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モルトゥルク編 第三十四話 100年前の魔王城遠征

「これは何ですか?」

「お! 兄ちゃん興味あるかい? これはねぇ、ソーンオドスの丘で勇者パーティーが倒したとされる魔族の角だ。持ってると運気が上がるぞ」


 露店のおじさんが抱えてみせるのは胴体ほどもある渦を巻いた角だ。クロンは角を受け取ると、その重さにバランスを崩した。


「おお……ずいぶん重いですね。それも大きい」

「噂によればギルドほどの巨体だったらしい。そいつを倒しちまう勇者ってのはおっかないねぇな」

「ですね」


 他人事のように頷くクロン。自分も勇者パーティー所属のくせに白々しい。


「それで買ってくか? 今なら金貨100枚で手を打とう」

「持ち歩くの大変そうなので……代わりにこちらのクリスタルを貰えますか?」


 クロンが手のひらサイズの青く輝いた結晶を指さした。


 パレードが終わってから僕らは中層地区で露店や商店を回って珍しい品物を物色していた。さっきまで魔討士団が歩いていた通りはもう通行人で埋まっている。

 通行人は中層の人間と下層の人間が入り混じっていた。噂によれば上層の人間もいるらしいけど、見分けがつかないくらい色んな人がいる。クロンが目立たずに動けているのはそのおかげだった。


 クロンが店主に別れを告げて先に進む。


「好きなんですか? そういうの」

「別に。気に入ってくれそうな人を知ってるから」


 遠い目をしたクロンに元パーティーの誰かだと察する。


 お土産か。僕も父さんたちに何か買おうかな。あとアレックスたちにも。


 観光客気分でぶらぶら中層を歩いていると、ふと教会のような建物が目に入った。

 タルカルにあったものよりもずっと大きい。真っ白な壁面には汚れ一つなく、尖った建物上部には巨大な十字架が掛けられている。

 

 入り口へ続く平べったい階段に人の輪ができている。中心には目元をマスクで隠して階段に座る一人の男性の姿があった。


「ソラ、どうしたの?」


 思わず足を止めた僕にエリサが尋ねる。

 彼女は露店で買った、果実を飴で包んだスイーツをかじっている。ミルシェも同じ飴を色違いで買っていたけど、彼女は半分以上を食べ終わっている。無理矢理顎で飴を突破した結果だ。

 エリサもミルシェを真似してかじりつきだしたけど、噛む力が足りなくて頑丈な飴に跳ね返され、そのたびに可愛い顔をしかめていた。


「ちょっとあれが気になって」

「ん? ああ、あれは語り部だね。聞きにいく? 冒険譚が好きなソラからしたら面白いかも」


 語り部か……たしか昔のお話を伝え広めるために各地を回っているという。

 目元が隠れるだけで若者にも老人にも見える。活気だったモルトゥルクにおいて彼だけが”月鏡祭”というイベントを無視して個人の魅力で人を惹きつけているようだった。


 モルトゥルクの歴史について聞けるのだろうか。

 僕はすっかり興味をそそられていた。


「いいですか?」

「せっかくだしね。2人はどうする?」

「エリサちゃんは興味――――ないみたいね。じゃあ私たちは食べ歩きしてくる」


 食べ足りないのかそそくさと二人が商店街に消えていく。もう何度目か分からない呆れ顔でクロンと目を合わせて微笑する。

 

 そして僕はクロンと一緒に目の前に広がる不思議な空間にお邪魔することにした。



   *   *   *

 


「次にお話するのはちょうど100年前、魔王城へ派遣された討伐軍を襲った悲劇と一人の青年について」


 語り部が聴衆に語り掛ける。穏やかで落ち着く声だ。


「今から100年前、人類史で八回目となる魔王城到達を成し遂げた勇者パーティーがいました。彼らは世界から慕われ、その圧倒的な実力で魔族からも脅威とみなされていたそうです」

 

「ハイドパーティーとどっちが強かったんですかー?」


 一人の少年が声をあげた。隣のクロンがビクッと身体を震わせる。顔をわずかに伏せて目立たないように俯いた。

 母親らしき人物が「すいません」と慌てて子どもの口を塞ぐ。

 

 語りを妨害された語り部は、怒るどころか唯一さらした口元を微かに緩ませて言った。


「実力はわたしの測るところではありませんが、今よりも冒険者が少なかった時代、上級冒険者という存在自体が珍しかった。『勇者パーティー』、この言葉がそのパーティーだけを指し示していたくらい、当時彼らの知名度は群を抜いていたそうです」


