モルトゥルク編 第三十五話 カウント0
「そんな話でたらめだ!」
誰かが叫んだ。おそらく聴衆の中の誰か。
「魔討士団がそんなことするはずがない! ただの作り話、創作だ!」
周囲がざわつき始める。
突然一人の男が立ち上がった。人混みをかき分けて語り部に詰め寄ろうとする。その様子を見ていた聴衆たちが慌てて彼を止めにはいった。
語り部は男が静まるのを待ってから、表情を変えることなく続ける。
「ここまでは世間に公表されている内容です。しかし実はたった一人だけ魔王城から逃げてきた冒険者がいたそうです。その冒険者は瀕死の状態で魔王城から飛び出してきたところを青年に救助されました。その方は女性で片足と両目を失っていたといいます」
騒然となった教会前がふたたび語りに満たされる。
「死期を悟っていたのでしょう、救助された女性は最期に尊敬する勇者の名を口にして動かなくなりました。このときの青年がどんな心情だったのかは想像に難しくありません」
語り部が声をトーンを一段階落とした。
「この一件で青年は国中から非難を浴びることになりました。大量の上級冒険者を殺して自分だけが生き残った、最悪の指揮官だと。最終的には魔討士団隊長の座をも追われることになります」
「そんなの可哀想だよ!」
近くで少年がそう言った。
心の中で深く頷く。
「青年の味方をするのは生き残った魔討士団の隊員だけとなりました。しかし青年の味方をすることは国に敵対するのと同義。心優しき青年はこれ以上彼らを危険に晒すことがないよう、一人黙ってモルトゥルクの街から姿を消しました。魔討士団を守る為にすべての責任を背負って…………これが100年の間に風化されてしまった、若くして魔討士団を束ねた青年の物語です」
語り部は一つ息をつくと立ち上がって深く礼をした。
僕が拍手すると同時に拍手喝采が教会を包み込む。タイミングを合わせたわけではないのに、見事に揃った破裂音のような拍手だ。
魔討士団を称える月鏡祭に相応しいお話だった。魔討士団を支えていたかつての隊長の生き様がありありと見えてくるようだ。
クラージの雰囲気とは真逆の心優しき青年。それでも魔討士団を守りたいという思いは一致している。
なんと救いのない結末なのだろうか。誰も悪くないのに誰かが責任を負わないといけないなんて、理解はしているつもりなのにやるせない思いになってしまう。
語り部は聴衆の反応を受けてもう一度深く頭を下げた。
「青年はどこに行ったのでしょうか?」
聴衆が語り部に問いかける。
彼は頭を上げると少し考えこんで言った。
「どこか遠い街で名前を伏せて冒険者関係の仕事を始めたそうです。ご存命かどうかはわたしにも分かりません」
生きているとしたら125歳。魔討士団の隊長になるくらいだから身体は強いだろうけど、もう精力的な活動はできていないだろう。
どうか心安まる余生を過ごせていたらいいな。
「125歳には見えなかったな」
「ん?」
隣のクロンが何か呟いた気がした。
「どうしました?」
「なんでもないよ」
そう言うとクロンが立ち上がる。
「そろそろ行こうか。キル魔道具店の様子でも見に。それから食欲旺盛な2人も探さないと」
ふたたび階段に腰掛けて話を始めた語り部に背を向けて教会から離れる。
楽しかったのに頭が疲れている。誰も悪くない動機に正面からぶつかったせいで、行き所のないモヤモヤが身体の中に溜まっているのだ。
そして同時に怖くもあった。上級冒険者を一人も逃がさなかった魔王城にいる魔族。
人類が過去八回挑んでいずれも陥落させることが叶わなかった城郭。それにクロンとハイドは挑もうとしている。
「クロン」
気づいたらクロンを呼んでいた。
「なに?」
クロンに見つめられたら急に我に返ってしまった。「あっ」と振りかけた手を止める。
ただ楽になりたくて、恥ずかしさを押し切って湧き上がる不安を尋ねた。
「クロンは勝てますよね?」
「え?」
予想外の言葉を受けたかのようにクロンが固まる。
「魔王に、クロンとハイドさんは勝てますよね? 負けるなんてないですよね?」
「いきなりどうした?」
肯定して欲しい。気休めでもいいから「当然だ」ぐらい格好付けて言い切って欲しい。
真剣な表情で睨むようにクロンを見つめた。
横歩きでモルトゥルクの街を進んでいた僕らに沈黙が流れる。その間も首を傾けないと見えないクロンの目を決して離さなかった。
やがてクロンが口を開く。
「簡単じゃないだろうなぁ。だってあの魔王だし」
クロンは意外なほどあっけらかんと応えた。
「でもクロンとハイドさんがいればきっと――――!」
「俺がいて魔王が倒せるなら追放なんてしないよ」
クロンが自嘲する。
「でも…………」
