モルトゥルク編 第四十四話 クロン VS 上位種
クロン視点 ⇒ ソラ視点
「幻朧弾 ─刃─」
魔力の流れに呼応するように張り詰めた空気が漂う。上位種が腕を顔付近にクロスさせ、防御の姿勢をとる。
何もない場所から突如発生する大量の亀裂。空間を割って伸びてきたのは大量の刃物、"剣"と総称される武器たちだ。
クロンが静観している間に、何か合図を受けたかのように生成された剣が一斉に魔獣へ襲いかかった。鋼色の残像を残しながら空気を切り裂き進んでいく。
避けようにも狭い廊下、受けようにも手段がない魔獣たちは為す術なく刀身をその身に受けることになった。肉を切り裂く音と魔獣の咆哮が混ざり合って響く。
上位種は腕を鞭のようにしならせて飛んでくる凶器を容易くいなしていた。弾かれた剣が木造の壁や床に突き刺さっては離散していく。瞬く間に形を失っていく。
上位種に群がっていた魔獣たちは牙で剣を受け止めようと試みているが、空しく口内への侵入を許して、血しぶきと絶叫を上げていた。
ただ魔獣の数が多い。中心部にいる魔獣は他の魔獣の亡骸を肉壁に、縮こまって身を守っている。
クロンに苛立ちの色が浮かぶ。
この狭い廊下ではすべてに攻撃を通すことは叶わない。なんとか広い場所へ移動しなければ。
一体の魔獣が息を荒げて突進してきた。飛びつく魔獣に聖剣を捻って刃を向ける。
首元を斬られた魔獣は床を血で濡らしながら転がっていき、壁に激突してそのまま動かなくなった。
クロンが上位種を倒すためには、一番脆そうな首元に渾身の一撃を浴びせる他ない。ただあの剣術に体捌きを受けながら隙をつくる必要がある。
だから
「模倣『閃光弾』」
手にした閃光弾を投げると同時に突撃する。閃光弾が弾ける寸前に上位種の位置を捉え、目を瞑って飛びついた。廊下を眩い光が覆う。
身体に伝わる硬い感触。優しさの欠片もない不本意な抱擁で動きを封じる。上位種も困惑しているのか反撃の素振りを見せない。やつの理解が追いつくまでの勝負だ。
クロンが床を勢いよく蹴った。床板が爆ぜ、純白の世界から上位種を連れ出す。
上位種を間に挟んだ体当たりでクロンは壁を突き破り、外へと転がり出た。苅込の入った丸い低木に激突する。
揉みくちゃになりながらもたしかにある上位種の感触。孤児院の外、それも子どもたちからなるべく離れた反対側に引き剥がす。
抱擁の相手が唸った。
並ならぬ殺気を感じとりクロンが跳び上がる。その瞬間、低木が刃の一閃によって水平に両断された。綺麗に整えられた低木の枝木が弾けるように舞い散る。
危機一髪だった。
のそりと上位種が起き上がる。無表情は変わらない。しかし閃光弾が効いたのかとびきりの殺意がその双眸に宿っていた。
狭い空間での戦闘はクロンだけではなく上位種の方も窮屈していた。目の前で両腕を振り回し、障害がないことへの喜びを表しているように見える。
解放された二人による最後のぶつかり合いが始まった。
(さぁ来い!)
キュイーン!!
上位種が大口を開け中心に鮮やかな赤色に彩られた光が集まっていく。この音を聞くたびに敏感なクロンの心臓がせわしなく跳ねる。"当たれば死ぬ"なんて簡潔な絶望なのだろうか。回避に走る足を竦ませるのには十分な脅迫。
だが、クロンはそれを待っていた。
「模倣『手榴弾』」
手榴弾が右手に握られる。今回は魔力だけを込めた脅しの道具ではない。
エネルギー波を撃つ寸前の上位種の懐に臆せず飛び込んだ。予備動作なしで限界速度まで引き上げる。静から動へ、緩急のついたクロンの高速移動は、上位種の視界から彼の存在を眩ませた。残したものは地を蹴る音、それに――――
ウガッ!
