モルトゥルク編 第六十話 僕の誓い
秘守の泉で体力と魔力を回復して、夕方になるまで師匠から譲渡魔法を教わった。いろいろな注意事項と使い方、その歴史なんかも知った。
「洗脳魔法と自害魔法、そしてこの譲渡魔法ね」
教わった譲渡魔法とは想像以上に恐ろしいものだった。僕の知っている煌びやかで美しい魔法とはすべてが異なっていた。
ゴーレムを倒した正体は身震いをするほど怖い魔法だったのだ。
少女は初めのほうは僕たちに付き添っていたけど、途中から飽きたのか泉のほとりで丸くなって眠ってしまった。疲れもあったのだろう。
少女はきっと師匠と同じ家へ帰る。姉妹として師匠とまだまだ一緒に暮らすのだ。そう思うと少し羨ましくて、彼女の寝顔がいっそう幸せそうに見えた。
「師匠はだれからじょうと魔法おしえてもらったんですか?」
「うーん…………」
師匠は首を捻ると誤魔化すように笑った。もしかして彼女も僕と同じで口止めされていたのかもしれない。
「ふわぁぁ…………おわったの?」
「あ、起きた。待たせちゃってごめんね」
眠りから覚めたらしい少女が、可愛らしい欠伸をしながら立ち上がって、ぐいっと背伸びをした。
「きみのお姉ちゃんやっぱすごいね! うらやましいなぁ」
「うん………………って、わたしのお姉ちゃんだよ! ソラくんにわたさないよ!」
「二人とも、もう照れちゃうなぁ」
突然師匠の腕を引きつけて僕を牽制する少女。そんな彼女をよしよしと可愛がる師匠。子ども扱いされたことが不服だったのか、少女が師匠を睨み付けた。
「こんな可愛いのにそんな怖い顔してちゃ、もったいない! ほら笑って」
師匠がカラッと笑ってみせる。
そんな彼女につられるように、少女も口元を緩めた。
見上げる空が薄暗い影を残し始める。日が沈んできた。
そろそろ帰らないと。
「これまでありがとうございました。ほんとうに楽しかったです」
「もうこないの?」
「父さんたちについてきてたんだけど、もう来年からはここらへんにこないみたい。僕ももっとあそびたかったよ…………」
僕がそう言うと少女は「そっか……」と目線を落とした。
通り過ぎる風に木々が揺らされ、森がざわめいた。僕の帰りを急かしてるみたい。
ふと少女が僕の手をとった。
「『秘守の泉に導かれんことを』」
「え? なに?」
「ここらへんに伝わる挨拶で、もう会えないかもってときに使うの」
師匠が横から説明をする。
ぽかんとする僕に少女が笑いかけた。今までの弾けた笑顔じゃなくて、柔らかくて優しい表情だった。
「でもまた会いたいね」
「うん! ぼくも会いたい! 師匠も、もしまた会ったらぼくの魔法を見てください!!」
力強く応えながら、少女の手を握り返した。優しく伝わる少女の温もりと震え。暑いはずなのに、この熱だけは心地良かった。
「じゃあ、ありがとうございました。またいつか!」
手を振り僕を見送る二人にもう一度礼をして背を向けた。名残惜しい気持ちを呑み込んで、立ち止まっていたい足を動かす。一度でも振り返ってしまったらもう帰れないと分かっていたから。
「またぜったいモルトゥルクにきてね!!」
「モルトゥルク!?」
森のざわめきに混ざって二人の会話が聞こえたような気がした。気のせいかもしれない。
魔力切れだったのにもかかわらず身が軽かった。両手に抱えた魔法杖、その重みがそのときだけは気持ちの良いものに感じられた。
僕の人生における分岐点を彩った二人。師匠にはいつか必ず魔法を見てもらう。少女には今度こそ格好いいところを見せる。クロンたちには言えない僕だけの目標だ。
