モルトゥルク編 第六十二話 二人の後悔
憤慨の色を滲ませた見たことない険しい表情と、邪気をはらんだ聞いたことない鋭い声色。
雄々しい立ち姿で片手に銀色の聖剣を握るクラージは、このモルトゥルクの守護者たる存在感を携えていた。
「答えろ、これはおまえの仕業か?」
低く重い、それでも鋭く尖った口調でもう一度彼に問う。
僕に向けられているわけでもないのに、動悸がして呼吸の仕方を忘れた。
クロンと絡んでいるときの砕けた調子、パレードで住民の歓声を受けていた凛々しい振る舞い、そのどれとも乖離した雰囲気だった。どれが本物のクラージか、そう考えることは邪推でしかないのだろう。きっとクラージが抱える譲れない信念が、まだ僕が知らない側面を見せているに過ぎないんだ。
そしてその信念とは、魔討士団隊長として、一人の冒険者としてこの街を大切に想う気持ちそのものだ。
「クラージ…………あんたから出向いてくれるなんてありがたいね」
「質問に答えろ」
砂埃を払いながら立ち上がる彼に、クラージが聖剣を突きつける。
「そうだよ、俺がやったんだ。あんたの組織を潰すためにね」
「…………そうか。魔討士団を殺していたのも」
クラージからの質問に彼が鼻を鳴らす。クラージはそれを肯定と捉えたらしく、彼に向かって舌打をした。
「よくもこんな大がかりなことしてくれたなぁ!」
憤慨するクラージを彼はなお軽蔑するような蔑んだ目で見つめている。
クラージはこのテロの首謀者が彼だと思っているのだろうか。彼もまるで自分が魔獣テロを仕向けたかのような受け答え方をしている。
訂正するべき? 彼がクラージを動揺させるために挑発しているのなら、止めなければいけない。それにクラージの予想通り、魔族がこの街にいるということも伝えなくては。
火花を散らす二人に割って入ろうと口を開き掛けたときだった。
二人が動き出した。ほとんど同時だった。
示し合わせたみたいに二人の身体がシンクロする。彼もクラージも悠長な会話など不必要だと分かっていたみたいだ。
まず獲物を振るったのは白髪の彼だった。
「火炎魔法!」
杖の先端に灯る朱色。炎の膨張もそこそこに、火炎が瞬時にクラージへ放たれる。火炎の軌道に身体を乗せるようにして彼もクラージへ向かって駆け出す。
魔法使いなのに、魔法を牽制に使って接近する戦い方はまるで『魔法戦士』だ。
クラージが銀色の聖剣で目の前を一閃した。聖剣が引き起こした突風が飛んでくる炎を散らす。炎の壁が舞い散る粉塵とともにかき消えた。
魔法を正面から突破されたことで彼とクラージとが直接対峙する。接近する二人の視線がぶつかり合ってはその距離をさらに縮めていく。
彼がクラージへ鋭く尖った杖を向けた。獲物のチーリで勝るクラージが聖剣を掲げ彼の肉体を両断せんと振りかざした。
直に当たれば魔獣でさえ息の根を止める一撃。彼がある程度防御する前提の攻撃だ。もしかして気が立って手加減を忘れているのかも。
そんなクラージの期待に彼もしっかりと応える。
大ぶりされる聖剣の下を通ってクラージの懐に侵入、迫ったクラージの身体に杖を持たないもう片方の手を伸ばす。
クラージは振りかざした聖剣はそのままに、その屈強な腕に乗せて、拳を彼の腹部へ突き出した。
アッパー気味に繰り出される拳に彼が顔を引きつらせる。
彼は前傾姿勢をさらに崩して、飛んでくる拳のさらに下をくぐった。顔を地面すれすれまで落として全身を折りたたむ。両足で地を蹴って身体を前方へ投げることによって、クラージから一度距離をとった。
殴られることさえ許容できればクラージに触れられるチャンスだったのに。いや、仮に触れられていても魔法を掛ける前に気絶していた可能性が高いか。
「どうやら触れられたらまずいらしいな」
クラージが彼を目で追いながらそうこぼす。
彼の不自然な挙動からそう考えたんだろう。さすがの観察眼だ。
彼は砂埃を全身にまぶしながら転がり、滑らかに立ち上がった。そしてクラージを一瞥したあと、外壁が半壊した家屋の中へ消えた。怖い思いをして家へ逃げ帰る子どもみたいだった。
周りは倒壊した家屋の残骸で満たされている。瓦礫が邪魔で裏から逃げることはできないだろう。
クラージもそう判断したのか家屋の前に立って聖剣を構え直した。
エルティナを一瞥する。彼がいつ出てきて僕らに危害を加えてくるか分からない。
僕は鉛玉のような身体を引きずってエルティナの傍まで歩いた。回復している魔力はわずかだけど彼女を守らないといけない。彼女の方が余力があるにしても二人固まっていた方がいいはずだ。
僕らは三人で彼の逃げ込んだ家屋を睨みつける。クラージが無理矢理入っていかないのは意外だった。やはり僕らの安全を考えてなのだろうか。
「なに? この音…………」
ふと隣のエルティナがそうつぶやく。
「音…………ですか?」
彼女の言葉に耳をすませる。
わずかだけどドタドタ何かを蹴りつける音がする。いたる場所から鳴り響く轟音が掻き消しているけど、たしかにどこからか聞こえる。
でもなんだろう、音というよりも――――――――――振動?
