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モルトゥルク編 第四十話 魔獣使いの青年

エルティナ視点 ⇒ ソラ視点

「私やっぱ行ってくる!」


 エルティナが突然告げた。いきなりの告白にキルガレスの顔が強張る。


「何言ってるんだ! 危険だって言っただろ?」


 扉に流れていたエルティナの腕をキルガレスが掴んだ。振りほどこうと必死に腕を振るも男の力に為す術なくいなされる。

 エルティナが焦燥が滲んだ赤紫色の瞳でキルガレスを睨みつけた。


「離して! クロンたちが戦っているのにただ逃げてるだけなんて嫌!」

「落ち着けエル! ソラくんも言っていただろ、孤児院ならクロンさんが守ってくれる」


 クロンが孤児院を見捨てないのはエルティナだって分かっていた。自分が行っても救う対象が増えてただのお荷物になることも。

 だから優先するべきは孤児院じゃない。


「私はソラくんと合流する。ソラくんたちと魔獣を倒す!」


 クロンと旅をしている経緯について詳しくは知らない。しかしソラもエリサもまだ日の浅い駆け出し冒険者。

 クロンの仲間だからじゃない、会話も笑顔も交わした仲として心配する。エルティナにとっては当たり前で、自分が助けるべき子たちなのだ。


「無茶言うな! エルは冒険者じゃない、何度言えば分かるんだ!」


 キルガレスの切羽詰まった声が店内に響き渡る。腕を掴む力が強くなる。エルティナが痛みに顔を歪める。

 懇願の視線を受けても彼女の決心は揺るがなかった。


「じゃあなに? 私が冒険者だったら行かせてくれるの!?」

「そういうことじゃない。魔獣は魔討士団が何とかしてくれる」

「見たでしょ!? 何とかできてなかったじゃない!!」


 店の外で見た下層の現状。いたるところで火の手が上がり、悲鳴や破壊音が混じった重苦しい音が鳴り響く。遠くからでもその惨状に希望など見出せるはずがなかった。

 「魔討士団が魔獣を狩っているのではなく魔獣に彼らが襲われている」一目瞭然だった下層の現実。


「それは…………」


 キルガレスの力が弱まった一瞬をついて掴まれた腕を振り払う。キルガレスを一瞥してから身体を翻して店外へと向かう。

 人混みに呑まれるのを避けるため、正面入り口ではなく裏口へ急いだ。戦闘に役立ちそうな武器をいくつか持つ。それから特訓している自身の長剣も隠し場所から引っ張り出した。

 

 キルガレスはそんなエルティナの様子をただジッと見つめている。歯を食いしばり拳を握る彼に少し違和感を覚えながら、エルティナは外への扉を開いた。



   *   *   *



『お兄さんってどんなことをしている方なんですか?』

『そうか、禁忌になっている魔法か』


 あのとき、『禁忌となっている魔法』に偶然たどり着いたのだとばかり思っていた。会話の流れではなく彼個人の思考だけで思い出したのだと。

 けれどあのタイミングと発想、仮に僕の発言から『禁忌となっている魔法』を想起したのだとしたら。


 ハノークはきっと「何をしているか」と訊かれ、自分が普段扱っている洗脳魔法を思い出したのだ。だからすぐ『禁忌となっている魔法』へとたどり着くことができた。


『魔討士団の連中に街の安全を守れるのかだって疑問なんだ』


 ハノークの発言が次々蘇ってくる。

 彼は魔討士団に不信感を抱いているようだった。表立っての批判はしていなかったけれど、「魔討士団はいざというときに役に立つのか」については明らかに否定的だった。


 魔討士団を試すためにこんな悪事を? そんな馬鹿な。魔討士団どころか下層に残っていた住民にだって被害が出ているじゃないか。


『危ないからダメだよ』


 僕が橋の欄干によじ登ろうとしたとき、ハノークはらしくない言動で僕を咎めた。そして後になって水路に毒が流されていることが判明した。まるで初めから水路に毒が流れていると知っていたかのように。

 