上位種からうめき声がこぼれた。
クロンは手榴弾を握りしめた右手ごと上位種の口内に拳を突き出していた。暴れる上位種の顎を掴み手榴弾を中へ押し込む。
牙がクロンの手に刺さった。腕に伝う血液に顔をしかめながらさらに奥、熱気感じる喉の奥へ捻じ込む。肌が焼ける感触がして手がピリピリ痺れる。
背後に魔獣の気配がした。閃光弾の効果が途切れ主人のもとへ戻ってきたのだ。
クロンは限界まで押し込んだ手を瞬時に引き抜くと、顎を押し上げて無理矢理口を閉じた。
両腕がクロンへ向け振るわれる。
クロンは地面を蹴り上位種の顔を中心にして、縦方向に回転した。眼下には空を裂く上位種の腕。頭部に飛び乗ったクロンは両足で上位種の顎を押さえて全身で締め上げた。
声にならない怒号を上げ続ける上位種。
慣れ親しんだ感覚を頭の中で数える。ギリギリまで押さえつけていないと吐き出されて終わりだ。
脳内でアラームが鳴り響く。それと同時にふたたび腕を振るった化け物を前に、クロンが空高く跳び上がった。そして――――
彼を追従する上位種の腕が届くその前に、鈍い爆発音がドンッと響いた。火薬の匂いに混じって血液の生臭さがクロンの鼻を突く。
口内まであのゴツゴツとした厚い皮膚に覆われているとは考えにくい。致命傷とまでいかなくとも、弱らせることはできる。隙をつくればクロンに優位な展開へ持ちこめるだろう。もしかしたら光線も封じることができるかもしれない。
"成功した"そう確信していたクロンだからこそ、倒れることなく眼下で咆哮を張り上げた上位種に遅れをとることになる。
脇が裂けるように開き、そこから出来てきたのはもう二本の腕。粗い肌はそのままに筋肉質で太い腕は、元あった二本とは対照的であった。
クロンの頭部ほどの拳をこしらえた二本の腕がクロンの顔面へ伸びる。
聖剣での咄嗟の防御もあえなく、クロンが真上へ殴り飛ばされた。目の前に火花が散り、視界が一瞬だけ暗転する。
顎を引き身体を反らしたため致命傷は避けられたものの、聖剣越しに殴られた顔面は赤く腫れ、口からは鮮血が滴った。
いまだ宙を漂うクロンに、上位種はすでに三本目の腕を繰り出していた。
迫る殺気がクロンを呼び戻す。
覚醒した意識を頼りに聖剣で腕の刃を受け流す。さっきの二本とは異なり、刃を合わせてしまえば打撃としての威力はそこまでだ。
繰り出された四本目の腕に身体を乗せて上位種と距離をとる。地面との接触が久しぶりに感じられて、着地と同時によろけてしまう。
キュイン……
わずかに聞こえた吸引音。またしても上位種が光線を放とうとしているのだ。
だがおかしい。さっきまでの吸引音はもっと長く気づく猶予があったはず。
そうクロンが思ったときにはすでに上位種の大口にはエネルギーが溜まっていた。口内に覗くのは爆発の傷の代わりに輝く鮮やかな光。熱で大気を震わせ魔力が全身を駆け巡る。
周りに群がりだした魔獣すらを呑み込んで、巨大なエネルギー波がクロンへ放たれた。
廊下で対峙したエネルギー波とは比べものにならない規模。クロンの身体をまるまる包み込むそれは、「盾でどこを守るべきか」なんて考える必要がなかった。光線の中にいる時点で肉体が何も残らないことは本能で分かる。
たかが魔獣と侮っていたのではないか。相手を見誤ったことを後悔する余裕もないクロンの元へ"死"が忍び寄ってくる。
クロンが死ねば魔の手は子どもたちに伸びる危険がある。自分がどうなろうと時間稼ぎだけはしなくてはいけない。
「模倣――――」
防御態勢に入ったクロンに襲いかかる光線は、彼の覚悟を裏切るように、届くその前に軌道を変えた。
斜め後ろの植え込みや、その先の家屋がエネルギー波で円形の焼き跡を残して灰となる。クロンから狙いを逸らした光線は、その後横一線を描きながら周りのすべてを焼き斬った。
「助かった」そう安堵するよりも先に困惑で目が回った。
何が起きているのか分からないクロンの前には、地面に伏せた上位種と他の魔獣。いや、伏せているというよりも押さえつけられている。
「これって……」
魔獣たちを一瞬で押さえ込んだ"樹木"はある一点から伸びていた。
「らしくないじゃないか。私と戦うまでは死なないでくれな」
えんじ色の髪に見慣れてしまった軍服。大木を抱えているかのような魔法杖を地面に突き刺した女性
「わけあって助けにきた、勇者様」
マラビィが胸を張って仁王立ちしていた。
* * *
これじゃあ、きりがない……
「いいねぇ、副隊長とのときより動けているよ」
次々と魔獣をけしかけるハノーク。彼は聖獣の隣でただ戦闘を傍観している。
あんなに無防備なのに僕は彼に何もできない。譲渡魔法を掛けようと触れば、その時点でハノークの操り人形になってしまう。
浮遊魔法を少しだけ掛けて半重力にし、閃撃魔法を魔獣へ撃ち続ける。発射と同時にフワフワする身体を衝撃で戦線から離脱させる。操られている魔獣は頭部の一部が消滅しても、気づいていないかのように僕を追いかけてくる。だから一撃離脱を強いられているのだ。
家屋の屋根から、薄暗い路地から、聖獣の背後から、止めどない魔獣の襲撃に狙いを定める余裕もなく魔法を放つ。魔獣たちの咆哮と睨みつける鋭い眼光を見ると、表情が引きつって弱さが顔を出す。
「これだけ撃って一度も外さないとは」
興奮気味のハノークが感嘆する。
時折挟まるハノークの野次が鬱陶しい。
そう、これは特別な形式の的当てゲームだ。的も自分も動くこと以外はいつもと変わらない。平常心を保って襲い来る的を退けるだけ――――
グルァァァ!!!
