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モルトゥルク編 第四十七話 紅の記憶

クロン視点 ⇒ ソラ視点

 マラビィの傍に植えられた苅込の入った低木は二本の幹を伸ばし、一本で上位種を、もう一本で他の魔獣たちをまとめて制圧していた。「樹木が少なすぎてこれが限界だ」と肩を竦める彼女が、中層を指さして言う。


「中層でエルティナ嬢に出会って『孤児院のみんなを助けて』って泣きつかれてな。店でもずいぶん良くして貰っているから、急いでやってきた」


 樹木の下敷きになった魔獣が地面を掘り始めた。マラビィがすかさず幹から枝を生やして魔獣に突き刺す。魔獣が呻き声とともにふたたび地に伏した。


「逃げていた子どもたちは一緒に来た魔討士団の隊員に保護させた。私は孤児院に残った子どもがいないか見に来たというわけさ」


 マラビィの説明をクロンは唖然として聞いていた。

 クロンがここまで苦労した上位種を他の魔獣とともに無力化した彼女に目を白黒させる。範囲制圧に長ける魔法使いだからといっても実力は相当なものだ。以前はハイドとダイスが瞬殺したせいで分からなかった彼女の強さを身に染みて実感した。


「助かりました」


 マラビィに礼を述べ聖剣を構え直す。

 

 目の前では彼女の生成した樹木を上位種が切り刻んでいた。腕の刃で両断されるたびに切断面から新たな幹が生成される。彼女との繋がりを失った樹木が細かな粒子となって大気中へ溶け込む。

 

「あの魔獣、他のやつとはずいぶん雰囲気が違うな」

「おそらく上位種と呼ばれる魔獣の強化形態です。口から光線を放ったり腕で聖剣と渡り合ったり、他の魔獣とは規格外の強さです」

「そのようだな。これ以上はいつ逃げ出されてもおかしくない」


 マラビィは上位種をしばらく眺めたのち、ニカッと笑った。


「あの様子じゃクロン青年には分が悪い。すまないが上位種? を私に任せてくれないか?」


 意外な提案に目を丸くする。

 たしかに上位種との接近戦はリスクが大きい。戦闘を通してクロンも痛いほど実感した。

 しかし彼女の得意魔法である樹霊魔法は周りに樹木がないと発動できない。それに発動中は動けないと聞く。クロンたちを取り巻く環境を考えても二人での共闘の方が安全だ。


「構いませんが大丈夫ですか? ここじゃ樹霊魔法が」

「安心してくれ。ここで戦うつもりはない。クロン青年は他の魔獣を頼む」


 マラビィの自信に満ちた表情を受け、クロンは渋々頷いた。何か勝算があるのだろう。


「クロン青年」


 彼女が表情を引き締めクロンを見つめる。


「この事件の首謀者は必ずモルトゥルクにいる。あいつらを倒したらすぐにそいつを捜し出してほしい。副隊長として情けない話だが、頼む」


 後悔に似た悔しそうな表情は少し翳って見えた。

 彼女は責任を感じている。街を救えなかったという魔討士団の副隊長としての失態を、上位種を引き受けることで償おうとしているのだ。


「安心してくれ。あいつを逃がしたりはしない。私が生きて帰れたらまた戦ってくれな!」


 クロンの暗い顔を勘違いしたのかマラビィが口元を緩める。どこか危うげな彼女の笑みに喉が詰まった。まるで今生の別れになることを悟っているような儚げな雰囲気。

 沈黙していたクロンが、それでも必死に絞り出した言葉は


「俺じゃなくてハイドと再戦してください。俺から伝えておくんで」

「そうか。是非頼む」


 マラビィは「さて」と地面に突き刺さった魔法杖に手を掛けた。彼女がクロンへ頷く。クロンも聖剣を握りしめて頷き返す。


「いくぞ」


 マラビィが魔法杖を引き抜いて走り出した。それと同時に魔獣たちを押さえつけていた樹木が消失する。身体が解放されたことで上げた魔獣たちの咆哮が重なって響く。


 上位種が動いた。四本になった腕のうち、鋭い二本を振り回してマラビィに襲いかかる。

 近距離武器を何も所持していないマラビィ。しかし彼女が速度を緩めることはなかった。


 マラビィが魔法杖を突き出す。

 上位種が伸ばした腕の刃が彼女を切り裂く前に


転送魔法(テレポート)


 そう唱えた。


 突如地面に浮かび上がる正円と六芒星。マラビィと上位種を包んで黄金に光り輝く。巨大な円で彼女を囲う転送魔法にクロンは呆然と立ちすくんだ。


「こんな私とで申し訳ないが、少し二人っきりになろうじゃなか」


 浮かび上がる光がマラビィたちを覆ってその姿を隠していく。

 

 やがて弾けた眩い光の先には上位種を除いた魔獣たちが、傷ついた身体を庇いながら立ち上がっているだけだった。


 マラビィらしい強引さ、魔法使いらしい狡猾さ。思わずこぼれる笑みに「まったく……」と呟いた。

 「ハイドじゃなくてダイスなら断らないだろうな」とかつての仲間に思いを馳せながら


(絶対に生きて帰ってくれ)


