タルカル編 第三話 魔法使いの少女
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2度目のギルドは昨日と打って変わって和気あいあいとしていた。変わらず髭面の大男は酒を仰いでいるし、長髪男はいないもののパーティー勧誘を偽装した明らかなナンパもいくつか見かけた。
しかし昨日のような息苦しさは感じない。意外にもこの雰囲気に早く慣れたようだ。
「攻撃魔法で使えるのは閃撃魔法だけです。他は味方を強くしたり、ちょっと浮いたり……」
「浮遊魔法使えるの!? 凄いじゃん!」
浮遊魔法を覚えた当時は他人にもかけることができるものだと思い込んでいた分、自分限定だと知ったときから大した魔法ではないという認識が僕の中にある。ただ浮くだけの魔法なんて飛行魔法の下位互換だ。
「母が元魔法使いでそれで教わったんです」
「お母さんも凄いんだね。ちょっと、アレックスも見習ったら? 両親が冒険者なのに未だゴブリン一匹に手こずってる『戦士』さん?」
「俺んちは『のんびり悠々と』がモットーだったんだよ! それに俺だってゴブリンくらいなんてこと……ない」
「僕も実践はまだなんです」とはさすがに言いだせない。
母からは他にも『爆発魔法』のような必殺級の魔法も教えてもらっていた。しかし僕の魔力量と技術では到底扱える代物ではなかった。
掲示板のパーティー募集欄には素人魔法使いの僕が入れそうな募集はなかった。中級者以上が条件だったりもうすでに魔法使いが埋まっていたり。女性冒険者限定という条件で男性冒険者がだしている募集を見たときは少し恐怖を感じた。
仕方なく自分でパーティー募集を出したのだが、今のところは応募がない。
ひとり木製の椅子に腰掛けている僕を気遣ってか冒険者たちが話しかけてくれる。冒険者の方と交流できるのは嬉しいが、パーティー加入の申請ではないと分かるたびに肩を落とした。
「じゃあね、メンバー集め頑張って」
「はい、皆さんもクエスト頑張って下さい」
手を振りクエストに出掛ける冒険者を見送るのはもう何度目だろうか。みんな仲間がいて意気揚々と出掛けていく。とても楽しそうに見えたと同時に自分との違いから劣等感に打ちのめされる。
見送りを繰り返しているうちにクエストから戻ったパーティーも目立ち始めた。受付で報酬を受け取る冒険者たちの目は子どもようにキラキラしている。
そんな彼らの様子を羨ましげに目で追っていると、彼らも何かを目で追っていることに気がづいた。
驚いているような喜んでいるような。まるで大好きな食べ物がいきなり目の前に現れたかのように皆が目を輝かせている。どこかを見ながらヒソヒソと何か小声で話している人もいた。
どんなに物珍しいものがあるのだろうか。気になって探していると、あらゆる視線を全身に浴びていて佇むひとりの人物が目に留まった。あの人だ。
視線の先にいたのは白銀色のストレートヘアを腰まで伸ばしたひとりの少女だった。紫に鮮やかな赤みがかかった瞳でじっと掲示板を眺めている。睨んでいると言ってもいい。
一目見て注目の的になっている理由が分かった。彼女に見惚れているからだ。小柄ながらも女性が求める美を一身に纏った可憐で正統派な美少女。僕を含めたここにいる冒険者とは住む世界が違って見えた。彼女を宝石だとするならば僕らは採掘の際に砕かれる大量の岩石だ。
これまでの人生で巡り会った人の中では一二を争うほど美しい。彼女のひとつひとつの仕草に胸が高鳴る。
僕も彼女にすっかり釘付けになっていた。
「ちょっと行ってくるわ」
いかにもチャラそうな男が席を立った。ヘラヘラしながら歩み寄っていく。目的は明確、あの少女に話しかけようとしている。
男が少女に近づくにつれ注目の的がその男に移り変わっていった。
「お嬢ちゃん、パーティーメンバー探してるの?」
第一印象はおそらく最悪だっただろう。自らを危険人物と自己紹介しているような、軽くて信頼に値しない口調だった。
「うちのパーティーあと1人欲しいんだけどどう? みんな優しいよ」