そんなの無理だ!!
ちょっとでも油断したら命を落とす的当てなんてあってたまるか。的は僕を食べようとなんてしない。一人だからか、悪魔戦よりも感情が負の方向に振り切れている。
逃げ出したかった。多勢に無勢、このままでは結果は目に見えている。だからってハノークをこのままにしておくこともできない。
「そろそろ疲れてきたかな」
煽るハノークに苛立ちの目線を送る。きっと彼は僕が魔力を使い果たし、魔獣に襲われるまで続けるつもりだ。その後、僕を助けるのか見殺しにするのかは気分次第といったところか。
いい加減目を覚ました。彼はもう僕が知るハノークではない。モルトゥルクの街を震撼させてきた連続殺人犯だ。
頭の左上が欠けた魔獣が襲い来る。
体内の魔力を絞り出すように、何度目か分からない魔法を唱えようとしたときだった。
目の前に火花が散った。パンッと軽い破裂音とともにオレンジ色の光が突如として弾ける。閃撃魔法ではない、何かが爆破したのだ。
魔獣が攻撃を中断した。僕も魔法杖を下ろして、魔獣を牽制しながら後ずさる。
「大丈夫!?」
路地から一人の人物が飛び出してきた。橙色の髪を揺らして息を切らす彼女は、聖剣やら魔法杖やら武器をいくつか抱えている。まるで手当たり次第役に立ちそうな武器を持ってきたみたいだ。武器商人みたいな格好。
いや、彼女の外見よりも
「エルティナさん!?」
どうして彼女がここにいるんだ?
魔獣やハノークを目線で牽制しつつ僕に近づいてくる。持ち物以外はキル魔道具店で別れたときの装いのまま。
中層で待っているようにお願いしたはずなのに。魔獣たちを必死に威嚇するその姿を見ていると、怒りが湧くより先に呆れてしまった。
真っ直ぐすぎる彼女がここに来た理由なんて一つじゃないか。
「ソラくん、もしかしてあの人が?」
ハノークを指さしてエルティナが訊いてくる。自分の事情を話さないのも彼女らしい。ただお願いを無視したことが気まずいだけかもしれないけど。
「はい。彼が洗脳魔法で魔獣たちを操っているんです」
「洗脳魔法…………」
エルティナの顔が引きつる。禁忌の魔法に出会うのは初めてだろう。冒険にすら出掛けていない人に洗脳魔法など刺激が強すぎる。
ハノークは僕らを睨むと、不機嫌そうに舌を鳴らした。
「ソラくん一人と戦いたかったんだけど」
「あなた魔獣何体も連れてるじゃない。卑怯よ」
不貞腐れたようにエルティナを見つめていたハノークが目を見開く。ふたたび舌を鳴らすと、俯いて白髪を掻きむしった。
「ああー、どいつもこいつも! どうなってんだよ!!」
ハノークに危険を感じとり、エルティナに下がるよう指示をだす。
いや……
咄嗟に保身に走った自分を止めた。
彼女の手には武器に混ざって魔石があることに気づいたからだ。あの爆発は魔石によるものだったのか。
僕がハノークに勝てないことはもう分かった。だったら危険を冒してもエルティナの力を借りるしかないんじゃないか。戦う気満々の彼女に今さら「帰れ」なんて言えないし、救援を呼んでもらおうにもその前に僕がやられる。
ただエルティナに近接戦をやらせるのは危険だ。いくら『戦士』だからってクエストに出向いたことがあるのかすら怪しいし、自由な彼女を避けながら援護射撃できる自信がない。
魔法杖の感触を今一度確かめる。まさかこの街で二度も味方相手に使うことになるとは。一度目の味方は今まさに"敵"として対峙しているわけだけど。
「エルティナさん」
「なに? なにしてほしい?」
期待のこもった澄んだ瞳に気圧されながらも彼女に問いかける。
「魔力に自信はありますか?」
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