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目に入れても痛くないタイプの破壊神

作者: 三來

 未熟者の母ちゃんから、愛を込めて。


 これは、我が家に住まう“目に入れても痛くないタイプの破壊神”との、日々の小さな観察記です。



 「目に入れても痛くない」とは、我が娘のためにある言葉だと本気で思う。


 それは、親ならばきっと大多数の方が自分の子供に抱く感情だろう。


 何をしても可愛い。何をされても可愛い。

 もちろん悪いことをすれば叱るし、イラつきもする。叱らない育児とは無縁の怒るタイプの私だが、やはり可愛いものは可愛い。


 しかし、そんな可愛い娘は、どうやら明確な自分のルールがあるらしい。


 そして、そのルールを何よりも重んじる。


 お腹が空けば、おもむろに台所へ向かい、小さな手で巧みにご飯をよそい、お茶まで用意する。


 皿を取り、フォークをとり、踏み台を駆使して冷蔵庫からお茶をとり、コップに注ぐ。


 手を貸そうとすれば途端に「びーー」と怒り、ペットボトルのキャップを完璧に閉めた後、誇らしげな顔をして食卓へと座る。


 極力安全を見守るだけに徹している私としては、その自立した姿には感心するばかりだ。


 しかし、一度「今はその時ではない」と決めれば、たとえ好物が並んでいようと、必死の親の懇願も聞き入れられることはない。


 そう、我が家の女王は、気まぐれではなく、確固たる意志と法則のもとに君臨している。


 そしてその法則は、時に「破壊」という形で私たちの前に表されるのだ。


 そして、彼女の「破壊」には、どうやら彼女だけの「美学」と「目的」があるらしい。



 積み木やパズル。


 私たちはつい「完成」というゴールを目指してしまうけれど、娘にとっては違う。


 驚くほどの集中力で、高く、自らの背丈ほどに積み上げられるタワー。その瞳は真剣そのもので、横にいる私には見向きもしない。


 最後の一つを置いた時、私は「できたね!」と声をかけるが、彼女は待ってましたとばかりに、そのすべてを笑顔でなぎ倒す。


 ガラガラガッシャーン!という轟音と、崩れ落ちるブロックの残像。


 私の「できた」は、彼女の「できた」ではなかった。


 彼女にとって「作る」という行為は、最高の「破壊」をプロデュースするための、壮大な前奏曲なのだ。


 完成の喜びではなく、崩壊のカタルシスのために今日も積み木を重ねていく。




 そして、野に咲く花や葉っぱを見つけた時も彼女の個性が光る。


 娘はそれらが大好きだ。

「ピンクのお花」と指差すと、「ぴ」と言う。そして、一目散に駆け寄り、その小さな指でそっと……ちぎる。


 一枚、また一枚と。


 私は「ダメよ」と言ってしまうけれど、彼女は匂いを嗅いだり、撫でたりするよりも、その繊維が断ち切れる瞬間の感触、指先に残る青い香り、形が変わる様そのものを全身で味わっているのだろう。


 娘なりの、自然との対話を目一杯楽しめるよう、我が家には娘のためのプランターが増えた。


 娘のための娘の花。


 種から育て、毎日水をあげ、花を咲かせた姿を数日楽しんだ後、彼女はちぎる。


 それでも、自分の花以外は優しくすると学んだことが私は誇らしい。



 お絵描きの時間では、「破壊」とは異なる形で、娘の中の法則が姿を現す。


 色とりどりのクレヨンや、多種多様な画材に囲まれながら真剣に描くのは、毎日のことだ。


 人の顔はまだ描けない。というか、そもそも描こうとしていない。そこに「他者」は存在しないかのようだ。


 その代わり、娘は虹を描く。いや、虹の「順番」で色を塗る。

 

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。


 特に教えたわけでもないのに、彼女はその色の連なりが持つ宇宙の真理を知っているかのように、寸分の狂いもなくクレヨンを重ねていく。


 几帳面に、等間隔に画用紙いっぱいに広がる、彼女だけの虹。


 顔も、動物も、家もない。でも、そこには完璧な秩序と、彼女の中にある美しい世界が広がっていた。

 

 きっと、娘にはこの色の並びが素晴らしく心地よいものなのだろう。

 


 彼女が積み木を壊すのも、花をちぎるのも、きっとこの虹の法則のように、彼女の中にある「こうしたい」という強い衝動の表現なのだと思う。


 娘は「破壊神」であり、同時にアーティストでもある。


 彼女の作品は、積み上げられたタワーではなく、それが崩れ落ちる一瞬の美しさ。可憐な花の形ではなく、それをちぎった時の指先の感覚。

 ……本人はただただ、ひたすらに「楽しく」「心地よく」毎日を生きているだけなのは承知の上で、上記のように考えるとこちらも楽しくなってくるのだ。


 彼女の世界を、無理に私の常識に当てはめる必要はない。


 まだ話せず、周りと比べれば確かに発達が遅れている娘である。


 が、今はまだ判断できないと言われている診断名がつく日が来たとしても、それは娘の本質を何も変えるものではないのだろう。


 今日も彼女は、虹の順番で色を塗り、最高の崩壊のために積み木を積む。その唯一無二の世界を、一番近くで見つめられること。それこそが、親である私の特権だと思う。


 さあ、今日はどんな風に壊して世界を楽しむのだろう。


 出来ないことは山のようにある。


 この先、学ぶべきことも、身につけなければいけない常識も途方もない量になるだろう。


 それでも。


 君が壊し、ちぎり、そして描くすべてを、私は「目に入れても痛くない」ほど、愛しているよ。



挿絵(By みてみん)



 お読みいただきありがとうございます。


 子育ては綺麗事ばかりではないですが、この先どんな嵐が来ても、愛だけは手放さない母でありたいです。


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― 新着の感想 ―
 拝読致しました。  娘さんの破壊衝動を単に「もうー乱暴だなぁ」で片付ける事なく、“「作る」という行為は、最高の「破壊」をプロデュースするための、壮大な前奏曲”という表現に親御さんの愛情と洞察…
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