モルトゥルク編 第四十六話 憎しみの陰に
ソラ視点
「ソラくん魔獣は!?」
「三体まだ追ってきてます!」
「倒せる?」
「なんとか」
エルティナに運ばれているため狙いがブレる。身体の揺れを予測し、襲い来る魔獣に照準を合わせた。
「閃撃魔法!」
踏ん張っていない分いつもより反動が大きい。腰あたりを固定されているため、上体だけが大きく後ろへ反れる。普段使わない腹筋に負荷が集中して身体が悲鳴を上げている。
閃撃魔法の連発なんて悪魔戦以来だ。今回はエルティナから受け取った魔法杖に込められた魔力によって、僕自身の魔力はあまり消費しないで済んでいるけれど。
「閃撃魔法!」
放った光が魔獣の頭部を掠め後方へ飛んでいく。目標も自身も動いているため狙いがブレる。
僕の魔力が切れた時点で負けなんだ。浮遊魔法は魔力をそこまで消費しないからいいけど、他の魔法はもっと慎重に使わないと。
それにこいつらに手こずっている場合じゃない。だって
「魔獣あと何体?」
「二体です。ですがたぶん――――」
地響きが伝わり激音に顔を強張らせる。
あんなに大きいのに速いなんてずるいよ。
重々しい足音にその巨体を揺らしながら追いかけてくる影が見えた。
「聖獣も追ってきてます! それもかなりの速さで」
「ほんと!? 早く振り切らないと」
エルティナが交差する通りを左に折れた。僕らに誘導されるように二体の魔獣も方向を変える。
続いてすぐに聖獣が姿を現わした。
エルティナの速度は決して遅くない。一般的な戦士ほどではないけれど、並の冒険者くらいのスピードを維持し続けている。
重力を無視した不安定な僕の身体を抱えながらなわけだから、彼女のフィジカルは相当のものだ。
魔獣に追いつかれても最悪どうにかなる。問題は聖獣に追いつかれるかどうか。
「閃撃魔法!!」
狭まる距離に焦りを感じ、聖獣に向けて魔法を放った。少しでも減速してくれたら十分、足止め程度を期待して。
聖獣が後ろ足で地面を大きく蹴った。閃撃魔法を避けるようにして跳び上がる。巨体からは想像もできない軽やかな動きだ。
着地とともに聞こえてきたグシャっという鈍い音に思わず目を瞑る。
すぐに目を開けた先には猛進する聖獣が一体のみ。他の魔獣はどこに行ったのかと目を凝らすと、地に転がった毛玉に気がつく。
聖獣の背後、踏み荒らした瓦礫に混ざって魔獣の潰れた亡骸が転がっていた。獣毛の隙間から鮮血を飛ばし、中身がなくなったかのように薄い胴体を力なく四方に投げている。
聖獣の着地に巻き込まれたのだと察しがついた。避け先がたまたま魔獣だったのか、僕らを追いかけるのに邪魔だったからか。
聖獣がさらにスピードを上げた。さっきとは桁違いの速さと破壊力だ。やっぱり目の前に走る邪魔な魔獣をわざと潰したんじゃ…………
そんなことはどうでもいい! このままじゃ追いつかれちゃう。
「エルティナさん、合図したら前方に跳んでください」
「え!?…………分かった!」
「譲渡魔法『浮遊魔法」
エルティナの背中に触れ唱える。
「今です!!」
「えいっ!」
元気な掛け声を上げてエルティナが跳び上がる。それと同時に彼女へ『譲渡』した浮遊魔法を強制発動した。もともと浮いていた僕を抱えてエルティナが宙を歩く。
僕はすぐに聖獣へ魔法杖を構えると
「閃撃魔法!」
前方へ向けて魔法を放った。
エルティナまでもが重力を無視したため、魔法の反動が直に僕らの身体を押し込んだ。魔法杖を伝って胸あたりに受けた衝撃がエルティナにも伝わる。踏ん張る力のない僕らは魔法と正反対に吹き飛ばされた。
「うわぁ!! ソラくん大胆!!」
地面と平行に滑っていく身体。速いぶん、感じる恐怖も倍だ。
「適当に浮遊魔法を解除してください!」
「解除!? えっと……えいっ!」
掛け声がかかると同時にだんだん落ちていく僕らの身体。僕の足が地に着く前にふたたび彼女に担がれた。
どうかこれで逃げきることができていれば――――
「やっぱり一回だけじゃ無理か……」
空中から見ているときは距離が離れたように思えていた。
しかしエルティナの足が地に着くとその距離はまた徐々に狭まってくる。巨体の圧迫感からなのか潰されるのではなく轢き殺されるような恐怖を抱いた。
横道に逸れて視界から消えても、魔獣の嗅覚か僕らを決して見失ってくれない。それは何度繰り返しても同じこと。