「後ろ!!」
エルティナがそう叫んで振り返った。それと同時に僕らも彼が飛び込んだ家屋から視線を切る。
振り返った先にある二階建ての木造の家屋が、まるで爆発したみたいに内側から爆ぜた。何事かと魔法杖を構える。
くすんだ空に浮かび上がる一つの巨体。あいつが家屋の屋根を突き破って飛び出してきたのだ。
シルエットになってよく見えないけど、きっと魔獣だ。まだ使役している魔獣がいたのか。
彼が建物に逃げ込んだ理由はあの魔獣を連れ戻すため。あいつが主人のもとを離れていったい何をしていたのか、考えるだけで背筋が凍る。
「離れてろ!!」
クラージが叫ぶと同時に身体を弓のようにしならせて飛翔した。聖剣を構えると翼が生えたみたいに魔獣へ一直線に飛んでいく。日光を反射した聖剣がクラージが通った軌跡を描いている。
クラージが魔獣に直撃して鈍い音が響く。聖剣の刃に魔獣の肉体を乗せて天高く舞い上がった。
あの巨体に空中で当たり勝つなんて、どうなっているんだ!?
驚愕していると、ふと近くの家屋から彼が姿を見せた。魔法で瓦礫を弾き飛ばして、悪態をつきながら日のもとに身体を晒す。
その双眸が僕を捉えて細められた。
――――まさか、クラージを空中におびきだすために…………?
しかし、僕の懸念を杞憂だと一蹴するみたいに、彼はすぐに僕から目線を切ってクラージを睨んだ。彼の右手にはいまだに杖が握られたまま。
鈍い衝撃音が空から降り注ぐ。慌てて僕も天を仰ぐと、ちょうどクラージが聖剣を振り上げたところだった。
クラージもおそらく魔獣も翼なんて生えていない。それなのに当たり前のように空中戦を披露して、やっぱりあの人は化け物だ。
次の瞬間、天を仰ぐ僕は――――――――――透明に輝く一筋の眩い光を見た。
魔力には波があるとクラージは言った。魔力を浴びたことで波を意識的に感知できる人も一握りであるとも。
僕は魔力の波とは何なのか感覚としてまだ分からない。けれど、今この瞬間にクラージの魔力の波を感じた気がした。
それは頭をガンガン揺らして、降伏を宣言したくなるくらい威圧的で絶対的な、戦闘をするときのクラージのオーラそのものだった。
「天翔銀斬!!」
轟然たる叫びに合わせてクラージから聖剣が振るわれる。稲妻が走ったかのような閃光と魔獣の喉を潰すほどの咆哮。繰り出された刃先は瞬間的に空気を裂き、魔獣の肉体に亀裂を刻む。
魔獣が声にならない悲鳴を轟かせたと同時に、クラージの聖剣は魔獣の巨躯をあっさり両断してみせた。
鮮血が紅の雨となって下層に降り注ぐ。真っ二つとなった肉体が蒸発しながら外壁の外へ飛んでいく。魔獣は僕がその全容を確認する前に、戦士の圧倒的な剣技に屈した。
クラージが落下してくる。
――――えっと……どうしよう、キャッチした方がいい? でも今の僕じゃなにも…………
「火炎魔法!」
クラージを迎えたのはいつの間にか彼が放った炎だった。
「危ない!!」
クラージが身体を翻して迫る火柱を視界に捉える。
クラージはさっきと同じように聖剣を振って炎を難なく散らした。
「――――ッ!!」
突如クラージの表情が歪む。
顔の前に持ってきた手のひらには、拳大の短刀が突き刺さっていた。火炎魔法の炎に紛れて飛んできたのだ。
一度は止まった短刀がガタガタ震え出す。意志を持っているかのような動き、まさかと思い彼を見ると、手にした杖が紫色に発光していた。
やっぱり動起魔法…………!
物体を自在に操る魔法。魔法戦士の戦い方をする彼にぴったりの魔法だ。
勝ち誇ったみたいに彼が口角を引く。憎い相手に一撃を食らわせたのだ。手応えは十分だっただろう。
だけど僕は知っている――――――――――――――あれ如きではクラージは止まらないのだ。
地鳴りがした。下層地区全体を大きく揺らして、規格外が地上へ降り立つ。砂埃が立って着地点にいた彼とクラージの姿を隠した。
僕にとっては天から舞い降りた神でも、彼にとっては悪魔もいいところ。
晴れた視界では、クラージが彼に馬乗りになって、その両手を押さえつけていた。彼の魔法杖が手から離れて瓦礫の上に見える。
めまぐるしい形成の変化に理解が追いついていないけど、もしかして、
――――決着した? ん…………? 馬乗り?
