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モルトゥルク編 第四十八話 歪んだオモイ

ソラ視点 ⇒ クロン視点

「やつらを変えるには組織の根本を絶つ必要があった。クラージはなかなかギルドに顔を出さない。だから狙いは当時の副隊長だった」


 たしか水路に流されていたという。初めの殺人だけは目撃者がいなくて、犯行現場も分からずじまいだったはずだ。


「こいつもクラージと同じで、あの日副隊長が殺されたことでその座についた。俺は魔討士団の振りをして彼に近づき、甘い言葉で良い気にさせてから俺の家に上げた。そして言ったんだ、『魔討士団はこのままではいけない。もっと地位に見合った組織になるべきだ』ってね。彼はクラージを慕っていた。俺の言葉がクラージを貶しているように感じたんだろうね、彼は俺の言葉を遮って襲いかかってきた」


 ハノークが肩を竦める。


「揉み合いになっているうちに俺は彼を刺し殺していた。元々殺意があったわけだし、そこに言い訳はない。死体を長距離持ち運ぶと誰かに目撃される危険があったから水路に流した」


 まるで日記を読み上げるみたいに、彼の口調には罪を白状する罪悪感が含まれていない。

 エルティナを一瞥すると、彼女はハノークの話に口元を手で押さえ、瞳には彼に対する恐れが滲んでいた。


「隊員を徐々に殺していたのは何故ですか? 魔討士団の"リセット"なら、それこそ橋の爆破みたいにギルドに爆弾を仕掛けた方がはやいはずです」


 物騒なことを平然と口にしている自分に驚いた。ハノークに引っ張られてか、もしくは非日常に飛び込んだことで感覚が狂っているのかもしれない。


「…………恐怖を味わって欲しかった」

「え……?」


「魔討士団が立て続けに殺されていったら、やつらは『次は自分かも』って不安になる。恐れて苦しんで、少しでも辛い思いをさせたかったんだ…………」


 やっぱりだ。どこかハノークに覚えた違和感。

 彼はどこか子どもっぽい。欄干に座っていたこと、木の実採集なんてものに僕を連れ出したこと。初めは彼が纏ったイメージで納得させてきた。けれど緻密に練られた犯罪計画に反して、彼の行動原理は率直で安っぽい。


 月鏡祭が近づくにつれ、同僚が殺されているのにもかかわらず無頓着に自由奔放な日々を送っていた魔討士団。「徐々に殺して恐怖を与えたい」というハノークの思惑は空振りに終わったわけだ。


「それに身近な人が死ぬつらさを味わって欲しかった…………」


 表情を翳らせ視線を落とすハノーク。握った拳が激情を堪えるように震えていた。

 魔討士団の"リセット"なんて大それた目標を掲げながら、彼の心は"苦痛の共有"がしたかっただけ。彼が負った心傷を知ってもらいたかっただけ。

 

 きっと彼は過去に留まっている。魔獣に平穏な日々を壊されたその日にずっと取り残されたまま。身体は成長しても心はずっと寂しさを抱えた幼い少年の面影を残していた。

 

 僕がハノークの立場だったらどうしていただろうか。もし僕が孤独で癒えない過去に苦しんでいたら、その原因と嫌でも向き合わなければいけなかったら。

 僕は父さんや母さんに支えられてここにいる。クロンはハイドや孤児院のみんなに。

 ハノークだってもし傍に寄りかかれる、弱音を受け止めてくれる人がいれば、こんな事件を起こすこともなかっただろう。


 そう思うと同情も少しはできた。


「だからって下層のみんなを巻き込むなんてあんまりです。彼らには何の罪もないんですから」


 ただこのやり方は間違っている。「人の命を奪う」という方法をとったことももちろんだけど、本来のターゲットではない住民をも巻き込んでいる。それだけは決して許すことはできない。


 ハノークが助けた赤子連れの女性。きっとこの街ではハノークの知らないところで失われた冒険者以外の命がたくさんある。救える命は救う、自分の気づかないところで消える灯火は必要な犠牲と割り切る。そんなのあまりにも身勝手で独善的だ。


