モルトゥルク編 第四十九話 激闘の裏で
エリサ視点
「ミルシェ、はやく!」
ミルシェの手を取って中層を駆けるエリサ。
街中に鳴り響いた爆発音と、その後放送で伝えられた緊急事態。何者かが下層と中層を繋ぐ橋を爆破、さらに下層に大量の魔獣が放たれたと告げる声は危機迫っていた。
あまりにも現実離れしすぎた報告の数々に、エリサは初めモルトゥルク特有の悪ふざけか何かだと思っていた。街中を巻き込んだ緊急事態という名の隠しイベント。ミストレルの常識に慣れたエリサにとってモルトゥルクはまさに異境の地だった。
騒然と逃げ惑う人々の波に呑まれたことでやっと異常を実感する。ミルシェと離れないようにしながら下層を目指した。
ソラはクロンと一緒に居る。そして二人なら必ず下層へ向かおうとするはず。合流するためには下層付近で待機するのが一番だ。
「魔獣だなんて、いったい誰が……」
「爆発のタイミングもいやらしいわね」
月鏡祭が始まる少し前、クエストでモルトゥルク付近に作られた外来獣の討伐に赴いた。クロンの腕をなまらせないための中難易度クエストだったが、エリサはそこで対獣戦での風操魔法は、戦闘を優位に進めることができると気づいた。
一撃必殺という点においてはソラの閃撃魔法が圧倒的だった。急所に当たればほとんど即死。ソラの魔法精度も相まって、なかなかの成果を上げていた。
しかし俊敏な相手や数で押し切られると途端無力になってしまう。
エリサの風操魔法は遠距離攻撃に長けている上に、間合いに入られても対処できることが強みだ。閃撃魔法ほどの威力は出せないものの、獰猛な獣を宙に誘うだけで無力化できる。エリサが出会った獣で空を飛べる生物はキュルシニィだけだった。
人波が捌けてきた。エリサの低い身長ではとても遠くを見渡せないが、ミルシェが「たいへん!!」と声を上げたことで下層が迫っていると気づく。
ようやく見えた下層地区の惨状はエリサの想像を遙かに超えていた。
崩壊した建物と上がる火の手が被害の規模をありありと示している。魔獣被害はすでに下層全体に広がっていた。
「そんな…………」
目を見開き浅い呼吸を繰り返すミルシェがつぶやく。
エリサは眼前を流れる水路に視線を向けた。魔獣と毒の檻、二つで住民を閉じ込めている。橋の爆破といい、首謀者の用意周到ぶりにはお手上げだ。
しばらく水路の周りを歩いてみてもソラたちの姿は見当たらなかった。水路の向こう側に代わり映えしない地獄が揺らめいているだけ。
クロンがここまでの惨状にジッとしていられるはずがない。すでに下層へ飛び込んだと考えるのが自然だろう。
「あれ!!」
正面に伸びる下層の大通り。その脇道から冒険者と小さい子どもたち、何人かの大人がぞろぞそと飛び出してきた。エリサの背の半分ぐらいの赤子もいる。
先導する冒険者が中層にいる魔討士団に手で合図を送った。こちら側にいる冒険者の一人、銀色のマントを羽織った魔法使いが飛行魔法で水路を飛び越える。
集団から小さい子たちを優先して抱えると、ふたたび空を飛んで中層へ戻ってきた。抱えられた子どもは涙で頬が濡れている。
魔法使いは子どもたちを中層へ下ろすとまた下層へ戻っていく。下層から逃げてきたであろう人々を水路を挟んだこちらに避難させているのだ。
「もしかしてこの子たちって孤児院の子じゃない?」
ミルシェの発言に救助された子どもを凝視する。
大人の数に対して子どもが多い。親に甘える年齢の子が同じくらいの子と不安を共有しているのが印象的だった。
「孤児院ってクロンがいたところよね?」
「うん。もしかしてクロンさんそこにいるかも!」
孤児院がピンチとなればクロンならば真っ先に助けに向かう。となるとソラも孤児院にいるのだろうか。
「ミルシェと孤児院へ向かってソラたちを捜す」風操魔法を扱えるエリサにとっては悪くない選択に思えた。
「だったらはやく向かうべき……よね?」
ミルシェの身体を舐めるように見回す。
ソラなら小柄で軽いため風操魔法での二人移動が可能だった。だけれど彼女は……?