そこから七年。僕の記憶にはまだ二人の姿がある。成長するにつれて鮮明に顔を思い出せなくなってしまったけど、彼女たちとの思い出だけはずっと僕の胸の中にしまっている。
彼女たちの顔がおぼろげになっていくにつれて、脳が僕の感情から記憶を修復していく。僕が思い浮かべられる二人の顔は果たしてほんとうの記憶なのか、勝手な思い込みなのかはもう分からなくなっていた。
そんな中、とある出来事が僕の記憶を掘り起こす。
移ろう視線を追った先にいた一人の少女。ギルドにあるすべての視線が可憐な少女に突き刺さっている。彼女はギルド内ではまさに異物、岩石に混ざった宝石のようだった。
タルカルの地で仲間探しに苦戦していた僕に初めて仲間ができた日。一人で縮こまっていた僕に話しかけてくれた少女。
エリサ。
いずれ僕の仲間となる可憐な少女。貴族の証である白銀色の髪を伸ばした彼女は、
――――――――――――師匠によく似ていた。
僕の記憶に師匠の姿がフラッシュバックする。年齢も相まって思い出の中の師匠とエリサが完璧に重なった。
白銀色の髪に赤紫色の澄んだ瞳。僕が一目惚れをして、"恋"を初めて経験した彼女のあの美貌を持った少女が、タルカルのギルドにいる。これまでの人生で一二を争うほどに美しかった。もちろん争っているのは師匠とだ。
「名前は?」「出身は?」師匠との関係が知りたくて、頭の中に質問が溢れ出した。そのときは勇気がでなくて訊くことができなかった。
仲間になったあとで姉がいるか訊いてみたけど「いない」とはっきり言われた。よく考えれば、師匠がエリサの姉なら、少女がエリサということになる。けれど彼女にそんな気配はない。
しかしまったくの他人とは思えなかった。エリサと話すたび、彼女の魔法を見るたびに朧気な師匠の面影が映る。
エリサと師匠がどんな関係かは分からない。けれどエリサが傷つけば師匠が悲しむ、そんな気がするんだ。
あのとき何も守れなかった僕がエリサに出会って立てた誓い、
『エリサが傷つくことは許さない。彼女は僕が守る』
結局エリサは僕なんかよりも強くて、むしろ僕が守られている。けれどこの誓いは何年、何十年と変わらない。
身に余る脅威だとしても彼女が傷つくことだけは許せないし許さない。
それが閃撃魔法の効かない魔獣だとしても、洗脳魔法を操るかつての話し相手だとしても。僕が引く理由になんてならない。
『エリサを守る』と誓った自分に嘘をつかないように。
いつか再会する師匠と少女に胸を張れるように――――――――
* * *
目の前で揺れる純白の煌めき。僕とエルティナの杖から放たれる魔法は、貫通することなく聖獣の顔面に弾かれ続ける。
視線が聖獣の鋭い眼光と絡みついたとき、僕の脳内を満たしたのはかつての師匠の姿。彼女は白銀の魔法杖を携え、僕ぐらいの年頃の顔つきで、エリサと同じ白銀の艶やかな髪をなびかせている。
崖上から僕らに向かって落ちてくる巨岩を撃ち砕いたあの魔法。純白の光を七色に輝かせ、一度弾かれた巨岩に風穴を空けた。
長年忘れていたあの魔法が、突如鮮明にフラッシュバックし僕に一つの可能性を示す。
魔法杖に流れる魔力に意識を集中させた。魔晶石の魔力が尽きる前に、エルティナの限界が来る前に僕が決着をつける。
魔力を一点に集中させる圧縮・高密度化。極限まで密集した光の粒子は他の魔力と混ざり合い、虹色へと姿を変える。身体に流れる分散した魔力ならば、その難易度は計り知れない。けれど僕が今使っているのはすでに圧縮、小型化された魔晶石の魔力だ。
光エネルギーへ変換されたことで分散した魔力をふたたび凝縮させる。一度覚えた形を魔力に思い出させる。
――――一度きりでもいい、偶然でもいい。あのときの煌めきよ、僕に宿ってくれ!!