 ハノークが連続殺人の犯人だという根拠はまだ弱い。しかし彼がこの魔獣騒動に関わっているというのは信じたくないが事実なのだろう。


「なんでこんなこと…………」


 第一印象は儚げな青年。その後すぐに腹が立つ発言を繰り返す意地悪へと評価を落とした。悪態をつきながらも僕が毎日あの橋へ向かっていたのは、心のどこかで彼を求めていたからだ。

 危うい魅力と抜群の才覚を持ったハノークを、僕は第二の心の拠り所としていた。仲間に話すまでもないちっぽけで些細な悩みも、彼にだったら打ち明けることができた。


 木の実採集に出掛けた日、エリサたちには怒られたけどハノークと仲良くなれた気がして嬉しかったんだ。


 それなのに…………

 

『人はね、人生において死ぬべきときが決まっているんだ』


 彼が放った言葉が今一度僕の胸をつく。


 ハノークが魔討士団の人たちを殺している犯人なんだとしたら、彼にとって魔討士団の『死ぬべきとき』はとっくに過ぎているというのか。身の程知らずの生命に終わりを告げる、そのためにハノークは人殺しとなった。


 許せるはずがない。

 今すぐハノークを止めないと、被害が中層にまで及んだらさらに大変なことになる。


 心臓が激しく鼓動し手のひらには冷や汗が滲む。過去と現在が交差して、定まらない視点に自分の居場所も曖昧になってくる。湧き上がる焦燥に身を委ねるようにして僕は急いだ。


 エリサたちと合流するのは諦めた。この人混みではどっちみち捜すのは困難だし、事態は急を要する。

 

 そしてなにより――――


『必ず犯人見つけてね』


 僕一人でハノークと話がしたかった。



 

 早朝に見たときと比べて流水が濁っている。下層から飛び込んだ瓦礫や木片が水路に散乱し、かつての淀みない清流は悲劇の象徴として僕らを取り囲んでいた。


 「ここに落ちたら僕は死ぬ」そう思うと冒険者の装備も魔法杖もいつもより重く感じられる。躊躇いが僕の身体を鉛玉へと換えていた。


 揺らぐ覚悟に深呼吸を繰り返す。


 水路を跨いだ瞬間から戦場へこの身を晒すことになる。降りかかる火の粉を振り払うのではなく、みずから災難へと足を踏み出す。たった一人で、魔獣蔓延る火の海に飛び込むのだ。


 ハノークはきっと下層にいる。殺傷事件のような一人だけを操る方法なら離れていても平気だろう。けれど魔獣の大群を中層にいながら洗脳魔法で完璧に操るなんて難しい。


 洗脳魔法を利用した殺人。洗脳した人物に自殺させればいいものを、わざわざ仲間を殺させるという方法をとった。そんな残忍な犯行を行った人物がターゲットをみずから殺す機会を捨てる?

 橋を爆破したのはきっと魔討士団以外を下層に近づけさせないためでもあるんだ。自分の犯行を他の住民に目撃されないために。


 背後から魔討士団の隊員が僕を見つめている。「水路に近づいてはいけない」とさっき注意されたところだ。けれど僕は下層へ渡るつもりだとその注意をはねのけた。ここで引き返したらただの臆病者になってしまう。


浮遊魔法(フローティング)


 唱えると同時に身体が浮き上がる。


 手のひらを胸に置いて静かに頷いた。自分に言い聞かせる「きっと生きて帰る」と。


 空中で身体を回転させて下層に背を向ける。隊員何人かと目が合った。心配そうな彼らを見ていると僕も不安になってきたので急いで視線を外す。

 そして


閃撃魔法(ライフォース)


 中層に向けて魔法を放った。

 魔法の反動で浮いた身体が真後ろに流される。建物を飛び越えるほどの移動はできないけど、地上すれすれの移動にはこのコンボは有効だ。

 

 水面に映る魔法使いの姿を眼下に見た。濁ってて揺れる水面にすぐ掻き消えた虚像に、これからの僕の運命を重ねる。

 

 気づいたときには下層地区へ降り立っていた。


 身体を翻し中層を振り返ることなく駆け出した。エリサとミルシェを置いていった後悔を振り切るために、前だけ向いて走った。ずっと奥へ、中層が見えなくなるくらい下層内部へ。


