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豆と杖:異世界で淹れる、最後の一滴  作者: あめとおと


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第4話:究極の選択と、二刀流の誘惑


カラリン、と小気味よい音が響く。


 午後の柔らかな光が差し込む『豆と杖』の扉を潜ったのは、聖騎士エルザだった。


 今日は任務明けの非番らしく、重々しい甲冑を脱ぎ捨て、動きやすそうな白いブラウスにスラックスという軽装だ。


「サトウ、ゼノス殿。……息災か」


 その表情には、初めて店を訪れた時の悲壮感は微塵もない。むしろ、ここに来るのが楽しみで仕方がないといった、隠しきれない高揚感が滲み出ていた。


「いらっしゃい、エルザさん。今日は一段と足取りが軽そうですね」


 サトウがカウンターを拭きながら迎えると、エルザは「ふふん」と得意げに胸を張った。


「ああ、今日は非番なのだ。誰にも邪魔されず、ここで心ゆくまで『癒やし』を享受すると決めている。……さて」


 彼女はカウンター席の中央に座ると、目の前の木板メニューをじっと見つめた。

 そこから、彼女の「苦悩」が始まった。


「……まずは、あの深く、魂を震わせるような『賢者の休息コーヒー』で、日々の雑念を振り払うべきか。ゼノス殿の淹れるあの一杯は、騎士としての誇りを取り戻させてくれる……」


 彼女の視線が、次にサトウが書き足した項目へと移る。


「……だが、あの禁断の甘露『星屑のミックス・オレ』も捨てがたい。一口飲めば、厳格な自分を脱ぎ捨てて、ただの娘に戻れるような……あの背徳感。今の私には、それも必要ではないだろうか」


 エルザは指先で顎を触り、唸り声を上げた。


 五分が経過した。


「……決められん。サトウ、どちらが今の私に相応しいと思う?」


「それを決めるのも、喫茶店の醍醐味ですよ。……あ、でも今日はゼノスさんが、また新しい豆を仕入れたみたいで」


 サトウが横のゼノスに視線を送ると、老魔導師は不敵な笑みを浮かべ、黒檀の杖で一粒の豆を宙に浮かせた。


「北の断崖に自生する『雷鳴豆サンダー・ビーン』だ。弾けるような酸味が、脳を直接叩き起こすぞ。……もっとも、甘ったるいジュースでふやけた舌には、少々刺激が強すぎるかもしれんがな」


「何だと!? 私の舌がふやけているだと!?」


 エルザが身を乗り出した、その時。


 店の奥のテーブル席から、クスクスと鈴の鳴るような笑い声が聞こえた。

「あらあら。騎士様ともあろうお方が、飲み物一つでそんなに青筋を立てて。……両方頼めばよろしいのに」


 座っていたのは、漆黒のローブに身を包んだ、長い耳を持つ女性――エルフの魔導研究者、リィンだった。


彼女の前には、半分ほど減ったコーヒーと、小さなグラスに入ったミックスジュースが並んでいる。


「リ、リィン! 貴様、いつの間に……。それに何だ、その贅沢な並べ方は!」


「これがこの店の『つう』な楽しみ方よ。コーヒーの苦味で味覚を研ぎ澄ませた後に、ミックスジュースの甘みで中和する。……交互に味わうことで、両方の美味しさが無限にループするの。私はこれを『二刀流デュアル・ウィールド』と呼んでいるわ」


 リィンは優雅にミックスジュースを一口啜り、恍惚とした表情を浮かべた。


「……二刀流……だと?」


 エルザの目の色が変わった。騎士として、その言葉は聞き捨てならない。

 彼女は決然と、カウンターを拳で叩いた。


「サトウ! 私にもそれを! 『賢者の休息』と『星屑のミックス・オレ』、両方だ! 聖騎士の名にかけて、この至高のループを攻略してみせる!」


「あはは、了解です。……ゼノスさん、お願いします!」


 ゼノスは呆れたように肩をすくめたが、その手つきは至って真剣だった。

 杖が空を舞い、湯気が踊る。


 攪拌機が回転し、果実が歌う。


 やがて、エルザの前には、黒い宝石のようなコーヒーと、淡い黄金色のジュースが並んだ。


「いざ……参る!」


 エルザはまずコーヒーを一口含み、その深い苦味に背筋を伸ばした。

 次に間髪入れず、冷えたジュースをストローで吸い込む。


「っ……おおお……! 苦味が甘みを引き立て、甘みが苦味を浄化していく……。これは、戦場における完璧な連携コンビネーションではないか! サトウ、貴殿はとんでもない戦術を開発してくれたものだ!」


「戦術じゃなくて、ただの食いしん坊の知恵ですよ」


 店内は、エルザの感嘆の声と、リィンの皮肉めいた笑い、そしてゼノスが豆を挽く規則正しい音に包まれていた。


 異世界の片隅。


 最強の飲み物を巡る平和な「論争」は、日が暮れるまで続くのだった。



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