ほんとうならエルティナと一緒にさらに高く浮かび上がって、空中を飛んで中層へ一直線に逃げる、これが最善なのだろう。しかし今の移動だけで不安定な僕の技量じゃ、かえってエルティナを危険に晒すことになる。空中移動をエリサに頼っているのは僕がまだ空を飛び回るだけの腕も経験もないから。
閃撃魔法一つでエルティナと一緒に狙ったところに移動なんて不可能なんだ。
やはり相打ち覚悟で譲渡魔法をかけにいくしかないのか……
「エルティナさん、振り切るまでやります」
そんな覚悟、僕にはなかった。
「分かった! 合図に合わせて跳べばいいんだよね」
魔法杖に魔力を通してエルティナに合図を送る。彼女が跳び上がった瞬間、光の軌道で引いた線に乗せて閃撃魔法を放つ。衝撃が僕らと聖獣を引き剥がし、代わりに聖獣へ繋がる純白の直線が描かれる。
エルティナの足が地面へ着地するたび何度も繰り返した。できるだけ間隔を空けずに空中移動の時間を長くとる。
閃撃魔法はいちおう聖獣に直撃しているが、移動以外の成果はまるで得られていない。顔面、手足、胴体とあらゆる部位へ魔法を撃っている。しかし聖獣の動きが鈍ることはなかった。
聖獣の後ろには災害に遭遇したかのように崩壊した街並みが残されていた。瓦礫を跳ね飛ばし邪魔な建物は巨躯をぶつけ倒壊させる。避けることも止まることも知らない嵐のよう。軌道上のすべてを壊し、何かが通った痕跡だけを残す。
僕らが細い路地に逃げ込めない理由もここにあった。聖獣は無理矢理にでも巨躯をねじ込んでくる。倒壊する建物は僕らに降りかかって行く手を塞ぐだろう。生身の僕とエルティナにとっては無謀もいいところだ。
「閃撃魔法……はぁ、はぁ……」
「ソラくん……大丈夫?」
何度目か分からない閃撃魔法を力なく放つ。呼吸が粗くなって、頭の中は泥が詰まっているみたいにぼんやりしている。エルティナの感触も曖昧になり倦怠感もでてきた。
僕を運ぶエルティナの方が疲れてるはず。なのにお腹あたりに伝わる彼女の鼓動は安定している。ただ担がれて、魔力も彼女の魔法杖から供給させてもらってるのにこの体たらく。
情けなかった。こんなんじゃハイドに顔向けできない。彼の親友につきまとう迷惑な子どもと評価されてるなんて嫌なのに。
加えて閃撃魔法。コントロールに胸を張っていた自分がちっぽけな存在に思えてならない。聖獣に傷一つ付けられない僕の非力さ。何度も身に染みて理解はしていた。
いくら命中精度を上げたところで、威力を高めないとこれから先の敵には到底通用しない。
身体に回った腕の締めつけがいきなり強くなりエルティナの顔を見る。
「休んでていいよ! もっと速く走ってみるから!」
額に大粒の汗を光らせたエルティナが微笑んで言う。
いつも見せている裏のない無邪気な笑顔とは違う。明るくもどこか繊細で、凝視していないと霞んで消えそうな儚げな表情だった。
僕を両腕で抱え直しエルティナがほんの僅か速度を上げた。彼女の息遣いが粗く速くなってくる。腰を落とし低い体勢のまま通りを駆ける。
僕も空気抵抗を減らすためになるべく上体をエルティナに密着させた。呼吸を整えて全身に魔力を循環させる。使うために集めた魔力を分散させて、血の巡りを良くするみたいに、精力を身体に戻していく。
聖獣は相変わらず僕らを追いかけてきている。距離はまだあるものの、操られたあいつには諦めるという選択肢がない。
ここまでの逃走劇で冒険者に一度も出会わなかった。避難したのなら良し、すでに下層に"生きている"冒険者がいないなら――――考えたくもない。
エルティナに身を任せているにつれ、徐々に倦怠感が薄れてきた。手足の感覚が蘇って身体が浮いたまま進む疾走感も戻ってくる。
エルティナに「いけます」と頷く。いまだ心配してくれている彼女だけれど、任せっきりにしておくわけにはいかなかった。
ふたたび魔法杖に魔力を流す。できる限りの精度、威力、練度の閃撃魔法を生成する。
今度こそあいつに一泡吹かせてやるんだ。
「エルティナさん、いきます」
「いつでも!」
即答する彼女が頼もしい。
荒廃した街に流れる空気を深呼吸で吸い込んだ。肺が拒絶を示して苦いものがこみ上げてくる。聖獣に精一杯の睨みを向けて魔法杖を握りしめた。
「今で――――」
「待って!!」
エルティナの叫びに掛け声が中断された。何事かと首だけ回して後ろを見る。彼女の叫びの理由がすぐに分かって顔を強張らせた。
僕らの進行方向に佇む一人の男。手には枝木ほどの杖を携え、微風に白髪がなびいている。
ハノーク!?
