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モルトゥルク編 第四十三話 三本の矢

クロン視点

「逃げろぉぉ!!」


 声を張り上げたクロンの正面では大口を開ける上位種が佇む。

 上位種の口から放たれるのは閃撃魔法にも似たエネルギー波。ただ今回は壁を介さないため威力減衰がない。さっき同様正面から攻撃を受ければ、後に残るのは灰だけだ。


 クロンの視界が真紅の光で満たされた。


 "不壊の盾"を両手で構え、飛んできたエネルギー波に身体を捻りながら合わせる。衝撃を受け止めないよう接触点を移動させ、強引にエネルギー波の軌道を変えた。

 エネルギー波はクロンの傍を通り過ぎ廊下を直進する。やがて突き当たりの窓を枠ごと粉々に砕いてモルトゥルクの街へ飛び出していった。


 大気に漂う塵が焼ける匂いがする。エネルギー波が通った軌跡に、弾ける火花と熱気に揺れる空気が残されていた。

 

 襲い来る殺意を躱しきったクロンは、腰を落とした体勢のまま床を蹴りつけて進撃する。転がっている斧を蹴り上げて手に据え上位種に投げつけた。

 飛んでいく斧が上位種の腕の振りだけで軌道を変える。鈍い打撃音を響かせて壁に突き刺さった。攻撃とも見なしていないようないなし方。ただほんの僅か生まれた隙、クロンはそこを狙っていた。


 下部が粉砕された階段、その上部へ跳び上がる。着地で階段がガタガタ揺れ木材の軋む音が鳴る。クロンにとって上位種の制圧よりも侵入した魔獣を倒すことが最優先。二階からの悲鳴は今もなお鳴り止まない。


(急がないと――――)


 重心を前へ倒したとき、引っかかりを感じて後方へ身体が傾いた。ぎょっとして背後を振り返る。

 斧を避けたばかりの上位種がすでに背後でクロンに腕を伸ばしていた。クロンの胴にゴツゴツした二本の腕が絡みつく。気配を消して近づかれたのだ。


(まずい…………)


 反撃の構えをとったクロンの身体が階段前の壁に吹き飛んだ。古びた木材が不吉な音を上げてひび割れる。土埃と木屑が舞い上がり全身の骨が軋んで鋭い痛みが走った。

 へたり込んだクロンの眼前に上位種の尖った腕が伸びる。今度は鞭のように側面をしならせるのではなく、人のような五本指のついた手を尖らせてクロンの脳天を貫かんとしていた。


 逃げないと、そう思うより先にクロンの本能が身体を奮起する。

 お辞儀の体勢で上位種の刺突をなんとか避けることで初撃を躱し、両手を床について横に転がり追撃を躱した。

 階段を上ることを諦めるわけにはいかない、クロンの考えは上位種もお見通しだったのだ。考えて動く魔獣の厄介さが身に染みた。

 

 上位種が両手を振り上げて、転がっているクロンへ振り下ろす。クロンが回避で後ろへ跳んだことを確認してから、今度は両手をついてゴツゴツとした両足を突き出した。回避が間に合わずに蹴り飛ばされる。


 受けの体勢をとっていたクロンだが、その暴力的な威力に顔を歪めた。

 空中を滑っていく身体を止めようと両足をついた瞬間、ふたたび上位種が追撃を仕掛けてきた。


模倣(アミック)聖剣レプリカ』」


 生成した聖剣で腕という双剣に刃を合わせた。

 左腕を流すと瞬く間に飛んでくる右腕。聖剣の側面で受けると次の攻撃が下から迫る。息をつく暇すら与えぬ連撃を回避も織り交ぜながら捌いていく。


 剣士は一人、刃は三つ。無秩序な暴力を繰り出す上位種と何とも不思議な剣舞を繰り広げた。

 

 上位種は何も持っていない。しかし聖剣と交わるたびに鋼同士の衝突と見紛う甲高い音が鳴り響く。両腕と一体化した双剣、もしくは鋼でできた身体を振り回し、クロンに華麗な剣戟で対抗している。


 姿勢を変え、撃ち込む方向を変え、時折短剣での不意打ちを試みる。しかし上位種は慣れた体捌きでクロンに油断を許さない。熟練の老剣士と戦っている気分だ。


 上位種に構ってる暇などクロンにはない。ほんとは今すぐにでも子どもたちを助けに向かいたい。ただそんなこと上位種だって理解している。

 上に下に、横に縦に繰り出される刃を捌くことで精一杯だ。息を切らすクロンと対照的に上位種は仮面を張り付けたみたいに表情を変えない。防戦一方の戦いに、気づけば階段からだいぶ離れたところまで押し返されてしまっていた。


