モルトゥルク編 第五十三話 昔の話
ここからソラの過去の話となります
『冒険者』という職業は僕にとって昔から特別なものだった。両親に連れられて訪れた見ず知らずの街で、父さんたちが他の冒険者たちと交流しているのを何度も見てきた。
『父さんと母さんはな、冒険者っていう人々の平和を守る仕事をしていたんだ』
父さんはよく僕にそう語った。「一部ではちょとした有名人だったんだぞ」と胸を張る父さんを見ていると、「僕の両親はこんなに凄い人なんだ」と誇らしく感じられた。
けれど当時はまだ冒険者になるという明確な夢は持っていなかった気がする。あくまで自分が特別であると思い込んで、父さんたちみたいなみんなから認められる人になるのだという根拠のない自信だけが横行している、そんな感じだった。
モルトゥルクはタルカルの次によく両親と訪れていた街。父さんたちが魔獣襲撃に巻き込まれた街でもある。今思えば、そのときお世話になった人への挨拶がモルトゥルクを訪れる一番の目的だったんだろう。
クラージとも会っていたんだろうけど、当時は気づきもしなかった。
僕のまだ短い人生において分岐点があったとするなら、そのとき僕が経験した出来事がまさきそうだ。
あの頃を境に僕の人生は大きく舵を切ることになったんだ。
これは幼い僕が経験した、夢にしては強烈で現実にしては幻想的な、とある三人の物語。
* * *
「良い子にしてるんだぞ」
「うん……」
俯きがちにうなずく。
まだ幼かった僕はそれなりに空気の読める子だったと思う。大人の事情と理解して、寂しさを両親に押しつけない。
「用事済んだら、一緒に美味しいもの食べよっか」
「ほんと!? やったぁ!」
母さんの言葉に晴れた笑顔を浮かべる。
ギルド傍にある小さな決闘場。高い石柵で囲まれたフィールドでは冒険者が剣を交えている。石段を何段か上った先には観戦用のベンチがずらっと並んでいた。
訓練で冒険者がよく利用する場所らしい。いつもは木刀の低い音が聞こえているが、その日は鋼の甲高い音が響いていて耳がキーンとしたことを覚えている。
「じゃあリィナちゃんお願いね」
「まかせてください!」
父さんたちが冒険者のお姉さんにお辞儀をする。さらさらな水色の髪を伸ばした綺麗な人だ。
父さんと母さんが僕と離れないといけないときは、いつもこのリィナお姉さんが僕の面倒を見てくれていた。とっくに五歳の誕生日を迎えていた僕は、もう一人で買い物も、ちょっとした遠出もしたことがあった。それなのに「一人で大丈夫」僕が言うと、必ず母さんが「まだ心配だからだめ」と反対してくるのだ。
父さんたちがいなくなったあと、僕はリィナお姉さんとベンチに座って、下で戦う二人の冒険者を眺めた。
「今日はほんとうの剣でやるって意気込んじゃって。私は反対したんだけど」
僕らの眼下で剣をぶつけ合う二人はリィナお姉さんのパーティー仲間だ。僕も何度も話したことがある。父さんたちがもともと組んでいたパーティーに助けられたとかで、僕のお世話を引き受けてくれているらしい。
リィナお姉さんはこのパーティーの魔法使い。ここでの魔法使用は禁止のため、こうして仲間が訓練している間、僕と一緒にいてくれているのだ。
彼女の冒険の話は聞いていてとても楽しかった。特に父さんたちに助けられた話は、息子の僕までもが褒められている気分になれた。
「ソラくんはやっぱり冒険者になりたいの?」
リィナお姉さんが僕に訊いてくる。
僕は澄んだ青空のようなリィナお姉さんの目が好きだった。ガラスのように透明で、どこまでも続く深い湖のような瞳に映る僕は、いつだって少し大人びて見えた。
「うーん、まだよく分からない」
うまく言葉にすることができず曖昧な返事になってしまう。
当時も冒険者への憧れはあった。父さんや母さんみたいになりたかった。けれど同時に『冒険者』という人たちを見ていると、どこか遠い存在に思えてしまうのだ。
ベンチから投げた両足をぶらぶらさせて、張り出た鼠色の天井を見つめる。
静寂に金属音だけが鳴り響く空間で、僕は何をするでもなく「冒険者になるということ」はどういうことか漠然と考えていた。
奏でられていた音が止んだことで、僕は闘技場へ視線を向けた。戦っていた二人の冒険者がゆっくりとフィールドから出て行くところが見える。
