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タルカル編 第五話 無謀な対決

本日も2本投稿です。1本目!


毎日投稿中!

「この木の実を俺が投げる。それを空中で魔法を使って打ち落とすんだ。使う魔法はなんでもいいぜ」


 ジードが赤く熟した木の実をふたつ抱えている。


 威力勝負だと可哀想だかららしいが、エナドの役職『魔法戦士』は剣術と魔法を組み合わせて戦うのが一般的。本格的な魔法杖を使わない分、巨大魔法は得意としないのだろう。


「分かりました」


 冒険者という名の野次馬も集まってきた。

 「無謀だ」「さっさと諦めれば見世物にならずにすんだのに」「身の丈知らずだ」と相変わらずひどい言われようで始まる前から気が滅入る。


「じゃあ、俺からいこう」


 エナドが一歩前にでた。

 胸を張って前を向く。風格のある堂々とした佇まいは彼の自信をなによりも強く表していた。


 腰の短剣を鞘から引き抜き順手で握る。照りつける太陽光を銀の刃が反射して眩しいほどに光り輝く。

 エナドが刃に優しく触れた。まるで我が子を愛でるように。


動起魔法アルモート


 エナドが囁くようにそう唱えた。


 瞬時に短剣の刃が深紫色の光に包まれる。


 『動起魔法』。無機物にかけることで触れることなく自在に操れるようになる魔法。そして『魔法戦士』がもっとも好んで使う魔法だ。


 準備は整った。そう判断したのだろうジードが木の実ひとつを片手に大きく振りかぶる。


 ジードが腕を振り下ろし手から木の実が放たれた。

 高い放物線を描いてエナドの正面はるか先へ飛んでいく。ゆうに50mを越える大遠投だった。


 投げる動作とともにエナドの手からも短剣が離れる。まるで意思をもっているかのように、みずから推進力を手に入れぐんぐんスピードを上げていく。


 空気の悲鳴が聞こえた。『狙撃手』が引く矢よりはるかに速い。


「もらった」


 エナドが口角を上げて呟いた。


 短剣の軌道上に真っ赤な球体が吸い込まれる。遠目からみて誰もが確信しただろう、「当たった」と。


 !?


 しかし短剣は木の実のわずか上を通過していった。何にも当たることのなかった木の実がそのまま落ちて地面に転がる。


 そんな馬鹿な。野次馬たちもざわめきだす。


 もちろん外れて欲しいと思っていた。しかし『動起魔法』は空中の軌道修正を可能にする。使い慣れている者ならば落ちてくる物体に短剣を突き刺すなんて容易なはず。


「ありえない!! たしかに当たったはずだ!!」


 エナドが怒鳴る。自慢の整った顔を歪ませ、抗議の声をあげている。


 ここにはたくさんの目撃者がいる。再挑戦を願えばこれまで積み上げてきた評価を壊しかねないのは理解しているだろう。


 だが止まらない。


「ちょっと遠くに投げすぎたな」


 まだ荒ぶっているエナドの肩を叩いてジードが言う。彼が慰めを言うとは予想外だった。

 エナドはそんなジードの腕を乱暴に振り払った。


 ジードがひとつ溜息をつく。


「さあ、次はお前の番だ」


 ジードは顔色を変えることなく僕を指さした。


 僕の番だ。ここで決めることができれば僕の勝ち。少女を彼らの魔の手から救い出すことができる。


 忘れていた手の震えを思い出した。魔法杖をもつ右手にも力が入る。

 

 この勝負に負けても僕にはなにもデメリットはない。昨日までの僕に戻るだけ。ただ彼女は? あいつらがただの親切で初心者をパーティーに入れる? それに謹慎が明ければ少女の存在は邪魔にしかならないはずだ。

 彼女にとってここは人生の岐路。それを初対面の僕に託してくれている。


 ふと空いていた左手が柔らかなぬくもりに包まれた。


 隣に立つ少女が僕の手を握っていると気づいた。彼女の体温が手を通して伝わってくる。

 

