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モルトゥルク編 第五十八話 虹色の魔法

「じゃああの岩を壊せたら合格ね」


 師匠が指さすのは、僕がかつて破壊できなかった灰色の巨体によく似た岩だ。ゴツゴツと表面が尖っている。ずいぶん昔からあるのか側面に苔が付着していた。


 僕たちがいるのは師匠が野獣を撃った崖下から少し離れた岩場地帯。一度は獣が潜んでいた洞穴を恐れて森を抜けた草原に行っていたけど、魔法を撃ち込めるものがなかったためまた崖下に戻ってきた。

 

「大きい…………」

「ソラくんならできる!」


 師匠が両拳を顔の前に揃えて凜々しい表情で僕に言う。少女の「がんばって」という応援も背に受けたことで、僕の諦めていた心にふたたび火がついた。

 

 今日でモルトゥルクを離れることになる僕に師匠は、最終課題と称して巨岩の破壊を提案してきた。コントロールばかりを磨いていて、威力なんて上がっている気がしなかったけど、師匠の期待に満ちた瞳は有無を言わせない魅力があった。


 身体の中心に魔法杖を構えた。

 師匠から教わった通り、目を瞑って魔力の流れを頭の中でイメージする。淀みなく巡回する魔力、目に見えないものに形を付与して実体を空想する。

 

 目を開けると同時にその魔力が魔法杖に伝わっていることを確かめた。第一段階は成功したと、安堵の息をついて目の前の標的に狙いを定める。


 よく目を凝らすと焦げた緑に一部覆われた巨岩の後ろにそびえる崖面にも、深緑のカーペットが浸食していた。転がる岩ばかりを観察していたけど、全体を眺めるとどこか神秘的で、人間が長年立ち入っていない神殿の入り口みたいだった。


 僕の小さな門出にぴったりな場所だ。

 これが決まれば僕は師匠に認められる。憧れに一歩近づけるんだ。


 重い重いと感じていた魔法杖がこのときだけは羽根のように軽かった。もしくは自分の身体の一部のように感じられた。

 訓練の成果かゾーンに入っていたのかは分からない。だけれど僕は、



 ――――――――――できる、そう確信していた。



閃撃魔法(ライフォース)!!」


 放たれた光の弓矢が大気を切り裂きながら直進する。初めて感じる衝撃に、両手をさらに前へ突き出した。

 魔法は標的である巨岩のど真ん中に突き刺さると、いとも容易く硬い岩肌を貫通して、後ろに佇む絶壁に激突した。


「すごい!」


 少女の歓喜の声が聞こえてくる。


 コントロールだけをひたすら極めていたつもりだった。けれどこの威力、経験したことのない衝撃が僕の胸を躍らせている。

 可愛らしいドヤ顔を向ける師匠と目が合う。そこで僕は彼女も思惑に気がついた。


 師匠はコントロールだけを極めさせようとしていたんじゃない。コントロールに対して自信をつけさせることで、魔力を込める過程への集中力と魔法を勢いよく撃ち出す勇気を僕に養って欲しかったのだ。魔法を習い始めたばかりの僕が、小さな身体の中を淀みなく流れる魔力を自信を持って使いこなせるように。

 二つを同時に習得しようとする必要はない。一つの積み重ねがもう一つの土台になってくれる。


 師匠が片手を広げてこちらに差し出した。

 ちょっと高い彼女の手。魔法杖を片腕に預けると、ぴょいっと飛び跳ね彼女の手に僕の手を重ねた。パチンと気持ちのいい音が鳴る。


 やっぱり師匠はすごい!

 師匠がもっと成長して冒険者になったら、きっと美しすぎる魔法使いとして有名になるに違いない。彼女と彼女の魔法、どっちが魅力的かみんなギルドで話し合うんだ。

 そしたら僕は胸を張ってこう言う「僕は彼女の最初の弟子なんだ」って。


 そのときまでに僕は一流の冒険者になっていないといけない。だって師匠の弟子が弱かったら格好悪いし、せっかく教えてもらったのに成長してなかったらガッカリされそうだから。


 今日の試験はこれにて終わり。はやく泉に帰って師匠と少女とお話をしたい、師匠の澄んだ瞳に見惚れながら、そうぼんやりと考えていたときだった。


「あぶない!!」


 突如、少女が僕たちに叫んだ。


 少女の視線の先は断崖絶壁の頂上――――――――そこから転がり落ちる巨大な岩石が見えた。

 

 僕が放った魔法が引き金となって、不安定な岩石に振動を与えてしまったのだ。

 断崖を急降下する岩石は突き出た崖面に激突し、その欠片を前方へばら撒いた。僕らの身体ほどもある欠片、鋭く尖った鈍器が僕らに向けて降り注ぐ。


 その内の一つ、一際大きな岩石が僕と師匠の頭上へと軌道を変えた。


(たいへん! にげないと!)