しばらくすると石段を上がる足音と一緒に、男の人たちの何かを言い合う声が近づいてきた。冒険者が二人、リィナお姉さんに手を振って歩いてくる。
僕はお姉さんと一緒にベンチから腰を上げた。
「ソラくん、久しぶりだね。元気にしてた?」
「はい!」
緑色のバンダナを巻いた青年が人懐っこそうな笑みを浮かべる。彼につられて元気に返事をした。
聖剣を腰に差したもう一人の青年がリィナお姉さんに尋ねる。
「それで、今回は俺の勝ちだったよな?」
「おい、待て! どう考えても俺が優勢だっただろ! な、リィナ?」
「うーん、どっちもどっちだったかな」
彼女の回答に騒がしい言い合いが始まる。仲間であると同時にライバルであるらしい二人は、隙を見つけてはどちらが上かを競い合っていた。
そしていつも
「ソラくんに悪影響でしょ! どっちもまだまだよ!!」
リィナお姉さんの一喝で叱られた小動物みたいに小さく縮まるのだ。
「ごめんね、ソラくん。私たちこれからクエストなの。だからここでお別れ」
「そっか…………分かった!」
リィナお姉さんを心配させたくなくて元気に応える。ほんとうは寂しいしまだ一緒に居て欲しい。けれどここでも僕は空気を読んだ。
「じゃあね」
石段を降りていく三人を黙って見送る。
三人がいなくなったことを確認して、僕も石段を降りていった。
父さんからは「ギルドの中はソラはまだはやい」と言われていたが、クエストに向かうリィナお姉さんたちを見ているとつい気になって、ギルドに設置された窓から中を覗いてみることにした。
窓枠によじ登るようにして見たその光景に、僕の中で衝撃が走ったことを覚えている。
今はただ物騒で喧しく感じるギルドだけど、刺激の少ない草原帯で育った五歳児の僕にとっては、陽気なお祭りみたいにとても魅力的に思えたのだ。
(ぼくもはやく冒険者になりたい!)
馴染みのないものには特段魅力を感じるもの。この街の内情も知らない僕だったけれど、このときから冒険者についてもっと知りたいと思うようになった。
手段や時期を悩む暇など幼い僕には存在しない。気がつけば、次の日にこっそりリィナお姉さんたちのパーティーのクエストに着いていくという計画が出来上がっていた。
* * *
父さんと母さんを元気よく見送り、リィナお姉さんたちと僕だけになってから、「きょうは一人であそびたい」と嘘をついた。三人とも目を丸くして驚いていた。僕がこんなことを言うのは初めてだったからだ。
顔を見合わせて考え込む三人を見ているとじれったくて、「だいじょうぶだからはやくクエストに行って!」とつい急かしてしまった。
「もしかして嫌われちゃった……」
リィナお姉さんの瞳が潤むのを見て慌てて首を横に振る。そんなつもりなかったのに、リィナお姉さんを傷つけてしまった。その事実に酷く動揺した。
「ち、違うよ! 大好きだよ!」
「ほんと?」
「うん! でもぼくのせいでお姉さんたちがクエストに行けないのはイヤで……」
「全然気にしなくていいって」
折れそうにない彼女を前に、視線を後ろの青年二人に向ける。
聖剣を差した青年が口を開いた。
「ソラくんもこう言ってることだし、クエストに行こうぜ」
彼は緑色のバンダナの青年に目配せを送った。
「そうだね。俺たちがいるとやりにくいことだってあるし。ね?」
僕の提案に乗り気の二人。そんな彼らに流されるようにしてリィナお姉さんが溜息を漏らした。
腰を落として僕と目線を合わせると
「ソラくん、危ないことしちゃだめだよ?」
心配そうな表情でそう言った。
何度も首を縦に振る。そのときはどうにかして納得させようと必死だった。彼女との約束を守ることよりも、僕は自分の好奇心を優先した。
「じゃあね。ここらへんで遊んでいるんだよ」
「分かった!」
リィナお姉さんがうなずいて僕から背を向ける。
聖剣の青年が僕にウインクを送ってきた。大人は凄いなと感心しつつ、感謝の気持ちを込めて全身を使って礼をした。
石段を降りて見えなくなっていく三人の姿。
僕は「ふぅ……」と一度深呼吸をすると、三人のあとにこっそりついていった。
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