコーヒーを注いだ。
それは、昨夜再現した『深淵の雫』をベースにした、特別な一杯。
「……サトウ。お前が来たせいで、俺の『安らぎの隠れ家』が台無しだ」
そう言いながらも、ゼノスはサトウと軽くカップを合わせた。
琥珀色の液体が、サトウの乾いた喉と心に、温かく染み渡っていく。
異世界の片隅、小さな喫茶店。
そこはもう、ただの店ではなく、訪れる者すべてを家族のように迎える、かけがえのない居場所になっていた。




