モルトゥルク編 第三十九話 真犯人
クロン視点 ⇒ ソラ視点
クロンが孤児院にたどり着いたとき、そこはすでに地獄だった。
玄関の扉は粉々に砕け散り、周りには職員と思われる男性が数名倒れていた。襲われたときの怪我か、破れた衣服から血が滲んでいた。
そして二階から鳴り響く激しい物音と悲鳴。脳裏を掠めた最悪にクロンの表情が強張る。
急いで狭い階段を駆け上がった。上ったというより飛び越えた。
廊下には子どもたちがへたり込んで泣いていた。踏み荒らされた廊下と聞こえる唸り声に魔獣の侵入を悟った。一人の少女がクロンに気づいて声をあげる。
みんなが正面の一室を指さす前にクロンはバタバタ足音が鳴り止んでいない部屋へ飛び込んだ。
部屋の中心で少年をかみ殺そうと口を開く魔獣。端には目を閉じた二人の子ども。
そこからは反射だった。刃物で子どもたちを傷つけないよう体当たりで魔獣を突き飛ばす。想像以上の手応えに驚きながら、魔獣に襲われていた少年、ヒナくんを抱きかかえた。
目を固く閉じた子ども二人、メアリーとジンくんだけが震えながら逃げずに残っている。囮の役割を果たしていたヒナくん、彼を見捨てたくなかったメアリーとジンくん。クロンが到着するまでにどれほどの恐怖と戦っていたか、彼らの心情を思うと心苦しかった。
「頑張ったな」
三人に向け優しく声を掛ける。
部屋の外に避難している子どもたち。職員さんは泣いている子どもたちから離れられない。きっと3人は勇敢に立ち向かってくれたのだろう。自分たちより年下の少年少女を守る為に。
顔を上げたヒナくんがわっと泣き出す。クロンの腕に顔を押し当てて「怖かった……」と呟く。そんな彼の頭をクロンが優しく撫でた。
メアリーとジンくんの方を向く。ジンくんは駆け寄りたい衝動を必死に堪えるように握った拳を震わせていた。ヒナくんとクロンを交互に見つめている。
メアリーはクロンをジッと見つめて静かに涙をこぼしていた。彼女の綺麗な肌を透明な粒が転がり落ちる。
「クロンさん……」
彼女の声は掠れていた。鼻をすすりながらクロンの名前を連呼する。
これ以上彼らに背負わせたくなくて、手放しに縋りつくことができる存在になりたくて
「遅れて悪かった。もう大丈夫だ」
そう力強く告げた。
* * *
あの日知った三つの魔法。
暗雲立ちこめる空から一筋の光が伸びてきたようなそんな感覚。凝り固まった推理がたった一つの思いつきですべて覆る。
あの魔法を使えばこの不自然な事件の納得がいく。仮定を立てるたびに否定され続けた犯人像が、やっと日の目に晒される。僕の推理で描かれていく。
バラバラに見えた情報がたった一つのキーワードで繋がった。
あらゆる推理への否定が僕の推理を補強している。壁に突き当たるまで他の可能性はひとまず無視だ。
付き合い続けた事件の欠片に一つずつ解を与えていく。
どうして路地で被害者の背後をとれたのか?
それは被害者と親しかったから。
どうして殺傷能力の低い短剣のみを使っているのか?
それは扱いが容易い武器でないといけなかったから。
どうして首などの急所ではなく背中を狙っているのか?
それは小さい急所を精密に狙うことができないから。
僕が手にした犯人像は――――
犯人は上層の人間か?
たぶん違う。中層もしくは下層の人間。
バラバラな犯人の目撃証言はすべて正確か?
正確でも成り立つ。
捕まえた男は犯人か?
”犯人”だが”真犯人”ではない。
犯人に共犯はいるか?
ある意味ではいる。大量に。
アリバイなんて関係ない。目撃証言も意味がない。僕らはずっと踊らされてきたんだ。この半年間魔討士団が翻弄され続けた犯人は、一度も表舞台にすら登場していなかった。袖口から、もしくは観客席から僕らの愉快な推理を眺めていただけ。
存在を”禁忌”として忌み嫌われている魔法。僕が扱う譲渡魔法もその一種。
犯人が使っていたのは譲渡魔法よりも有名で、『禁忌となった魔法』と聞けばみなが一番に思い浮かべるであろう代物。その魔法の名は、
洗脳魔法。
かつてすべてを欲する強欲な魔法使いがいた。富も名声も実力も手に入れた彼は、次に自分を王に据えた独自の王国を作ろうと策謀した。王国に属する人間すべてを従順な下僕とするため彼が開発した魔法、それが洗脳魔法だ。
まるでおとぎ話のようだけど、一人の強欲な魔法使いが発明した魔法は継承され、現代に至るまでその灯火を消すことなく在り続けている。
そして今、モルトゥルクでその猛威を振るっているとしたら。
洗脳魔法を操る魔法使いがここモルトゥルクにいる。
洗脳魔法はそこまで魔力消費が激しくなかったはずだ。魔法使いどころか冒険者でなくとも扱うことができてしまう。厄介な魔法を生み出してくれたものだ。
容疑者はモルトゥルクの住民全員だ。
苛立ちから頭を押さえる。調子の良かった思考の波が突然せき止められた。
せっかく洗脳魔法を使った可能性にたどり着けたのに、これじゃ容疑者をまったく絞りこめないじゃないか。上層地区の人たちの線が薄くなった程度だ。
ここで行き詰まったら意味がない。
何か細かな違和感でもいいんだ、これまでのことを思い出せ!