 少年にではなくあくまで聴衆に向けて説明する。自然と語りにアンサーを組み込む彼の手腕はさすがだ。


「人類にとってはやっと訪れた魔王討伐の機会。ここを逃せば次は何十年後になるか分かりません。国王は援軍を勇者パーティーに送ることを命じます。そこで目をつけたのが、ここモルトゥルクで最大権力を有していた魔討士団でした」


 いきなり繋がったルトゥルクの街に聴衆が息を呑んだことが分かった。間を空ける語り部に続きを急かす声も聞こえてくる。

 僕もすっかり語りに引き込まれていた。


「当時の魔討士団隊長はまだ齢25の青年でした。彼は幼い頃から魔討士団とともに生き、輝かしい才能と血の滲むような努力の末、若くして隊長の座を手に入れたそうです。国王直々の要請に彼は魔討士団の精鋭約30名と自身を魔王討伐に派遣することを決断しました」


 今と当時でどれくらい魔討士団の実力の差があるのか分からないけど、現隊長のクラージは規格外の強さを持っている。その青年も同じくらい強かったのだろうか。


「魔討士団の隊長をリーダーに据え、各地の上級冒険者も含めた討伐隊が結成されることになりました。勇者パーティーを除いて当時の最高戦力です。しかしここで討伐隊に予想外の事態が訪れます。勇者パーティーが討伐隊の遠征を断ったのです」


 まさかの展開に聴衆がざわめきだす。僕だって「なんでっ!」と心の中で呟いた。

 そのはず、僕らはこの勇者パーティーが魔王に敗れたことを歴史として知っている。だから要請を断るくらいの余裕が勇者パーティーになかったことも想像できる。


 そしてこの後起こる悲劇のことも、僕は知っていた。


「魔王城内は非常に危険で、むやみに大量の冒険者がなだれ込めば無駄な死が確実に増えてしまう。勇者パーティーにとってそれは最も危惧すべき問題でした。彼らにとって冒険者もまた守るべき対象だったのでしょう」


 聴衆の表情が険しい。納得がいかないのか唸りながら首を傾げている。


「結局討伐軍は勇者パーティーが魔王城へ侵入したタイミングで魔王城近辺に陣取り、勇者パーティーが仕留め損ねて逃げだす魔族の討伐をすることになりました。逃げたといっても魔族は魔族、軍一丸とならないと被害は想像を絶する。本来の任務とは異なった緊張感の中、彼らは見事な連携一人の犠牲者も出すことなく逃げてきた魔族を討ち続けました」


 クロンの顔をそっと覗く。クロンは真剣な眼差しで語り部の隠された顔をジッと見つめていた。


「特にリーダーの青年の手腕は目を引くものがあったといいます。彼自身の剣技も然る事ながら、犠牲者を一人も出さなかったのは、彼の指揮官としての才能によるものでしょう」


 語り部の語りにも熱がこもってきた。物語がいよいよ佳境に入る。


「魔族を討ち続ける討伐軍。しかしいっこうに勇者パーティーが帰って来る気配がない。魔王の能力で張られた、魔王城を覆う結界にも変化が見られない。『もしかしたら勇者はもう魔王によって殺されたのではないか』後ろ向きな考えが漂い始めたときでした」


 語り部が一度言葉を区切った。それからこちらにも聞こえるくらい大きく息を吸い込んで


「魔王城を覆っていた結界が一瞬だけ解除されたのです」


 そう力強く言った。


「時間にして一秒にも満たない刹那でした。しかし討伐軍は決してその変化を見逃さなかった」


 物語が僕が知る結末へ向かっていた。声色で僕の中のお話を具現化させて、より残酷にその先を演出する。


「結界の変化はすなわち魔王の変化です。現場にいた誰もが考えたでしょう『魔王が弱っている』と。そして一度よぎった可能性に、闘志溢れる彼らには待機命令など無意味でした」


 マスク越しでも語り部の目元が翳ったことが分かった。祭りの最中とは思えないくらい語り部を囲む僕らに重い空気が漂う。


「リーダーであった青年は、魔王城に流れ込む隊員を必死に止めました。しかし統制がとれていたこれまでが嘘だったかのように、青年の制止に耳を傾ける隊員はほとんどいなかったといいます。青年はその後わずかに残った魔討士団の隊員たちと、逃げてきた魔族の処理に追われることになります。『ここを離れたら残された隊員が死んでしまう』そんな考えが彼に魔王城へ飛び込む選択をさせなかった」


 見たことのない光景がフラッシュバックし、青年の悲痛な叫びが聞こえてきそうだった。

 若くして討伐軍の指揮を任されて、預けられた冒険者たちが自分の制止を無視して魔王城へ飛び込んでいく。


 そして彼らはきっと――――


「結局魔王城から生きて戻ってきた冒険者は勇者パーティーも含めて一人もいませんでした。みんな魔王城に乗り込んだまま帰らぬ人となってしまったのです」

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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