 と行方知らずのマラビィの無事を心から願った。



   *   *   *



「あいつらが…………あいつらが親父たちを殺したんだ!!」


 いきなり顔を紅潮させ怒鳴ったハノーク。歯ぎしりをして身体をわなわな震わせている。ここまで冷静さを失った彼は初めて見た。

 憎悪を振りまく彼の叫びはどうしてだろうか、僕らに縋って泣きつくような、必死に言い訳を並べるような、子どもっぽい響きを含んでいた。


「ほんとなの?」


 しばらく経って恐る恐る問いかけたエルティナをハノークがギロッと睨む。


「きみだって経験しているはずだ。十五年前にあったあの事件を」

「十五年前…………!」


 エルティナが目を見開き手で口を覆う。「十五年前」この単語を聞いただけで動揺の色を滲ませている。

 十五年前…………僕が生まれる二年前でクロンやエルティナは四歳ぐらい。

 そういえば父さんが言っていたな。たしか――――


「魔獣襲撃…………」


 エルティナが呟いた。


 そうだ、思い出した。クロンと初めて会った日に父さんが言っていた。モルトゥルクに魔獣の群れが押し寄せてきて、たまたま滞在していた父さんたちも魔獣と戦ったと。たしかハイドと出会ったのもそのときだったはずだ。


「当時、俺は親父と歳の離れた兄と三人で暮らしていた」


 怒鳴り声がトリガーとなり彼の中の防波堤が決壊する。なお苦しそうな表情を続けるハノークが語りだした。


「親父は工場で普通の作業員として働いていた。決して裕福な暮らしではなかったけど、俺を産んだときに亡くなった母親の分まで、当時幼かった俺を育ててくれた」


 エルティナの魔法杖を彼女に返す。これがないとせっかく『譲渡』した閃撃魔法を撃てない。

 ハノークの話に耳を傾けながらもエルティナに「隙があったら逃げて」と目で合図を送った。


「親父が仕事で家にいない間は、親父の同僚たちが俺の面倒を見てくれた。血の繋がっていない俺のことをまるで我が子のように可愛がってくれたんだ。親切で心優しい大人たちに囲まれて、母親がいないことを不幸だなんて思わなかった。むしろ幸せだったんだ、あの日までは……」


 ハノークが言葉を区切って唇を噛む。彼の瞳にふたたび復讐の炎が揺れた。僕らを睨んでいるが、その憎しみは別の、僕らと同じ格好をした大勢へ向いている。


「魔獣の咆哮が鳴り響いたとき、俺は親父の部下と一緒だった。様子を見てくると家を出たその人はそれっきり家に帰ってこなかった。心配になって家を飛び出した俺は、細い路地で腹を食いちぎられていた親父の部下に出くわすことになった。さっきまで一緒に遊んでいた人の亡骸……悪夢だと思ったよ」

 

 今起きている魔獣騒動と同じだ。下層に魔獣が放たれ住民が襲われている。異なっているのは月鏡祭当日でないことと橋が爆破されていないことぐらいか。


「それでも俺はまだ助かるってそう思った。半円形に食いちぎられた胴体にばっか目がいって、それ以上の出血に気づかなかったんだ。親父たちが尊敬して慕う『魔討士団』ならきっと治してくれるって信じて疑わなかった。だからギルド付近まで走って逃げる冒険者たちに治療を頼んで回った」


 当時のハノークはおそらく四、五歳。そんな幼い子どもが魔獣蔓延る街をたった一人で走り回ったのか。どれだけ怖かったか、心細かったか、想像するだけで胸が締めつけられる。


「にもかかわらず、あいつらは俺の頼みを無視した。縋った俺の手を払って中層に逃げるように走り去った。あのとき受けた大量の暴言は今でも俺の耳で鳴り響いている。街の保安が役目のくせして自分可愛さで住民の悲鳴に耳を傾けなかったんだ!!」


 彼を形作っているモヤが晴れ、代わりに濁った実体が姿を見せる。それは憎悪で塗り固められた「見捨てられた」という絶望。

 ハノークの怒号がこだまする。彼の湧き上がる苛立ちが言葉を急かしていた。


「俺はそこで魔討士団の本質を知った。みんな騙されている。こいつらは助けも戦いもしない臆病者なんだって。失望で道ばたにへたり込んだ俺に、一匹の魔獣が襲いかかってきた。周りには魔討士団の連中だっていた。だがもう助けなんて請わなかった。無駄だと分かっていたから」


 街からはいまだ爆音が鳴り響いている。けれど今の僕にはハノークの声しか聞こえていなかった。彼の言葉を最後まで聞き届けることが使命だと、そんな気がした。


「目を瞑った俺の名を呼ぶ声がして身体が何かに包まれた。目を開けると親父が俺を抱きしめていた。安心したからか俺はそこで意識を失った。あとで親父が魔獣に殺されたこと、俺を最期まで離さなかったことを聞いた」


 ハノークに家族の影がないことには気づいていた。しかしそんな過去があったなんて…………

 言葉が出なかった。


「そこから俺の人生の目標は『魔討士団』への復讐に切り替わったんだ」


 激情の表情を戻したハノークが聖獣の獣毛を撫でつける。


「どうして今になって…………」


 エルティナが震える声で訊く。

 十五年の歳月が経った今になってからハノークは復讐を始めた。もっと早く復讐を実行することだってできたはずだ。


「当時から恨みはしていた。けれどどこか期待してたんだよ。きっとあの日を教訓に魔討士団も生まれ変わってくれるって信じていたんだから」


 自嘲するハノークは「馬鹿だよね」と呟いてから続けた。


「もう少し様子を、もう少しだけなんて考えていたら十五年もの月日が経っていた。結局何も変わらなかった。俺の信じたいという願いすら、あいつらは裏切ったのさ」


 彼は祈っていたんだ。魔討士団が本来の役割を思い出して、本物の英雄としてこの街の象徴となってくれることを。街の人たちが敬い慕う心を改めるのではなく、押しつけられたその理想に魔討士団が応える未来を望んでいた。


 二度裏切られた青年の憎悪は十五年の月日で増幅し、正常だった人生の歯車を狂わせる。憤怒、悲嘆、失望、憎悪、あらゆる負の感情は純白だった心を蝕み、彼に決断させてしまったんのだ。


 人を殺めるという最悪を。

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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