焦りに急かされて気づけば上層地区を囲む空堀にたどり着いていた。
上層地区はこの騒ぎを受け金属製の橋を完全封鎖。橋の始点には衛兵さんが立ち街ゆく人々に鋭い視線を向けていた。
モルトゥルクの誇りである魔討士団が襲われているというのに、領主含め上層の人間は安全地帯に逃げこんで事態の終息を待っているというのか。治安維持は魔討士団の役割だとしても、無責任すぎないか。行き詰まった推理と緊張感から要らぬ苛立ちが湧いてくる。
冷静になれ、と深呼吸で気持ちを整えた。
人々の波が上層側へ押し寄せている。下層からできるだけ離れようと、警備も充実している上層へ移ろうとしているらしい。
「おい! 入れろ!」
一人の男が衛兵さんに詰め寄った。
「上層地区居住者以外は通行禁止だ」
「ふざけんな! 下層から魔獣が入ってきたらどうすんだ!」
「無理だと言っている!」
鎧姿の衛兵さんが怒鳴った。
「自分たちだけ逃げやがって卑怯だ!」
抗議を続ける男が衛兵さんの後ろに広がる上層を睨みつける。
騒ぎを聞きつけ人が集まってきた。どうすればよいか分からず彷徨っていた人々が騒ぎに誘われる。みんな顔を混乱と恐怖に歪めていた。
「そうだ、卑怯だぞ!」
他の男が叫んだ。男の抗議が伝染する。ぶつけようのない不安と怒りの矛先を、この場にいる全員が理解してしまった。
「お願いします! 子どもがいるんです!」
「俺がいなくなればこの街の工業は崩壊するんだぞ!」
「おまえらの生活を支えているのは俺たちだ!」
飛び交う怒声に耳を塞ぎたくなる。
上層への扉を簡単に開くべきではないことは分かる。だけどここに集まった住民たちの悲鳴も痛いくらい理解できた。
誰だって死にたくない。それは住民たちにかかわらず魔討士団や僕らだって同じこと。
この街でおそらく一番安全な場所。上層地区は扉を閉ざすことでその治安を維持してきた。ここで一般民のために開くと、保ってきた治安が崩壊してしまう。
「いい加減にしろ!!」
衛兵さんが腰に据えた刀剣を引き抜いた。みなの威勢が一瞬落ち着く。
「これ以上邪魔をするなら容赦しない」
銀色の刀身に誇りと忠誠を映し先端を群衆に突き出す。威嚇や牽制ではない、これ以上楯突いたら彼らは斬り殺される。本能でそう感じた。
先頭の男はいまだ険しい顔で衛兵さんを睨んでいる。しかしそれ以上前には踏み出さない。吠えながらも縄張りを理解している獣のよう。
集まった群衆はそれでも散り散りにはなっていない。規模だけを大きくし上層付近に巨大な団塊を作っている。
このままじゃ制御が壊れ上層へ人々が流れ込むのも時間の問題だ。
築き上げた秩序が崩壊していく音がする。心が乱れ、壊れ、負の鎖が自由な手足に絡みつく。不自由な身体を捻って人々は懇願する。
死にたくない、と。
「魔討士団の連中は何やってんだ!」
群衆の誰かが叫んだ。
人だかりの中に冒険者の装備を身につけた人物はいない。この騒ぎで下層へ救助に行ったか、上層へ逃げこんだか。もしくは群衆の中にも魔討士団所属の冒険者が隠れているかもしれない。
みんなの怯えたような表情からは誰が冒険者か判断できなかった。
この観察眼じゃ、仮に真犯人が潜んでいても見つけ出せないだろう。内面同様外見だけじゃ推し量るなんて不可能なんだ。
ましてや誰が洗脳魔法を持っているかなんて分かるわけ――――
『俺はさ冒険者の役職と得意技を当てられるんだ』
モルトゥルク始まりの朝に交わした会話。突如蘇った記憶に頭が冴える。
そうか、もしかしたら…………
「洗脳魔法を使う」この情報だけじゃ僕は犯人を特定できない。けれども彼なら――――
ハノークなら分かるかもしれない。
思い立ったときには僕はもう一度人混みの中へ飛び込んでいた。流れに逆らうように下層を目指しながら、すれ違う人々の中に白髪の青年を捜した。
彼の特技を使えば誰が洗脳魔法の使い手かすぐ判断できる。
真犯人に出会う必要があるため、建物に隠れていたり下層に残っていたら不可能。けれど僕の前に広がる残された道はここだけだ。
経験とデータから特徴を選別するハノークの『神の眼』。洗脳魔法を扱う魔法使いのデータがあるかは知らない。
ただ彼は僕の譲渡魔法すら当ててみせた。だからきっと彼なら『禁忌とされている魔法』だって――――
あれ?
なんだろう?
一瞬何かが引っかかったような――――
『自害魔法、譲渡魔法――――お、顔色が変わったねぇ』
ハノークの言葉が今一度反芻される。彼と初めて会話を交わした日のことだ。
”禁忌になっている魔法”と聞いてハノークが最初に口にしたのは自害魔法、その次に譲渡魔法。
この二つよりも圧倒的にメジャーな洗脳魔法の名を彼は敢えて挙げなかった。どうして?
『お兄さんってどんなことをしている方なんですか?』
『そうか、禁忌になっている魔法か』
あ…………
握りしめていた魔法杖が手から滑り落ちる。震える唇と揺らいでいく意識。拒んだ心が灰色に塗りつぶされる。
「そ、そんな…………」
たった一つの思いつきから洗脳魔法に至ったように、たった一つの記憶から犯人が浮かび上がる。「彼にはアリバイがある」彼を疑いたくなくて、僕はずっと見て見ぬ振りをしてきた。アリバイが崩れた今、僕が縋れるものは信じたいという甘えだけ。
僕の推理は最悪の終着を迎えてしまった。
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