★11 交渉
グルーベ鉱山の麓にはぽっかりと巨大な洞穴が口を開けている。
それは、まるで大地が口を開けたかのようで、入り口に立つと、冷たい風が頬を撫で、普段であれば内部からは活気に満ちた生活の音が聞こえてくる。
そして、洞穴に足を踏み入れると、石造りの家々が立ち並び、鍛冶場からは金属を打つ音が響き渡る。ドワーフたちは忙しそうに行き交い、鉱石を運んだり、武器や道具を打ち鍛えている。洞穴の壁には、美しい彫刻と精巧な装飾が施され、彼らの技術の高さが誇らしげに示されている。
だが、今日は異様な空気が張り詰めていた。
洞穴の入り口を、二百名もの精鋭ドワーフがしっかりと固め、鋭い目で前方を睨んでいる。彼らの鎧はきらりと光り、手にした武器は静かに、だが確かに戦の準備が整っていることを物語っている。
「来るぞ……。」
誰かがつぶやいたその一言で、一同の緊張がさらに高まった。
◆◆◆
「あ、見えてきましたね。」
先頭を歩くアレクシスの横に、馬首を並べるようにやってきたユハクが話しかける。
「やる気満々な感じだな。あまり手荒なことはしたくないんだけど。」
アレクシスは視線を前に向けたまま、無表情で応える。
「本当ですか? 私の部下たちは暴れたくてうずうずしてますよ。抑えるのに一苦労です。」
ユハクは肩を竦めて笑う。
「一番、暴れたいのは君なんじゃないか?」
アレクシスはやれやれといった感じでため息をつく。
「さて、何のことでしょう。」
ユハクの細めた目からは真意が読めない。
「とりあえず、武力行使は最後の手段だ。大人しく僕の言うことに従ってくれることを祈るよ。」
◆◆◆
アレクシスを先頭に、ヴァルフォード騎士団は洞穴の入口に辿り着いた。
凍える寒さが身に染みる中、馬を降りたアレクシスは一歩一歩、ドワーフたちの前まで進んでいく。
「初めまして。ヴァルフォード騎士団団長のアレクシス・ヴァルフォードです。今日はお願いがあってここに参りました。族長にお会いしたいのですが、いらっしゃいますか?」
ドワーフたちの間に緊張が走り、ざわめきが広がる。
朝陽に照らされたアレクシスの姿が、静かな威圧感を漂わせていた。
「お願い、だと?」
「何をお願いするつもりだ?」
「油断するなよ、襲い掛かってくるかもしれんぞ。」
ざわめきが広がる中、一人の男が集団をかき分け、前に進み出てきた。
ドワーフの男たちは皆、黒い髭を伸ばしているので青年なのか、中年なのか、それとも老人なのか全く見当がつかない。
「ワシが一族をまとめておるグリムバルドじゃ。こんな偏狭の地まで人間の騎士様が足を運ぶとは、いかなるご用件ですかな?」
グリムバルドは警戒の色を隠さず、鋭い目つきでアレクシスを睨みつける。
「なに、そんなに難しいことをお願いしに来たわけではありません。」
アレクシスは穏やかに微笑み、柔らかな口調で続けた。
「あなた方を我がヴァルフォードの正式な民としてお迎えしたいのです。領内の他の人間と同じ法の下で暮らし、同様に税も納めて頂く。そして、必要なときには徴兵にもご協力いただく。屈強なあなた方が加われば、我が騎士団もさらに頼もしくなることでしょう。」
アレクシスの言葉に、ドワーフたちの間で不穏なざわめきが広がる。
「あ、追い出すつもりはありませんよ、この鉱山もあなた方の暮らしも尊重します。ただ、今後は我々ヴァルフォードの管理下に入ってもらうだけです。」
「それはつまり、我々を支配するということか?」
グリムバルドは怒りを露わにするように、長い黒髭を逆立てて鋭い視線を向ける。
アレクシスはその怒気に怯むことなく、冷静に答えた。
「うーん、捉え方次第かもしれませんね。でも、この鉱山を占拠しているのは、法的には不当な状態なんです。僕たちはただ、このヴァルフォード領を本来あるべき姿に戻したいだけなのですよ。」
「ふ、不法占拠じゃと? ワシらが何百年もこの地で暮らしてきたことを知らんのか!」
「それって、誰の許可を得ているんですか? 少なくとも、僕――この地の領主の息子である僕は認めていない。」
「何故、貴様ら人間の許可を得る必要がある!? 誇り高きドワーフが、貴様のような若造に頭を下げるとでも思ったか!」
その言葉に後ろに控えるドワーフたちの士気が上がり、戦いの合図とばかりに大地が震えるほどの雄叫びが上がった。この大軍勢を前にしても全く恐れを感じていないようだ。
「やれやれ、手荒なことはしたくないんだけどな、本当に。」
アレクシスはふーっとため息をつくと、いつの間にか横にやって来ていたユハクがその肩に手を置いた。
「交渉決裂ですね。じゃ、あとは私に任せてもらえるってことで。」
ユハクはにやりと笑い、一歩前へ進み出た。




