夜に照る日差し(序)
昼間攻撃において母艦の攻撃能力を亡くした合衆国海軍太平洋艦隊は久々の艦隊決戦に挑むべく再編成を行い……結果として、それは完全に裏目に出る。とはいえ、後代に言われるほどアメリカ合衆国は艦隊決戦を苦手としているわけではない。飽く迄、今迄それに見合うだけの戦績を積み重ねていないだけで、その国力に相応しいレベルには兵器を揃えていた。悪いのはむしろ、いきなりルールをひっくり返してしまった人物である。しかも、合衆国の有利な方向に。
そして、アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊マリアナ派遣任務部隊は、その未知数に近い艦隊決戦を以て帝国海軍に挑むことにした。だが、ここはハワイ近海と違いマリアナ海溝で有名なほどに海底が深い場所である。そして、それは美事に合衆国海軍に仇なすことになる……。
赤松長官がいる艦橋は、静寂とは最も対局と言いうる程には騒がしかった。まあ、それも無理もないことで、彼達は憧れの宮様将校の前で敵軍の首級を掲げる誉れに挑む権利を手に入れたのだ。ましてや、弦を引き絞ったままずっと待機させられていたのである、一部の航空隊員を除き、その士気は天を衝き、それどころか何か変なモノでも憑いているんじゃないか、と言うくらいに悪目立ちしていた。
案の定、それを制しようと考えるも、それならば自分がこの場から立ち去る必要があるな、と考え、長官は何もかもを諦めた人間特有の冷めた表情で周囲を睨み付けた。
「騒ぐな、と言っても無駄か。……慢心だけは、せんようにな」
「長官、慢心は扨措きその諫言は無駄でしょうな。皆、やはり氣が逸っております」
「だから、無駄かと確認したはずだが。……軍艦大和以下、九隻は揃えてきた。無様な負け方だけは、許さん」
「ははっ!!!」
まるでその命令を待っていたと言わんばかりに、力強く頷く幕僚陣。長官赤松、否、その当時は高松宮に戻っていたか、は後で「ハメられたよ、彼等には」と笑いながらぼやく程度にはその士気は暴走手前な程に高かった。
そして、運命の夜が幕を上げた……。
日米両軍の艦隊決戦は、期せずして同航戦となった。それは帝国海軍が長年血潮を賭けて手入れした夜戦であり、同時にその夜戦は伝説を以て記録されることになる。……連合軍の呼称で恐縮だが、「マリアナ沖の惨劇」として。