少女に身長を合わせ、正面から覗き込むようにして尋ねる。
「……」
少女は聞こえていないのか何の反応も示さない。ただジッと掲示板を見つめているだけ。
「ねぇお嬢ちゃんってば」
やはり何の反応も示さない。無視しているというより本当に気づいていないのではないか。
チャラい男が先陣を切ったことで周りで見ていた冒険者たちも少女に群がりだした。こういうとき今のような軽率な男は頼りになる。「僕はこの人とは違って真面目で信頼できる人です」とアピールするチャンスになるから。
「きみ、冒険者登録だったらあそこだよ。 何か悩んでいるんなら何でも聞いて!」
「ねえねえ、この街に住んでるの? 『魔法使い』かな?」
「きみ可愛いね、なにか欲しいものない? お兄さんが買ってあげるよ」
おのおの少女から興味を引きだそうと必死になっている。いくつか危険そうな声も聞こえるが、その他大勢の騒音にかき消されている。
傍観するにとどまっている僕ももちろん話せるものなら話してみたい。少女のことについていろいろと尋ねてみたい。「名前はなにー?」とか「どこから来たのー?」とか。もちろん僕にそんな勇気はないけど。
少女からの返答は未だ誰にも返ってこない。掲示板でいったい何を探しているんだろう。少女の視線を追いかけようとしたその時だった。
「ど、どいてくださいますか?」
こっちまではっきりと聞こえる力強い声だった。それもお腹から張り上げた必死さが伝わる声。両手を固く握りしめ、手に持つ魔法帽子が潰されている。
ギルト内が静まりかえった。何もしていないのにもかかわらず僕まで呼吸を忘れるほどだった。
少女が掲示板に背をむけた。動かない周囲を見渡し恐怖の表情を浮かべている。
「すいません、どいてください!」
もう一度叫ぶように言った。大柄の体格のいい男どもに囲まれて怯んでいても、はっきりと自分の主張を伝える。
格好よかった。完全に冒険者たちが悪人に見えてしまっているが、僕は今この少女の味方だ。彼女が敵と判断した者はこの瞬間だけは敵でいいじゃないか。
男たちが気圧され気味に少女の前を空ける。
「ありがとう」
小さく礼をした彼女はゆっくりと歩きだした。進路を避ける冒険者たちによって自然と道が作られる。
男道から抜け出した少女はギルドを見渡した。カウンター、テーブル、出入り口、冒険者――――
流れていく彼女の視線がふと僕を捉えた。ついドキっとする。一瞬彼女が笑った気がしたからだ。
彼女が再び動き出す。さっきよりも早足で。
おかしい、こっちには何もないはずなのに。彼女との距離がどんどん近づいているようなそんな錯覚が――――
「あのパーティー募集を出したのは君でいい?」
え?
僕?
誰もが心を奪われる美少女が僕に話しかけている!?
「違うの?」
「違います」と言ってしまいそうだった。自分で出したパーティー募集を本気で忘れていた。そうでなくとも僕の募集ではないと人違いを疑っただろう。
見惚れる余裕すらなかった。ただ困惑するばかり。僕より1歩も2歩も先の次元を生きているだろう彼女が僕の世界と交わっていることが信じられなかった。
ギルド内の男性冒険者の視線が痛い。みな恨めしそうに睨んでいる。
「ソラくんって、きみのことでしょ? 募集の貼り紙に特徴書いてたけど」
やっぱり僕で間違いないらしい。だとしてもなんで……
彼女の瞳に見つめられると己の不甲斐なさを詫びたくなってしまうのは何故だろうか。
たぶんそれは、それほどまでに目の前の彼女が可憐で勇敢で完璧だから。
「えっと、そうですけど」
気がついたことがある。僕は『魔法使い』。彼女も帽子からして『魔法使い』だろう。僕はパーティー募集の条件に『魔法使い』以外と記載した。
つまりあの募集の張り紙を読んで彼女がここにくることはあり得ないわけで――――
「わたし、あなたのパーティーに入るわね」
かといってそれ以外で僕に話しかける理由もそりゃないわけで――――
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本日は残り1話投稿されますので、是非ご覧ください!