先回りされてしまった…………下層の構造をよく把握している彼なら僕らの行き先も予想できてしまうのか。あるいはキュルシニィで空から追いかけてきたのかもしれない。
どうしよう、挟み撃ちにされた…………
ハノークが杖を天に掲げ何か呟いた。顎を上げ、見下すような目線で僕らを睨んでいる。
彼が杖を振り下ろしたと同時に僕の身体が横へ流れた。エルティナが危険を察して横道へ飛び込んだのだ。ハノークが攻撃を仕掛けてくる前に。
横道へ飛び込む一瞬でハノークと目が合った。彼が何か言いたげな表情をしていたように見えたけど、すぐに家屋の壁で見えなくなった。
「彼、倒しに行った方がよかったかなぁ!?」
「いえ、手こずると聖獣の餌食になるので」
ハノークを倒す、おそらく気絶でもさせれば聖獣の洗脳は解けるはず。他の暴れている魔獣も同様。しかし少しもたつくだけでこっちが聖獣にやられる。
咄嗟に脇道へ飛び込んだエルティナの判断は適切だった。
曲がりくねった横道は先に進むほど道幅が広くなっている。どこにたどり着くかは見えないけれど、ハノークたちから遠ざかっているのはたしかだ。
あとは信じて進むだけ。いや、信じる以外に道なんてない。
だから目の前に街の外壁が飛び込んできたときの絶望は形容しがたいものだった。道と同時に僕らの、街の運命すらも閉ざされたような手詰まり感。息苦しさを覚えて血の気が引いていく。
街をぐるっと一周囲う石作りの外壁が、最後の障壁となって僕らの前にそびえて立っていた。
背後から足音が鳴っている。徐々に近づいていく荒々しい音に鼓動が速まる。
僕は浮遊魔法を解除した。久しぶりの重力に身体全体が鉛玉みたいに重い。
「まずいですね……」
外壁に手をつき僕らの前に立ち塞がる障害を見上げる。真下から見るとまるで天まで伸びているかのような存在感、それに圧迫感。登るのは…………無理そうだ。
「エルティナさん」
彼女の手をとってもう一度閃撃魔法を『譲渡』しておく。魔法杖も返した。いざとなったらハノークの隙をついて彼女だけでも逃げて欲しかった。僕のせいで巻き込んだようなものだから。
「追いかけっこは終わりみたいだね」
振り返ると聖獣を連れてゆっくり歩くハノークの姿。
急いでいないところを見ると、この道が行き止まりであることを知っていたのだろう。ここにおびき寄せるために聖獣を操り、先回りをしたのかもしれない。
家屋一棟ほどの距離を空けてハノークが立ち止まる。
「せっかく与えた慈悲を受け取らなかったんだ。これはきみたちが招いた結末だよ」
杖を突き立てハノークが告げる。
このままだと僕らはハノークに殺される。聖獣にか彼の魔法にかは分からないけど、その先にあるものは決定的になった死だけだ。
「ハノークさん!」
時間稼ぎと思われても別に構わない。
僕らが会話を交わす最後の機会になるだろうからこそ問いたかった。
「あなたが魔討士団を殺しているのは、本当にこの街のためなんですか!!」
ハノークの動機の根底にあるものがなんなのか。
「そうだよ、ソラ。きみとは違う薄汚い性根の連中は、この街を衰退させるだけだからね」
どうしても納得がいかない。モルトゥルクの発展から魔討士団の殺害は話が飛びすぎている。魔獣を使ったテロだって大がかりすぎだ。
まだ何かがあるはずだ。その二つの間に彼の思想を繋ぐ何かが。
「パレードであんなに歓迎されている魔討士団が、悪だとは思えません!」
ハノークが眉にしわを寄せた。不機嫌そうに僕を睨みつける。
これでいい。魔討士団を恨んでいるハノークから本音を聞き出すには、僕が彼らの擁護をするのが一番だ。
「みんな洗脳されているだけだ。魔法なんかよりも残酷な"教育"という魔術でね」
「だからって!!」
「あいつらは街のことなんて何も考えてない!! 自分一人だけが可愛い臆病者だ!!」
彼の語気が強くなっている。気持ちが高揚し苛立ちを地面に吐き捨てた。
もうすこし、もうすこしですべてが分かる。彼の根底に眠る理性じゃ抑えきれない激情の塊が。
「魔討士団の皆さんはこうした今も魔獣と戦っています。彼らがいたから今までこの街の平和が守られているんじゃないですか!!」
ハノークがうつむく。黙って僕の言葉を噛みしめるように。
「なんだと……」彼が呟いた。震えた両拳が小刻みに震えだす。突き上げる憤慨に身を委ね、目を尖らせて地を睨む。
やがて顔を上げたハノークの瞳の紅は、どす黒い炎となって彼を覆っていた。
「この街を守っている…………? ふざけるな!!」
芯を突き刺す憎悪を撒き散らしてハノークが怒鳴った。身の危険を感じて全身に流れる魔力が熱を帯び出す。
怯んで動けなくなった僕らに彼は叫んだ。決して拭いきれないほんとうの憎しみを。
「あいつらが…………あいつらが親父たちを殺したんだ!!」
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