 

 このままだと当たる、そう頭では理解しているのにどうしても身体が動かなかった。緊張感がほぐれ緩みきった僕の肉体は、焦っている精神と反発するように静観を決めている。目の前に広がる光景も、少女の悲鳴すらも遅れて伝わってきた。


 すべてがスローに映る世界で、岩石だけは的確に僕らを狙い撃ちしている。


 違う。岩石だけじゃない。


 もう一人、


閃撃魔法(ライフォース)!!」


 彼女の放った美しい魔法が迫り来る岩石に伸びる。大気の水分が輝いてはパチッと弾ける音がする。彼女の美貌と魔法が一つの芸術のように融合していた。

 

 その純白の煌めきは瞬時に岩石へ到着、そのまま岩石を破壊、


 ――――――――――――できずに弾かれてしまった。


(うそ…………)


 完璧だったはずなのに。

 僕の魔法なんかとは比べものにならない精度と威力。師匠の象徴とも言うべき魔力の結晶ですら、迫り来る岩石に力及ばない。



 ――――――――――――そんな絶望を刹那彼女は打ち砕く。



 彼女と岩石とを繋ぐ光の軌跡が徐々に細く形状を変化させていく。まるで水の流れが急に一本の透明な糸にまとまるみたいに。散り散りだった光の粒子が一直線上に集中し、纏う煌めきがさらなる眩い光を放つ。

 純白だった光線は半透明な七色の光を帯び、炯然たる繊細な粒子の流れを成していた。もはや魔法ではなく宝石の集まりのよう。岩石の表面で爆ぜた宝石は空へと舞い、真昼の青空に恒星を散りばめた。


 見知った閃撃魔法の突然の変貌。このときはただ力任せの魔法で師匠が勝ったとばかり思っていた。

 けれど今なら分かる。あれは魔力の圧縮・高密度化だ。分散した魔力を極限まで凝縮して、狙うべき一点だけに魔力を集中させる。金属の塊だった鈍器が、鋭い槍へと姿を変えるようなもの。


 緻密攻撃だと思っていた閃撃魔法を質量攻撃だと捉え、対象を貫通することだけに特化した、閃撃魔法の新たな形。


 彼女の七色の魔法は鈍い音をたてて岩石を見事砕いた。

 小石ほどの小さな破片が僕らを避けるようにパラパラ散らばる。残った大きな欠片は僕らのすぐ前に重い音と一緒に落下した。


「よかったぁ」


 涼しい顔で胸を撫で下ろす師匠。僕と少女は唖然として彼女を見上げている。

 仕組みは分かっていなかったし、師匠の力が巨大な岩石に打ち勝っただけだと思っていた。だけど目の前の光景はあまりにも刺激的で、美しくて、言葉がでなかったのだ。

 

 魔法を撃ったあと、晴れた笑顔をこちらへ向ける彼女は、どんな冒険者よりも格好よくて綺麗で、やっぱりいつ見ても美しかった。


 ゴゴゴゴゴゴ…………


 突如感じた大地の振動に僕らは身を固くした。吐き出そうとした緊張がまた全身に巡る。

 そして鳴り響く轟音。なにか重い物を引きずっているみたいな、硬い物同士が擦れ合っているみたいな違和感のある音。


「なに……?」


 僕のつぶやきに応えるようにして、目の前の崖面が激しい音を立てて崩れ始めた。巨大な亀裂が崖の中央を割り砂煙が舞い上がる。見えていた岩石がみずから砕け中の湿った土が顔を出す。その瞬間、崖の奥から異様な気配が漏れ出した。


「わ…………」


 悲鳴が喉でつっかえる。次の言葉を振り絞ろうとも、顎がガタガタ震えるだけで声になることはない。師匠を見上げると、彼女も丸い大きな目をさらに広げて、「なに…………?」とつぶやいていた。師匠も何が起きているのか分からないらしい。


 崩れ落ちる土石の中から何かがゆっくりと動き出す。巨大な両足で転がる岩石を踏み潰し、足踏み一つで地鳴りを起こす。



 ――――――――――出てきたのは、泥でできた巨大なゴーレムだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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