 瓦礫を越え火柱を避けどこからか反響する悲鳴に魔獣を捜した。ハノークがいるとしたら魔獣の近く、すなわち襲われている冒険者の近く。


浮遊魔法(フローティング)


 下層の中心部にたどり着いたあたりで、ふたたび魔法を唱えた。さっきよりも高く、下層の半分ほどが見渡せる位置まで浮き上がる。


 捜すべきは魔獣が密集している地点。手掛かりは他にない、手当たり次第に捜すしかないだろう。


 キョロキョロあたりを見渡していると、工場地帯に隣接した住宅街に目が留まった。

 家屋の屋根に降り立ちふたたび浮遊魔法を掛ける。屋根上を駆けて途切れたら浮遊魔法で浮き上がって閃撃魔法を放つ。エリサとの訓練中に思いついた技だ。人様の家に足をつくなんて普段じゃできない。緊急事態だからこその移動法といえる。


 遠くを見据えて全身でバランスをとる。ときおり屋根が濡れていて足を滑らせた。そのたびに浮遊魔法を強めに掛けて落下を防ぐ。

 不安定な足場を跳ぶように駆けて、何とか工場地帯にたどり着いた。安堵の息をついてふたたび上空へ浮かび上がる。

 

 工場からの騒音に備えてか石造りの建物が多く並んでいる。ギルドから離れているため華やかさはないけれど、一戸が他地帯よりも大きくて壁も分厚そうだ。その甲斐あってか、ここら辺に倒壊した建物は見当たらなかった。


 上空から確認できた魔獣は四体。

 クロンを襲っていた三ツ目に、その亜種のような魔獣だ。家屋の扉に頭突きを繰り返している。扉が壊れると突入して、一通り漁った後やがて戻ってくる。


 住人を捜すような動きだ。


 ここは魔討士団の住宅はないはずなのに。ハノークの目的はいったい?


「だ、誰かーー!!」


 突如聞こえた叫び声に振り返る。

 工場横から一つ隣の、住宅街となっている大きな通り。そこで赤ん坊を抱えた若い女性が魔獣に襲われていた。外壁と自分で赤ん坊を挟み込み、魔獣から子供を守っている。

 

 魔獣が鋭い牙を突き立てた。


「やばい!」


 どうしよう。今から向かっても間に合わない。かといって閃撃魔法は家屋に阻まれて魔獣へ届かないだろう。

 だからといって助けに向かわないわけにはいかない。


閃撃魔法(ライフォース)!!」


 真後ろに魔法を放ち反動で女性のもとへ飛んでいく。閃撃魔法での空中移動、こんなに高い場所からは初めてだ。姿勢が乱れて身体が不規則に回転する。平衡感覚だけは失うまいと地面の位置を確かめ続けた。

 地面と衝突する寸前、女性が巻き込まれないことを確認して地面へ閃撃魔法を放ち逆噴射する。前方へ流れていた身体が今度は後ろへ吹き飛んだ。


 掛かる負荷に顔を歪めながら戻した視線の先には、魔獣に襲われている女性と赤子の姿。


 旋回する身体を整えて射線を確保する。魔法杖を魔獣に向けて構えた。そして――――


「閃撃――」


 いきなり現れた巨体に攻撃を中断した。いや身体が勝手に攻撃を止めていた。


 女性を襲っていた三ツ目の魔獣が、突進してきたもう一体の魔獣に吹き飛ばされる。空中で血反吐をこぼし石造りの壁に激突した。

 ピクリとも動かない三ツ目の魔獣。見開かれた中心の目には光が宿っていなかった。


 三ツ目を倒した魔獣が震える女性に一瞥をくれる。


 淡黄色の獣毛に覆われたその身体は、三ツ目の魔獣を何倍にも膨らませたような巨体だった。鼻と口は伸ばした毛で隠れ、真っ赤な光が漏れるだけの切れ目を二つ備えている。

 そして額には金色に輝く宝石のような光の結晶が埋め込まれていた。


 唸るたびに顔面の獣毛が小刻みに揺れる。見えているのは切れ目の双眸二つだけなのに、淡黄色の獣毛も相まってどこか荘厳な雰囲気を携えている。乱暴な恐怖ではなく遠い存在への畏怖を感じた。