 自然と震えが収まっていく。


「大丈夫よ、ソラくんなら」


 不安顔の僕を見上げ少女が言う。寄り添うような励ますような優しい声。


 普段の僕なら「なんて無責任な」なんてひねくれたことも考えただろう。ただ今は彼女こそが唯一のよりどころだった。


「うん」


 軽く頷いて足を一歩前に踏み出す。ほかのことは考えない。これまでの練習で培ったものを披露するだけだ。


「じゃあ、いくぞ」


 ジードが構える。


硬化魔法ハーディング


 かすかだが確かにそう聞こえた。

 ジードの方を向きながら目だけで声の主を探す。魔法杖を構えたメリッタが視界に入った。わずかに魔法杖の先端が発光している。


 やられた。


 おそらくジードのもつ木の実に硬化魔法をかけたのだ。僕が魔法を当てても打ち落とせないように。

 ジードたちがにやりと笑っている。始めからこうするつもりだったのだ。なんて卑怯で下劣なんだ。

 

 ジードが大きく振りかぶる。

 

 仕方がない。せめて当てて「ちゃんと当たってましたよ」と抗議しよう。


 正面に魔法杖を突き出す。


 いつでもこい!


 ジードの手から木の実が放たれた。エナドのときと同じように僕の正面に大きな弧を描いて飛んでいく、はずだった。

 ジードの投げた木の実は正面から大きくはずれ、右側にたまった野次馬の頭上を越えていった。


「あーしくったな」


 ジードが笑いながら言う。


 エナド、メリッタのこちらをあざ笑う声も聞こえてくる。僕の失敗を確信して馬鹿にする声。


 ただ、


閃撃魔法ライフォース


 落ち着いていた。


 いつも通り、何百回も繰り返した通り、的にめがけて魔法を放つ。


 木の実が野次馬に隠れる前に、見失う前に。純白の光が一直線で飛んでいく。


 1人の冒険者の悲鳴が聞こえた。魔法は野次馬の頭上すれすれを通過する。


 

 そして――――


 

 落下中の木の実に見事命中した。木の実の芯を見事に捉える完璧な魔法制御。


 そしてそのまま、真っ赤な的を粉々に砕いてしまった。


 静まりかえる冒険者たち。


 そうか、ほんとうに母さんは手加減を知らない人だったんだ。

 とんでもない英才教育だ。そのせいで僕は自信を失っていたというのに。


 誰も期待なんかしていなかった、静寂がそう教えてくれる。


 ただ僕は、人より少し的当てが上手なんだ。


「よくやった!!」


 しばらく経って野次馬のひとりが声をあげた。


「信じてたよ!!」「天才だ!!」


 さらにひとり、もうひとり。


 ざわめきは徐々に伝染してき、やがてひとつの大きな喝采となって僕へ届けられた。


 「誰だあの少年は!?」「今まで見た中でいちばんの閃撃魔法だった!」「おい、俺の髪かすったぞ!」


 野次馬は正直だ。感心したものにはしっかりと賞賛を送る。苦笑いを浮かべることしかできないが、なんかとても気持ちが良い。


 とりあえす、これで勝負は僕の勝ちだ。


「それじゃあ、僕はこれで」


 勝利の余韻に浸ることなくジードにそう告げた。恥ずかしさもあり早めに撤退したかった。


「おい待て!」


 少女とともにギルドに戻ろうとしていた僕をジードが呼び止める。


「おまえ、何者だ」


 有名冒険者に興味をもたれるなんて名誉なことこの上ない。ただ僕はもう彼らが嫌いだ。


「駆け出し冒険者のソラです。よろしくお願いします、ジードさん」


 そう言い残して僕は少女とギルドへ歩きだす。


 わずかに縮まった距離を隣に感じながら。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

少しでも面白いなと思ったり続きが気になる方は、高評価・ブックマーク・コメントをお願いします。作品制作のモチベーションに繋がります!


本日は残り1話投稿されますので、是非ご覧ください!

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