(早く行かないと……)


 焦燥が剣技を鈍らせる。真横に迫った片腕を身体を反らして躱す。空いた正面に伸びてくる腕に聖剣を合わせた。二つの異なった刃がかち合い、握りしめた柄が鈍い音で軋んだ。


 上位種が腕を振るうたび、孤児院の壁が削れ、窓が割れ、灯る電球が破壊されていく。


 真上を通る二階の廊下では子どもたちの悲鳴と慌ただしい足音が響いていた。

 こうしている間にも子どもたちに被害が及んでいる。二階の惨状を思う心配が判断を遅らせ、形勢がどんどん相手へ傾いていく。


 

(早くこいつを倒して……)


 

 クロンの隙に潜り込んでくる上位種を退ける。上級冒険者とは思えない、戦闘を切り上げる機会だけを窺っている逃げの剣戟。


 

(早く、早く、早く――)


 

 荒れた息をなだめる方法も知らないまま視界が薄暗く曇っていく。原因は疲労か焦燥か、溜まる続ける心の乱れがクロンをさらなる暗闇へ沈めていく。

 

 歪んだ表情のままただ唱え続ける。


 

(早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く――――)


 

(俺が行かないとみんなが――――みんなが――――)



(死ぬ――――)


 

 

「行けぇぇ!!」


 突如頭上から聞こえたのは子どもたちの重なった声。盲目の視界に光が差し込む。クロンが一気に我に返る。目の前に迫っていた刃に気づき素早く身体を後ろへ反らす。すれすれを通り過ぎる腕の刃。

 

 命拾いしたクロンがそのまま天井を仰いだ。


 緊急事態にもかかわらずどこか明るい響きを含んでいる叫び声。クロンの耳にはそれが誰の声であるかもはっきり聞き分けられていた。


 天井がひび割れる。ミシミシ音をたててクロンの頭に木片がパラパラと舞い落ちる。


「なんだ!?」


 何か重い物体がクロンの身体めがめて落ちてきた。同時に天井を成していた木材が形を崩して天井に大きな穴を開ける。異常を察した上位種が後ろへ跳んだ。

 身体にのしかかる衝撃に後方へ倒れたクロンの上で唸り声を上げて身をよじる生き物。その正体に気づいた瞬間、片足で生き物を上位種の方向へ蹴り飛ばした。


 飛んでいった生き物が上位種に容易く弾かれて壁に激突する。その生き物に血液が付着していないことを確かめたことでクロンの視界がパッと晴れる。


 転がった生き物――――二階へと侵入した魔獣が床に転がって粗い息を切らしていた。


 天井を破って魔獣が落ちてきた、安堵と困惑が入り混じる不安定なクロンへ降り注ぐ無邪気ではつらつとした明るい声。


「クロンさーん! 大丈夫ー!?」


 天井に空いた大穴を見つめると、そこには破れた天井の縁に佇む人影があった。

 メアリー、ジンくん、ヒナくん。三人がクロンを見下ろしていた。


「みんな! 無事でよかった! えっと……なにがあったの!?」


 対峙している上位種と魔獣に気を配りつつ三人に声を張る。

 ジンくんは得意げに鼻下を擦ると魔獣を指さした。


「俺たちが『奈落』に魔獣を誘導したんだ。そしてあいつを落とした!!」


 『奈落』の存在を思い出し、三人がいる廊下へ視線を戻す。

 二階には床板の劣化で通れない廊下がある。いつ床板を踏み破るか分からないため、通行が禁止されていたはず。

 

