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モルトゥルク編 第四十二話 純白の青年

ソラ視点

「ハノークさん……どうして……」


 何色も寄せ付けない完璧な真白の髪。戦場に似つかない容貌のハノークに言う。

 殺戮を繰り返している最中だというのに、ハノークはどこか寂しげで初めて橋で出会ったあの日を想起させた。


 彼が隣の巨躯が伸ばした獣毛を撫でる。


「その様子だと気づいたみたいだね。俺がどうやって殺人を行ってきたか」


 愛玩動物を愛でるように魔獣を扱うハノーク。僕に殺人現場を目撃されたというのに意に介していないかのように振る舞っている。

 恐ろしかった。こんな惨劇中に平然を保っているハノークが人ならざる者に感じられた。


 ふと物音がして振り返る。そこには赤子を脇に抱え地べたを這う女性の姿。彼女の顔が僕とハノークを交互に捉えて恐怖に歪んだ。


「キュルシニィ」


 まずは彼女を逃がさないと、僕がそう思うより先にハノークが動いた。手首を返してどこかへ合図を送る。

 すぐさま聞こえてくるけたたましい羽音。街の煤けた匂いに乗って白鳥がハノークの背後から姿を現わした。僕の頭上を通り過ぎ、風切り音と髪の乱れだけを残して女性に接近する。


「閃撃――――」


 キュルシニィを追うように魔法杖を構える。

 しかし僕が魔法を放つより先にキュルシニィは女性と赤ん坊を、細長い(あしゆび)で掴まえた。女性の悲鳴と赤ん坊の泣き声と一緒に上空に二人を攫う。


(まずい!)


 ふたたびやつの巨大な翼に照準を合わせるも思い直す。

 彼女たちはクロンとは違うんだ。あの高さから落下したら無事では済まない。


「安心してよ」


 僕の葛藤を見透かしたかのようにハノークが言った。


「あれはただ二人を中層に送っただけ。あの怪我じゃ手当が必要だし、ここにいると魔獣に襲われちゃう」


 小さくなっていく白鳥が中層に近づくにつれて高度を落としていることが分かった。建物に隠れて見えないが、次にキュルシニィが姿を現わしたとき、すでに二人はいなかった。


「俺は魔討士団以外を殺すつもりはない」


 ハノークへと身体を戻し、魔法杖を彼へと構える。

 こんな親しかった人に僕は本気で武器を向けている。そんな事実に恐れを抱く。だけど決して脅しなんかじゃない。僕は彼を止めるためにここに来たんだ。


「なんでこんなことしてるんですか?」


 もう一度ハノークに尋ねる。


 彼の目から光が失われていく。翳った紅の瞳にはただ空虚だけが広がっていた。

 感情のまるでこもっていない笑みを浮かべて


「あいつらはこの街の、モルトゥルクの癌そのものだ」


 冷酷にそう告げた。


「癌…………」

「ソラだって知っているでしょ? あいつらは街の治安維持という役目を負いながら、ギルドに入り浸って無益な日々を浪費している。それでいて月鏡祭では誰よりも喝采を浴びたがる。実際緊急事態に陥ったらこのざまなのにね」


 ハノークにつられて下層の惨状に目線を走らせた。『モルトゥルクの街を守った』なんて言えない街の有様を目に焼き付ける。

 たしかに彼らはモルトゥルクで過大評価を受けている。それは僕も感じていることだ。だからっていくらなんでも極端すぎる思想だ。


「この街の行政システムを改めるためには一度頼っていたものを一掃しないと。"リセット"のための犠牲、俺の言葉で言えば彼らは今こそが『死ぬべきとき』なんだ」


 ふつふつと湧き上がる違和感に感情の高ぶりを感じとる。

 命を粗末にするハノークに、子どもじみた理論を繰り広げるその愚かさに、嫌悪感だけが広がっていく。


「そ、そんなことが……許されるとでも……」


 声の震えを必死に抑える。それでも激情に声がうわずった。握った拳が痛い。爪が食いこんで今にも彼に殴りかかってしまいそう。


「もちろん許されないことは知ってるよ。一度潰された命は神のご加護で復活したりはしない。失われた命を再度励ますことなんてできない」


 人並みの価値観で世界を客観視しているつもりなのか。

 矛盾している。結局ハノークは命を選別しているだけだ。そこにあたかもな思想を乗っけているだけ。

 神様ごっこに興じているだけ。


「分かってくれなんて思っていないよ。これは俺が勝手にやっていることで、押しつけるわけじゃない」


 分かってほしいわけじゃない……? 僕がここに来たことも、彼が犯人だと気づいたことも、全部無駄だった……?


 ほんとうにそうだろうか。


 僕がハノークにたどり着けた理由、たった一人で彼に会いに来た理由。勘違いなんかじゃない、きっとハノークは――――


「ハノークさんは僕が推理であなたにたどり着くことを望んでいました。どこかで止めて欲しかったんじゃないですか? 自分のあやまちを」


 『必ず犯人見つけてね』ハノークがどこか寂しげに言った言葉。彼が犯人だと気づいてからずっと頭にこびりついている。

 そもそも本当に捕まりたくないなら、魔討士団全員を殺すつもりなら、僕にヒントを与えるなんて愚行しないはずだ。僕を侮っていたとしても、クロンたちに相談されては元も子もない。


 自分がしていることを悪だと分かっていて、自分では止められないから誰かに止めて欲しかったんじゃないか。


 ハノークの双眸が細められる。


「そんなわけない」

 

