第2話:黄金比の錬金術(ミックスジュース)
サトウが『豆と杖』に住み着いてから、一週間が経った。
店主ゼノスの淹れるコーヒーは相変わらず絶品だが、サトウには一つ、どうしても気になっていることがあった。
「ゼノスさん。この店、冷たくて甘い飲み物はないんですか?」
薪割りを終え、汗を拭きながらサトウが尋ねると、ゼノスはカウンターの奥で鼻を鳴らした。
「甘いものだと? 果物の絞り汁ならあるが、そんな子供騙しをこの俺に作れと言うのか。俺の杖は、至高の苦味を出すためにあるんだぞ」
「いえいえ、そうじゃなくて。僕の世界には、いくつかの果物とミルクを混ぜ合わせて作る、魔法みたいな飲み物があるんです。……『ミックスジュース』っていうんですけど」
サトウの言葉に、ゼノスの眉がぴくりと動いた。元魔導師として「混ぜる」「調合する」という言葉には敏感らしい。
「ほう。複数の素材を掛け合わせるのか。……やってみろ。材料は裏の貯蔵庫にある」
サトウは意気揚々と貯蔵庫へ向かった。
そこには、異世界ならではの不思議な果実が並んでいた。
• バナナによく似た、皮が青い果実「スカイ・ピール」
• 酸味の強いオレンジのような「太陽の雫」
• そして、濃厚でとろりとした「ムーン・ミルク」
「よし……。ゼノスさん、ちょっとこれ、貸してください」
サトウが指差したのは、ゼノスがかつて薬草を調合するのに使っていたという、魔力を帯びた銀の攪拌機だった。
「ふん、勝手にしろ。だが、不味かったら即座に薪割りを倍にするからな」
サトウは記憶を頼りに、材料を放り込んでいく。
バナナ(的なもの)を多めに、オレンジの酸味をアクセントに。そして、仕上げにムーン・ミルクを注ぎ込む。
ゼノスが杖を一振りすると、攪拌機が猛烈な勢いで回転を始めた。
シュワシュワと泡立ち、果実とミルクが渾然一体となっていく。色は、淡い黄金色。
「……できた」
サトウは、キンキンに冷えたグラスにそれを注ぎ、ゼノスの前に差し出した。
ゼノスは疑わしげに鼻を近づける。
「……甘いな。だが、果実の尖った酸味が消えている」
老魔導師は、渋々といった様子で一口含んだ。
「…………っ!?」
目が見開かれた。
舌の上を滑るのは、シルクのような滑らかさ。バナナの濃厚な甘みが土台となり、その上をオレンジの爽やかさが駆け抜けていく。ミルクのコクが全体を包み込み、最後には鼻から抜ける果実の芳香。
「……なんだこれは。素材同士が喧嘩せず、互いを高め合っている。……完璧な、調和だ」
「これが僕の故郷の味、ミックスジュースです。コーヒーもいいけど、疲れた時にはこの甘さが染みるんですよ」
サトウも自分の一杯を口にする。
ひんやりとした感覚が喉を通り、脳がとろけるような充足感に満たされる。異世界の果実を使ったせいで、元の世界のそれよりもずっとパワフルで、生命力に満ちた味がした。
「ゼノスさん、これ、メニューに加えませんか?」
サトウの提案に、ゼノスは手元の杖を見つめ、それから空になったグラスを見つめた。
「……認めよう。コーヒーが『静』なら、これは『動』の癒やしだ。よし、名前を決めろ。俺の店で出す以上、ただのジュースとは呼ばせん」
サトウは少し考えて、笑って答えた。
「『星屑のミックス・オレ』……なんてどうでしょう?」
「ふん、気取った名だ。だが……悪くない」
その日の午後、店の黒板には新しいメニューが書き加えられた。
コーヒーの香りに混じって、ほんのりと甘い果実の香りが店内に満ち始める。
そして。
その香りに誘われるように、店の重い扉がゆっくりと開いた。
「……失礼。ここなら、少しは『まともな物』が飲めると聞いたのだが」
現れたのは、銀の甲冑を纏った、酷く疲れ果てた表情の美しい女騎士だった。