華奢な体型だけど背丈はクロンほどはある。また聖職者は戦闘職ではないため、細かな風で支えないとバランスを崩してしまうだろう。
そんなエリサの懸念に気がついたのか、ミルシェが両手を横に振る。
「別に私だけ走って向かっても……」
「下は魔獣がいるんだから危険よ。きっと大丈夫だからわたしと一緒に空から行きましょ」
勢いで言ってしまったが、仕方ない。風操魔法でミルシェを運ぶシミュレーションを繰り返す。ソラと同じ原理なんだからきっと大丈夫、自分にそう言い聞かせた。
収納魔法でしまっていた魔法杖を取り出す。太陽光を反射して輝く装飾に目を細めながら
「風操魔法」
魔法を唱えた。
突如エリサを中心に渦巻いていく空気の束。微風程度だった規模が周りの空気を巻き込んで大きく膨れ上がる。
ミルシェに、後ろへ回って身体を支えてくれるよう頼んだ。彼女の大きな身体にすっぽりと包まれる。匂いと体温を全身に感じて少し照れつつ魔法杖を握りしめた。
徐々に浮かび上がっていく二人の身体。自分を支えているミルシェを風で操るイメージ。
粉塵を散らして舞い上がるエリサたちを冒険者と子どもたちが呆然と眺めている。飛行魔法以外の飛行は珍しいのだろう。下層にはこの子たちみたいに助けを求める人がきっとまだいる。受ける視線を期待に換えて、揺らぐ覚悟を励ました。
ミルシェと一体化したことで大きくなった自分の身体を操る感覚を掴んできた。ソラのときのように二人分を支えるのではなく、一人の人間を支えるように旋風を制御する。
「行くわね……」
「うん。おねがい」
ミルシェが頷いたことを確認してから飛び出した。下層に向けて気流をつくりその中を通るように順風が背中を押す。
ミルシェの抱きつく力が強くなってきた。小刻みに震える彼女の腕が絡みつく。痛いくらいに締めつけられるせいで身動きが取れなくなる。
水路を飛び越え、エリサたちはあっという間に下層の空へと誘われた。
眼下を流れる街並みに顔をしかめる。悪意によって破壊された街。聞こえ続ける悲鳴は他の轟音に掻き消され、その行方さえ分からない。
「えっと、この道路を左に曲がったから…………あっち!」
孤児院を訪れたことのあるミルシェの案内を頼りに空を駆ける。爽快なほど風に乗れている。速度が上がるにつれミルシェの悲鳴も増してくるが、聞こえていないふりをした。
「落ちちゃうー!」
ミルシェがガバッと上半身を肩に預けてきた、ちょうどそのとき。
――――――――エリサはある人物に目線を奪われた。
何か違和感を覚え鼓動が激しく高打つ。
この異常事態に立たされた人間がとるべきではない、とるはずのない行動をその人物はとっていた。後ろ姿しか確認できなかったが、明らかに避難している住民ではない。
「あの建物!」
ミルシェが指さした大きな木造の建物に視線を向ける。緑色の広場が隣接しているその建物こそが孤児院なのだろう。
やっと見えた目的地。しかし――――
「ごめんなさい、ミルシェ一人で行ってて」
「え!? エリサちゃんは?」
無視できない胸騒ぎがエリサを襲っていた。
まだ違和感の段階。彼女を連れ回すことはできない。しかし少しでもこの場を離れたら、あの男を見失うかもしれない。
二人を持ち上げている旋風を弱め地上へ降り立つ。
まだ心配そうなミルシェに
「大丈夫、すぐに向かうから!」
と頷いた。
勘違いならすぐ戻ればいいし、危険だと判断したらクロンを呼びに向かえばいい。尾行がバレたら風操魔法で逃げる。「大丈夫、危険はない」と心中で繰り返す。
それでも「一緒に行こうよ」というミルシェの背を無理矢理押して孤児院へ向かわせる。渋々離れたミルシェは何度も振り返っては不安と緊張が混じった視線を送ってくる。
エリサは彼女が去ったことを確認してから風操魔法でふたたび飛び上がった。一人だとやはり空中移動しやすい。
幸いその人物はすぐに見つけられた。
――――"下層と反対方向に歩く"男を睨み付けながら、エリサは尾行を開始した。
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