「月鏡祭前の最後の殺人を、ハノークさんはわざわざ僕らの近くで実行した。いや、実行させた。あれは僕に最後のヒントを与えるためだったんじゃないですか?」

「犯人を捕まえて欲しかっただけさ。ソラのパーティーなら捕まえられると思った」

「犯人の不自然な供述、『何も覚えていない』なんて言葉を僕らに聞かせといて、ほんとうに隠そうとしていたんですか? 僕らが洗脳魔法にたどり着けば、これまで積み上げたアリバイも信用も崩れ落ちる」


 口をつぐむハノーク。空気の流れから微かに意識の揺らぎを感じた。彼が視線を切っても僕は離さない。

 冷静冷酷を保っていた彼がやっと見せてくれた隙、そこを逃さないために。


「マラビィさんに襲われたとき、ハノークさんは身を挺して僕を守ってくれた。あなたなら反撃をする前に一人で逃げることもできたはずです。魔討士団ではなかったから助けた? だったら魔討士団以外の命が失われている今の現状と辻褄が合いません」


 ほんとうはハノークだって命の重みを知っているただの青年だったのではないか。魔討士団を恨むことも命を値踏みするような真似もしない心優しい一人の人間。

 彼が僕に見つけて欲しいと願ったのは、ハノークの心の底に潜む真っ白な青年が残した最後の希望だった、僕にはそう思えてならない。


 「教えてください、ハノークさん。何があったのか。せっかく友達になれたと思ってたんです! 一人で抱え込まないで、少しくらい頼ってください!」


 必死の呼びかけに彼が頷いてくれることを信じて訴える。

 何がハノークを変えたのか。過去を清算することこそが、彼を、純白の青年を連れ戻す最善策だと思うから。


「――――いんだ」

「え…………?」


 彼の返事は掠れていた。こぼれ落ちたつぶやきが鳴らした音で、僕の希望が吹き消える。


「もう遅いんだよ」


 ハノークは笑っていた。相手を嘲るのではなく、友達を安心させるような柔らかい笑顔。

 僕の叫びが彼に響かなかったことを悟った。


「俺だってソラを気に入っていた。けれど俺の邪魔をするようなら容赦はしないよ」


 ハノークがいつもの調子に戻っていく。

 彼が隣の魔獣をもう一度撫でる。さっきから咆哮すらあげずにただ僕らの会話を真っ赤な瞳で見つめていた。


「この魔獣はね『聖獣』って呼ばれてて、魔獣の王様的存在なんだ。そこらを蔓延っている魔獣とは訳が違う。洗脳しただけの俺に忠誠を誓ってくれて、命令を下さなくても俺を守ってくれる。優秀な相棒さ」


 もうだめそうだ。ハノークはこれ以上話し合うつもりはない。力で僕を退けようとしている。

 ならば僕も覚悟を決めようと魔法杖に魔力を込めた。


「ソラにはあのとき同様、少し眠っていてもらうよ」


 ハノークのかざした手に聖獣が応える。芯から突き上げるような咆哮を轟かせながら、僕めがめて一直線に突進してきた。

 聖獣と目線が絡み合う。ひとたび目を逸らせば待っているのは死だ。


閃撃魔法(ライフォース)!!」


 聖獣の見開かれた双眸の上、被毛で覆われた額に魔法を撃ちこんだ。

 やつの淡黄色の毛が何本かパラパラと飛び散る。熱に焦がされた毛は刹那光輝いてやがて消滅した。


 だがそれだけだった。


 聖獣は怯むどころか目の奥に潜む魂で僕を貫く。

 精度はそこまで意識しなかった。その必要がないくらい鍛錬を積んできたし、威力を上げないと倒せる気がしなかったから。


浮遊魔法(フローティング)!」


 聖獣の衝突の寸前に地を蹴って跳び上がる。つま先を頭部にかすって体勢を崩した。回転する身体を受け入れ、再度杖を聖獣に構える。


閃撃魔法(ライフォース)!!」


 勢い余って僕を通り越した聖獣が晒したがら空きの後頭部。さっきよりも魔力を込めて魔法を放った。


 衝撃が僕を後方へ押し流す。体勢を整えつつも聖獣から目は離さない。


「だめか……」


 閃撃魔法をもろに食らったはずの聖獣は、頭を振るとモルトゥルクの空へ咆哮を張り上げた。

 ダメージは通っている。けれど僕の魔力じゃいずれ限界が来る。


 閃撃魔法が効かない。ならば――――


 流れる身体をよじって聖獣に背を向ける。眼下に佇むは聖獣の飼い主。

 ハノークを直接狙うしかない。


 ハノークを少し追い越し、彼の視界から僕が消えた瞬間


閃撃魔法(ライフォース)


 空に魔法を撃った。衝撃で身体が地面へ吸い込まれる。

 ハノークはその場から動かない。ただジッと聖獣を眺めたまま。ハノークの無防備な背中に手を伸ばす。


 彼には譲渡魔法の存在がバレている。だったらここで躊躇する理由はない。

 まずハノークを浮かせ空へと誘う。中層へ行って冒険者に彼の身の拘束を依頼、魔獣が止まらなかったら気絶させる。


 これしかないとハノークの背中に触れようとしたとき、何かが僕の脳を掠めた。


 慌てて伸ばした手を引っ込める。彼にぶつかりそうになる身体を、横に跳ぶことで回避させた。着地に失敗して煤だらけの地面を転がる。


「なんだ気づいちゃったか」


 ハノークが肩を竦めた。


「上手くいくと思ったんだけど」


 肩を落としたハノークが懐に手を入れる。

 出てきたのは見覚えのある杖。先端がわずかに発光している。僕の勘は当たっていたらしい。


「やっぱり僕を…………」

「そうだよ。洗脳魔法は対象に触れることで発動する。ソラが俺に触れた時点で、きみは僕の傀儡となるんだ」

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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