 クロンがいるこの真上がまさしくそうだったのだ。

 加えて、あの廊下は子どもだけなら通れると院長先生は言っていた。つまりターゲットを自分に寄せて廊下を渡るだけで罠に嵌めることができる。


 ここまで思考を巡らせたクロンはふたたび呆気にとられた。


 三人が魔獣を誘導したというのか。

 畑に降りてくる野獣とはわけが違う。一目見ただけで足が竦んで肩が震え出すような凶暴さの塊だ。

 子どもたちだけで魔獣を誘導するなんて、肉体的にも精神的にも信じられなかった。


「僕たちはみんな無事です。子どもたちもみんな!」


 ヒナくんの声を聞きクロンの口元がわずかに緩む。

 メアリーに二人は想像以上に大人だと言った日を思い出す。あのときの言葉は本心だし実際二人は大人の階段を上っている最中だ。


 だがクロンは彼らのことをまだ見くびっていたのかもしれない。


 そしてもう一人


「クロンさん!!」


 心配そうにこちらを見つめるメアリーと目が合う。

 彼ら二人がここまで自分の行動に自信を持てているのも、きっと彼女が傍にいるから。今日という災難を乗り越えた先には、もっと輝かしい友情が芽生えていることだろう。


 これ以上メアリーを心配させまいと「こっちも大丈夫だ!」と明るく応える。

 三人の顔が安堵に満たされた。


 彼らの頑張りで焦りが和らいぎ、この戦闘が好転してくれることを期待した。

 それに精神的な問題だけではない。この建物に守るべき対象がいなくなれば、もっとたくさん『模倣』が使えるのだ。


「避難訓練だ!」


 聖剣を上位種に構え直して叫んだ。メアリーたち以外の二階にいる全員に聞こえるように。


 メアリーたち三人がはっとして顔を見合わせる。


「想定は不審者の侵入!」


 孤児院では緊急事態の想定内容によって避難ルートが異なる。火災などの災害では一番近い出入り口から外へ逃げるのが基本。

 不審者の侵入では外へ逃げるルートが変わる。

 正面玄関近くの階段以外にも階段はある。広場へ降りるもう一つの小さな階段が外壁に這うように設置されているのだ。不審者の侵入を想定するときはそこから広場へと降り、不審者からできるだけ距離を置くことになっている。


 クロンはハイドとそこから下層を抜け出して、中層を覗きに行ったことが何度もあった。誰も通らないような細い路地を進んでいくと水路にたどり着くのだ。


「メアリー、みんなを頼む。ジンくんとヒナくんも」

「任せて! 中層に行けばいんでしょ?」

「もちろんそれが一番だけど、表通りは魔獣がうじゃうじゃいて危険だ。だから広場の隅に――――」

「大丈夫! 俺たち抜け道知っているから。な?」

「うん! 僕たち案内できます!」


 二人の言葉に目を見開くが、すぐに「まったく」と鼻を鳴らした。いつの世代でもいるものなのだ、好奇心旺盛な子どもというのは。

 「やっぱり中層に行ってたのね」眉をしかめたメアリーに詰められて、二人とも顔を逸らしている。

 

 こんな緊急事態、震え上がって動けなくても無理はない。

 初めはそうだったとしても今の彼らは実に頼もしかった。


「クロン」


 不意に名を呼んだしわがれた声に目線を上げる。


「院長先生」


 シワだらけの顔をさらに歪めてクロンを見ている。

 

 子どもたちと同じくらいクロンが大切にしたい人。

 どれだけ自分が立派になったのか、教育がどう実を結んだのか、今日ここで披露してみせると心に誓う。「あなたが育ててくれた私はこんなにも逞しく成長しました」と、「もう両親に捨てられて泣いていたクロンはいないんですよ」と、自分に言い聞かせるためにも。


「そちらは頼みます」


 彼の顔を見つめながら頷いた。

 院長先生がどう感じたのかクロンに知る術はない。けれど力強く頷き返してくれる彼の瞳に、かつてのクロンの姿が映った気がした。


 ドタドタ天井を駆ける音が聞こえてくる。二階にいる人たちみんなが一斉に動き出しているのが分かった。

 足音が去ったことを確認して正面にただ佇む上位種を見つめる。


「待ってくれてどうも。空気を読めるんてやっぱり知能あるだろ、おまえ」


 上位種が首を縦に振った。

 一瞬頷いたのだと思ったがそうではなかった。後ろから大量の魔獣が押し寄せてきているのが見えた。

 言葉が分かるのなら大発見として報告できたのにと肩を落とす。


「洗脳した仲間を呼んでたのか」


 正々堂々の一騎打ちなんて考え、上位種にはないのだろう。ロマンに欠ける魔獣だと思いながら対処法を思いつく限り並べる。

 どれも骨が折れそうだと溜息をついた。けれど懸念が一つなくなったおかげでずいぶん心は晴れた。


 孤児院は新しく建て替えることになるだろう。

 頼ることになるハイドの顔と言われるであろう嫌味を想像しながら、それでもはっきりと唱えた。


「幻朧弾 ─刃─」

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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