 顔を上げたハノークの虚ろな視線が僕の鋭い視線と混じり合う。やがて彼は静かに「ああ……」とつぶやいた。


「まだ言っていなかったか」


 ハノークが僕を指さす。


「ソラ、きみの推理にはおそらく一つだけ誤りがある」


 誤り……? ハノークが殺傷事件の犯人で、洗脳魔法を用いた。それで魔獣を操ってこの騒ぎを起こしている。

 どこか間違っているのか? ハノークみずから白状していたじゃないか。


「洗脳魔法の性能についてだ」

「洗脳魔法……?」

「ソラはこう考えているね。『俺は魔討士団を操ってその仲間を殺させていた』」

「え……そうじゃ……」


 違うの!?


「いや合っている。けれど考えてみなよ。操られている人間の瞳がこの魔獣たちみたいに真っ赤だったなら、仲間に気づかれないはずがない。洗脳されている、とまで考えが及ばなくても病気を心配するか、怪しんで警戒するかはするはず。けれど残された仲間からそんな証言はでていない」


 彼の言葉に息を呑む。

 よく考えればその通りだ。僕は魔獣の瞳が赤かったから操られていると決めつけていた。目が赤いことを判断基準にしてきた。

 

 ならばそれは他の冒険者だって同じこと。『仲間の瞳が不自然に赤かった』こんな貴重な証言、殺された冒険者の仲間全員が黙っているなんて、それこそ不自然だ。仲間を庇う気持ちがあったのかもしれないけど、これまで情報が一度も外に漏れてなんてありえない。


 ハノークの言うとおり僕の推理には違和感がある。

 ならばその違和感を解消するための新たな推理とは?


 ほどけたように見えていた紐がふたたび絡み出す。

 ――――いやだめだ。僕にはこれ以上の解は見つけられそうにない。


「どういうことですか……?」

「洗脳魔法では目なんて赤くならないんだ」

「「え……」」


 エルティナと困惑が重なる。そんなわけないと聖獣の真っ赤に光った瞳を見る。


「でも……魔獣の目はみんな赤いじゃないですか」

「もともと赤いだけだよ」

「そんなわけ……」


 クラージは言っていた。キュルシニィの瞳はもともと赤くないと。だったら操られたことで変色したと考えるのが自然だ。

 洗脳魔法で赤くなったわけではないんなら、どうして――――


「ソラは勘違いしている」

「なにを…………」


 先を訊くのが怖かった。僕の中に積み上がった事実が壊されそうで。それもより残酷で目を逸らしたくなる現実を突きつけられそうで。


 ハノークは鼻を鳴らすと轟音が鳴り響く街を見渡した。そして僕らに告げる。


「このテロを仕向けたのは俺じゃない」



   *   *   *



 マラビィが上位種とともに転送魔法でどこかへ消えて、クロンは残された魔獣たちと対峙していた。魔獣たちは主人と離れたというのに牙を鳴らしてクロンを威嚇している。主人である上位種との物理的距離で操縦に影響はでないのだろう。