「ソラは100年前の勇者パーティーが誰も帰ってこなかったことを心配してるんだな。俺は当時を知らないし、自分の強さだって自己評価できていない。けれど」
前方を見つめていたクロンが僕に目線を合わせた。そして
「俺の仲間はめちゃくちゃ強いよ。たぶんソラが思っている10倍は強い」
そう微笑みながら言った。
「俺は俺を誇れないけど仲間だったら誇れる。それを根拠に自信だって湧いてくる。大丈夫だソラ。全滅なんて絶対しない。必ず倒してみせる」
「ほんと?」
「ああ。あいつらの戦いを見たら安心できるんじゃないかな。俺なんかに驚いているんだから、ハイドとかダイスの戦闘を見たら失神するだろうな。いろんな意味で規格外だし」
自分を誇らず仲間を誇る。クロンらしいけど彼の言葉に安心したのも事実だ。
そんな仲間とともに旅したクロンだって自信の根拠になる。
僕は仲間としてクロンを誇り、誰よりも信じればいいだけだ。
「だいいち」
クロンが眉間にしわを寄せ僕を指さす。
「ソラは今、俺の仲間でしょ? そんな弱気じゃハイドに笑われるって。ソラには魔王を倒せるくらいに成長してもらわないと」
「僕が魔王を!? そんなの無理ですって!」
「じゃあ妥協して魔族」
「妥協になってませんよ…………」
冗談か分からないクロンの軽口に、謙遜でもなんでもない事実を返す。
将来的には魔族を倒せるようになりたいとは思う。もちろん魔王が倒されて勢力を落とした魔族を。さすがにそうすぐは無理だ。
「期待してるよ」
クロンはそう言い残して僕より先を歩き始めた。
「はぁ」と溜息を吐きつつクロンの背を追いかける。交わした会話のおかげで心のモヤが少し晴れたようなそんな気が――――
突如巨大な爆発音が街中に響き渡った。
初めは祭りの演出かと思った。パレードで打ち上げられた魔法の類いかと。それか街のどこかでイベントを行っているのだと。
しかし僕らの正面、下層方向であがる火の手に異常事態を悟った。
「なんだ火事かー?」
通行人の一人がそう叫ぶ。華やかだった街が一瞬にして騒然とする。
クロンと顔を合わせる。
胸騒ぎがする。何か今すぐ行動しないと取り返しのつかなくなりそうな、そんな気が――――
何か事故があったのかもしれない。爆発魔法なんて強大な魔法を演出に使っていたんだ、事故が起きても不思議ではない。
事故であって欲しい。被害者もいない、そこに何の故意も介入していない軽いハプニングならば、この胸のざわめきも見て見ぬ振りができる。
しかし僕の楽観は数秒もせずに掻き消えた。
また爆音が轟いたのだ。今度は僕らの背後からの衝撃だった。
「なんだ!?」
僕が振り返ろうとしたとき
今度は左右方向から同じ轟音がモルトゥルクの街を駆け抜けた。
4回にもおよぶ巨大な爆発音。それも4方向別の場所から。
明らかにおかしい。事故だとしたら不自然すぎる。
まさか――――
昨日抱えていた懸念がふたたび蘇る。
水路に流された毒、姿の見えない魔獣騒動、何者かに操られ僕らを襲ったキュルシニィ、突然捕まった連続殺人犯――――
「あれ!!」
短い悲鳴が響いたと同時に、立ち止まった人々次々に空を指さす。
そこに広がる光景に不安が杞憂ではないことを悟った。
建物に隠れて少ししか見えないが、たしかに黒煙が空を覆っていた。それも僕らの3方向、地上からその丈を伸ばして。
ざわめきが広がり街が一瞬にしてパニックに陥る。聞こえていた会話が単調な恐れに変換されていく。
唯一見えない背後の黒煙。後ろには上層地区が鎮座しているため今の場所からは被害を確認できない。しかしもし同じ事が反対側でも起きているとしたら――――
「ソラ! いくぞ!」
クロンが僕の腕を乱暴に掴んだ。そのまま正面で上がる黒煙に向けて走り出す。
何が起きているのか分からない。しかしクロンが見せる緊迫感は普段の冷静な彼とは大きく乖離していた。
混乱する人々の間を縫って進む。だけど混雑しすぎているせいでなかなか前に進めない。おかげでクロンに引きずられなくて済んでいるけど、彼の焦りが握りしめられた腕から伝わってきた。
ただの事故であってほしいなんて楽観的な推測、クロンはしていないようだった。最悪を認めてみずから足を踏み入れている。
一瞬の楽観で目の前の命がこぼれ落ちるのを彼はおそらく何度も経験しているのだ。
「危険ですので離れてください!!」
注意の声が聞こえてきた。クロンの腕を掴む力も強くなっていく。もう少しだ。
人混みを抜けた先、弧を描くように人が捌けた空間に飛び込んだ。
「マジかよ…………」
クロンの嘆きに僕も「なんで…………」と震える声で呟く。
僕らの前では木製の橋が粉々に砕け、その残骸が業火に包まれていた。
モルトゥルク襲撃
カウント0:橋の爆破
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