待って!! クラージ隊長、素手で彼に触れている!! このままだとまずい!!
「クラージ隊長!! 触れちゃまずいです!!」
クラージは首だけ回して僕を見ると、すぐに彼へ視線を落とした。
彼は歯を噛みしめてクラージから目を逸らした。ばつが悪そうに舌打をする。
「おまえが使う魔法、洗脳魔法だろ?」
彼の眉がピクリと動いた。
「だったら大丈夫だ。洗脳魔法は杖が必要だからな」
そうなんだ。それなら良かった……
じゃあ封印魔法は?
彼の様子を見るにこれも今掛けるのは不可能みたいだけど。
エルティナに封印魔法を掛けようとした彼を思い出す。
もしかして封印魔法は手で直接触れなければいけないんじゃないか。今はクラージに手首を押さえつけられているから服に触れられないんだろう。
「他に使役した魔獣はいるか?」
クラージの問いかけに彼は答えない。ただクラージを睨み続けている。
「他にいるなら――――――」
「――――――らのせいだ」
え……?
突然放たれた彼の言葉。それは感情的でありながら、心の底から絞り出したみたいで、とても脆くてすぐ崩れてしまいそうだった。
クラージを睨む紅の瞳に波紋が揺れる。
「おまえらのせいだ…………」
また彼が言った。
さっきまでの高圧的な態度ではない。まるで子どもの泣き言のような…………
「おまえらのせいで、親父たちは死んだんだ!!」
彼の悲痛な叫びがモルトゥルクの空に響き渡る。彼の目から滴が一つ、こめかみへ流れ落ちる。
ずっと憎んでいた、殺したいと思っていた男が目の前にいるのだ。彼はとめどなく込み上げているであろう激情をそのまま吐き続けた。
「おまえらが魔獣を倒さなかったから! 街を救おうとしなかったから! 俺を裏切り続けたから!!」
彼が首を動かしてクラージの手に噛みつく。食い込んだ皮膚から血が滲み出てくる。
クラージは何も言わない。ただ彼が並べる怨嗟をジッと聞いている。
「俺は…………俺は、いままで、ずっと…………」
やがて彼が涙ぐみ始めた。すでに流れていた涙が彼を嗚咽させ、紅の瞳をさらに真っ赤に腫らす。冷たい風に揺れる枯れ葉のように頼りなく、痛々しい響きを含んだ言葉は弱々しく溶けて消えていた。
親父さんが死んだ日の失望が彼をここまで動かした。そこには同時に孤独感と耐え難い無力感が存在していた。不用意な行動を起こし、迫る危機に何もできなかった後悔。
もしも少女と獣の洞穴へ出向いた日、師匠が助けに来てくれなかったら。
もしも二人をどこかのタイミングで失っていたら。
僕は今のままでいれただろうか。
顔を涙で濡らした青年がクラージを睨む。
運命が彼に背負わせたものが、彼に魔討士団を化け物の姿で見せていたんだ。
「悪かった…………ハノーク」
彼の目が見開かれる。
――――クラージが名前を呼んだ!?
「あのとき、もっと早く気づいていれば…………」
クラージの声は震えていた。
「ほんとうにすまない…………」
彼が信じられないものを見たかのように固まっている。二人の距離はほんのわずか。クラージは肩を震わせ、目を閉じて頭を下げた。
彼と同じ後悔を、僕はクラージから感じとった。思い描く十五年前の悲劇に二人の姿が僕の中で重なる。一人は無力な自分を嘆き、もう一人は助けられなかった者の命を孤独に数える。二人とも苦しそうな表情をしていた。
彼が「許せなかった」そうつぶやいた。クラージが顔を上げる。
「分かってる。これは俺の責任でもある」
「いつも手遅れになってから――――――――――嫌いだ、魔討士団も、俺も」
そう告げた彼の頬にまた描かれる透明な筋。身体の強ばりがほぐれて彼が脱力したことが分かった。
地に身を預ける彼にふたたび"ハノーク"の姿を見る。
久しぶりのハノークは目を閉じて眠ったみたいに動かない。殺意には体力がいる。冷酷な殺人鬼が人間戻ったことで限界を迎えたのかも。
何か声を掛けて上げることもできないまま、僕はエルティナと一緒に二人の冒険者を見つめていた。
どこからか鳴り響く轟音。テロの最中だというのにこの場所だけ静まりかえっている。
「ほんとうに…………悪かった…………」
静寂の中でクラージが最後にそうつぶやいた。
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