誓ったんだ、エリサを必ず守るって。
身の程知らずなことぐらい知っている。師匠と彼女を重ねているのだってただの自己満足だ。でもそれだけじゃない。
パーティー仲間だから、ここまで一緒に冒険してきたから、師匠と似ているから、そんな想いをひっくるめて僕にとってエリサは――――――――今、もっとも大切にしたい人なんだ。
僕から放たれる魔法、大気に揺れる光柱が一瞬だけ強烈な眩い光を発した。
巨大な柱のようだった光線はより眩い光の中心へと集まり、曖昧だった輪郭を削ぎ落としていく。刀を鍛える鍛冶師のように精巧で高純度の光へ磨き上げる。粒子が密集したことでより強い輝きが僕らを照らした。
――――より細く、より高密度に、どんな光をも弾き返す閃光へなれ!!
密度を極限まで高められた光線は、狙うべき一点、聖獣の額に埋まる宝石へと収束していく。
聖獣の行進が止まった。逃げられる前に早く――――――
魔法杖を握りしめる拳を緩める。それから最後の魔力を振り絞って、魔法杖をもう一度強く握りしめた。
飛んでいく光に色がつき始める。赤、橙、黄色、緑、色鮮やかな色彩が純白の光線を彩る。
やがて魔法は七色の光を帯びた細い糸となり、エルティナの放つ魔法と、聖獣の宝石でふたたび衝突した。
――――あの日、僕の見た光景と同じだ………………
初め太くてバラバラだった光の粒子が圧縮されて、一本の虹色を帯びた細い線となる。
僕が師匠の魔法に惚れて、洗脳魔法を極めようと志したあの瞬間。彼女の放っていた魔法と同じ魔法が目の前にある。魔晶石を使っているため、彼女よりも強大で練り上げられた魔力の束が聖獣を穿つ。
この瞬間だけ僕は、師匠に追いつけた気がした。
一瞬の静寂のあと、ガラスが割れるような音が鳴り響いた。次いで聞こえる魔獣の咆哮。
空気を切り裂く断末魔に、虹色の光線の先を見る。二本の光線が突き刺さる聖獣の額。ひび割れた宝石に集中した光は、
――――――――――――――――――聖獣の脳天を貫いていた。
力が抜けていく感覚がして、目の前の虹色の光が突如消滅する。次に襲ってきたのは耐え難い吐き気と倦怠感。
魔法杖を落として膝に手を置く。それでも見上げるように聖獣を睨み付けて離さなかった。
淡黄色の獣毛に覆われた巨躯が徐々に傾いていく。まるで魂が抜け落ちた抜け殻みたいに力なく、抵抗すら感じさせない滑らかな動き。
前足がガクッと膝を折った。おそらく体重に耐えられなくなったんだ。体勢を崩したことで聖獣の身体が倒れだす。
飛び散る鮮血がその豊満な獣毛を濡らしながら、滑るように巨体が地面へ横向きに崩れ落ちていった。
空気が押しつぶされるような音が響く。それは低く、鈍く、耳にじんわり残る響きだった。
地面への衝撃が足を伝って僕を揺らす。足裏の細かな振動はこの戦いの終わりを示す合図となった。
疲労と興奮が呼吸を不規則に乱している。気張っていた神経がぷつりと途切れた音がする。
途端、立ち方を忘れた子どものように膝から崩れ落ちた。
――――ありがとう、師匠。
心でそうつぶやいた僕の視界に、同じく膝をついたエルティナが映る。彼女の助けがなかったらきっと勝てなかっただろう。
肩で息を繰り返す彼女が僕を見つけて微笑んだ。思わず息を呑む。
――――――――――――ほんの一瞬、エルティナに師匠の面影を見た気がした。
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