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豆と杖:異世界で淹れる、最後の一滴  作者: あめとおと


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10/10

最終話:異世界アフォガート 〜溶け合う時間と、二人の明日〜


お祭り騒ぎだった祝宴も、夜が更けるとともに穏やかな余韻へと変わっていった。


 満足げに店を後にするエルザやリィンたちの背中を見送り、サトウは最後の一皿を洗い終えた。


 静寂が戻った店内に、パチパチと暖炉の爆ぜる音だけが響く。


「……ゼノスさん。最後の一仕上げ、やりませんか?」


 サトウが取り出したのは、今日のために特別に冷やし固めておいた、最高級ムーン・ミルクのバニラアイスだった。


 ゼノスは無言で立ち上がり、棚の奥から一番上質な『深淵の雫』の豆を取り出す。


「……アフォガート、だったか。イタリアの言葉で『溺れた』という意味らしいな」


「ええ。冷たくて甘いアイスが、熱くて苦いコーヒーに溺れる。……正反対のものが一つに溶け合う、僕の大好きなデザートです」


 ゼノスが杖を振るう。


 漆黒の豆が極限まで細かく挽かれ、魔法の熱源によって加圧された湯が、濃密なエッセンスを抽出していく。


 それは通常のコーヒーよりも遥かに力強く、どろりと濃厚な、まさに「琥珀の血」のようなエスプレッソだった。


 サトウは、小さなガラスの器に、真っ白なアイスを丸く盛り付けた。


 そこに、ゼノスが静かに、淹れたての熱い液体を注ぎ込む。


 ジュッ……。


 微かな音と共に、白い山がゆっくりと崩れ、黒い海へと溶け出していく。


 熱気と冷気がぶつかり合い、そこから立ち上る香りは、甘美でありながらも気高く、嗅ぐだけで魂が震えるような芳香だった。


「……さあ、どうぞ」


 二人はカウンターに並んで座り、小さなスプーンを手に取った。


 半分溶けかかったアイスと、熱いコーヒーを一緒に掬い、口に運ぶ。

「…………っ」


 言葉が出なかった。


 暴力的なまでの苦味が、瞬時にしてクリームの優しさに包み込まれる。


 熱いのに冷たく、甘いのに苦い。


 矛盾するはずの感覚が、口の中で完璧な調和ハーモニーを奏でている。


「……美味いな、サトウ」


 ゼノスがぽつりと呟いた。


 その声には、かつての孤独な魔導師の影はどこにもなかった。


「僕の世界には、こんな魔法はありませんでした。……でも、こうしてゼノスさんと一緒に作ると、何倍も美味しく感じます」


「ふん。お前の妙な知識が、俺の杖を狂わせただけだ」


 ゼノスはそう言いながらも、溶けきった最後の一滴まで、名残惜しそうに飲み干した。


 窓の外では、異世界の二つの月が静かに並んで昇っている。


 サトウはこの世界に来たばかりの頃、あの月を見て「もう二度と帰れない」と絶望したことを思い出した。


 けれど今は違う。


 あの月の下には、明日も豆を挽く音が響き、ミックスジュースを待つ笑顔があり、そして、この「世界一美味しい一杯」を分かち合える仲間がいる。


「ゼノスさん。明日は、あの『雷鳴豆』を使った新しいラテを作ってみようと思うんです。……あと、エルザさんのために、もっと大きいパフェグラスも発注しませんか?」


「……勝手にしろ。ただし、薪割りは三倍だぞ」


 二人の笑い声が、夜の静寂に溶けていく。

 

 明日もまた、『豆と杖』の扉は開く。


 コーヒーの香りと、ミックスジュースの甘い誘惑。


 迷い子たちの心を解きほぐす、魔法のような日常は、これからもずっと続いていくのだ。



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