 

 後ろ向きに飛んでいた身体が着地する。女性を助けようと駆け出したときだった。


「やめろ……」


 弱々しい男の声がした。僕と魔獣の間に伸びる細い路地、そこから足音と衣擦れ音が微かに聞こえてくる。


「離せ……犯罪者め……」

「犯罪者? 仲間を殺しギルドから脱走した自分は違うと?」


 聞こえてきた別の声に背筋が凍った。冷たい汗が額から流れ落ちる。震える膝が足元をぐらつかせる。

 馴染みの響きと声音だった。しかし僕が知っているものは、鋭さの中にも隠された柔らかさが安心感を与えてくれる。


 正の感情を削ぎ落としたある意味でこの場面に相応しい、溢れんばかりの嫌悪と軽蔑で相手を見下すその声に、穏やかな響きはまるで含まれていなかった。


「仲間はきみを信用していた。なのにきみは彼女の背に刃を振り下ろした。俺と何も変わらないよ」


 路地から出てくる男が二人。一人の男がもう一人の首を絞めている。絞められた部分が鬱血し、顔面が青白く変色していた。

 爪先立ちで悶える男。僕らが路地で捕まえた冒険者だった。


「最期の命令だ『水路に飛び込め』」


 白髪の青年が冷酷に告げた。男を見下すように睨みつけ、命令を下すと同時に男の首に絡めていた手を離す。

 自由となった男が咳き込みながらゆっくりと身体を回す。さっきまでの苦悶は見当たらない、石像のような無表情で、中層を見据える瞳も虚空を眺めているように虚ろだった。

 おぼつかない足取りで男が走り出す。


「だめだ!」


 こちらに走ってくる男に飛びついた。腰にしがみついて中層へ向かう身体を引き留める。

 僕が手を離したら彼はきっと水路に飛び込む。そして致死量の毒を全身に浴びることになる。そんなこと絶対させない。

 

 魔獣も”青年”も無視して男に食らいついた。男が一瞬虚ろな瞳を僕に向ける。魂の宿っていない眼光に、彼はもういないのだと悟った。「そんなことしちゃだめだ!」僕の叫びも聞こえていないのだと。

 

 そうだ、浮遊魔法を『譲渡』すれば――――

 

 先延ばしの策を思いついたときにはすでに僕の身体は宙を舞っていた。乱暴に僕を振り払った男の背後に声を振り絞って叫ぶ。


「もうこんなこと止めてください!!」


 灰色の地面との接触で上体を強く叩きつけた。歯を食いしばって痺れる手足に力を入れる。地面に転がったまま去って行く男に手を伸ばした。

 そっちに行ってはいけない、水路に飛び込んだりしたら――――


 走り去る冒険者は一度も振り返ることなく駆けている。やがて僕の視界から完全に姿を消した。


「ああ…………」


 握った拳を地面に叩きつけた。一度や二度じゃ収まらない悔しさを大地にぶつけた。拳から血が滲んでいる。

 すでに失われた命ではなく、これから奪われることが確定している命。「クロンなら……エリサなら……」無力を嘆くには十分すぎる結末だった。


「見つけてくれたんだね」


 青年がこちらに歩いてくる。いつの間にか宝石の魔獣を隣に連れ、聞き馴染んだ口調に戻っていた。

 ハッとして顔を上げよろよろと立ち上がった。至るとことに砂埃が付着し、動くたびにパラパラと落ちる。後悔も同時に落として現実に目を向ける。


 彼はもうどうやっても救うことができない。少なくとも僕の力では。それは紛れもない事実。だけれどこれから次第で救える命があるかもしれないんだ。

 僕はこの事件に向き合わないといけない。"彼"がこんなことをした理由を聞き出さないといけない。


 閃撃魔法で魔討士団を殺し、魔獣を操り下層を業火で包んだ真犯人、


「ハノークさん……どうして……」


 目の前に佇むハノークは僕を見据えて微笑んだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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