 突然制御を外れて四方八歩に逃げられるのも面倒なので、この性質はクロンにとって好都合だと言えた。

 上位種を倒すことで目の前の魔獣は支配から解放される。しかし街をばっこする魔獣たちを止めるにはさらに上位の存在、つまり魔獣を統べる魔族の撃破が絶対条件だ。


 住宅街とはいえ戦闘には十分なスペース、人質もいない。クロンには魔獣に負けるビジョンなどまるで見えていなかった。


 長い息を吐き出して聖剣を構え直す。


 クロンが動く前に魔獣たちが突進を開始した。粗い鼻息と無数に重なった足音。

 正面の魔獣が数歩、他より前方へ抜け出した。鋭い牙に獰猛な気性を宿し、開けた大口からは血の匂いがする。


 クロンは聖剣で地面を擦り、振り上げる刃で魔獣を跳ね上げた。空中に飛ばされた魔獣の喉元に『模倣』した短剣を突きつける。

 クロンの手を離れた短剣は魔獣みずからの質量を利用して喉頭にまで到達。悶える魔獣の喉を抉り、その肉に支えられ静止した。


 鮮血が身に降りかかる前にすでにクロンは次の魔獣へ刃を振り下ろしていた。彼の背後で魔獣の刺殺体が落下して血溜まりに肉片を添える。


 側方から迫る魔獣をクロンは完全無視。正面の魔獣たちに割って入る。一振りで魔獣の双眸を潰し、大気を裂くように地面と水平に薙いだ聖剣は魔獣の前足を吹き飛ばした。

 みずから魔獣の群れに飛び込み、自分を全方向から囲わせる。聖剣による牽制と威嚇で先走る魔獣を鎮め、足並みを揃えさせる。


 魔獣たちの息遣いと足踏みが重なった瞬間、腰を屈めて聖剣を空中に置いた。聖剣が地面と衝突し甲高い音を奏でたとき


「幻朧弾 ─刃─」


 静かに唱えた。


 彼の周りに"剣"が生成されていく。一つは電気を帯び、また一つは生き物のようにうねっている。千差万別、二つとして鏡映しの獲物はない。

 武器すべての性能を把握し、限界まで練り上げられた魔力に、手に取り取得した武器の構造を転写する。『足手まといの役職』である『模倣者』の最高到達点。「ハイドに釣り合う冒険者になる」と誓ったクロンの精進の結晶だ。


 浮いた"剣"が魔獣に向け射出された。

 防御手段を持たない魔獣は刃の嵐に素肌を晒し、血飛沫を散らしながら踊り舞う。牙が折れ獣毛が焼け全身が痙攣している。唸り声が悲鳴に換わって鋭かった双眸から魂が抜け落ちていた。


 ――――やがて血の滴る音を残して静まりかえった戦場にはクロン以外に動くものはいなかった。


 「ふぅ……」と張り詰めていた空気に安堵の息を漏らす。

 急務だった孤児院救出はこれで完了した。あとはマラビィが上位種を撃破してくれるのを願うだけ。


 次の懸念としてはソラたちと魔族の存在だ。ソラがエリサ、ミルシェと合流できていれば問題ない。下層へ赴いて魔獣と戦おうとすることを止めることはおそらくできない。魔王城を目指している身としては止めるべきではないとも思う。

 ならばなるべく万全で挑んで欲しかった。ミルシェとエリサがいれば治癒と離脱という選択肢が増える。命の危機に瀕する事態には陥らないだろう。


 ならばクロンが優先すべきは一つ、魔族の捜索と撃破だ。


 孤児院に背を向け、向かうべき方向を見据えて気を引き締めた。駆け出そうと身体を傾ける。

 そう、クロンは走り出すための動作として身体を前方へ倒したのだ。


 ――――つまりクロンがそのまま地に倒れたのは彼の意志ではない。

 

 背中に走った激痛、内臓を突き刺すような鋭い痛みに、身体が硬直し意識を濃い靄が覆った。反射的に手を振るい背後の何かを吹き飛ばす。棒状の何かが指に掛かった瞬間、背中が抉られるような痛みが走った。

 身体が前方へ傾きだす。理解が追いつく前に胸が地面と衝突した。受け身もなく倒れ込んだことでふたたび駆ける鈍い痛み。


 途切れ途切れの視界の端に映ったのは、背中に突き刺さっている漆黒の刀身。そして傍に立っている一人の人物。

 「誰かに背中を刺された」そう気づいたときにはすでに淀んだ意識の中だった。沈みゆく意識で霞んだ視界に捉えた、戦場には似つかない真っ白な衣服。そこに飛び散った返り血が己のものだとクロンは気づかない。


 整った顔面に青白い肌を塗りつけた青年がつぶやく。


「クロンさんがいけないんです」


 血に濡れた地面に突っ伏したクロンは言葉を返すこともできない。どうして"彼"がここにいるのか、何故自分を襲ったのか、疑問が脳内で渦を巻く。

 呼吸が短く浅くなっていく。ぷつりと何かが途切れる感覚に合わせて瞼の先の光を失った。


 視界が暗転したクロンの耳に、最後に届いた言葉は――――


「エルは僕のものだ。絶対に渡さない」

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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