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モルトゥルク編 第三十二話 祭り前日

「クラージ隊長、最近おかしいと思いませんか?」


 クロンが真剣な表情で切りだす。

 キュルシニィの死骸を回収してもらうためにギルドへ報告を済ませた僕らは、そのままギルドで食事を摂っていた。


「水路に毒が撒かれたり操られた魔獣がいたり。半年間逃げ回っていた殺人犯が突然捕まったことだって、まだ釈然としません」


 呼ばれたクラージは「ふうん……」と唸って、肉の塊を皿に戻す。


「たしかにな。モルトゥルクがやけに騒がしいってのは俺も同感だ」


 歓声が聞こえて辺りを見渡すと、月鏡祭を控えて浮かれ立った冒険者が酒を片手に宴を開いていた。ここにいるクラージとは大きな違いだ。


「クラージ隊長が調査をしていた下層の魔獣騒ぎだって、まだ解決していなんでしょう?」

「証拠がなにも見当たらなかったから、このまま何もなかったら気のせいにできたんだが」


 さっき戦ったキュルシニィを思い出す。

 真っ赤に染まった瞳と不自然に大きな身体。その影には僕らがまだ気づいていない巨大な陰謀が隠れている気がしてならない。


「毒は結局どこから入れられてるの?」


 切り分けられた果実を頬張っていたエリサが尋ねる。


「まだ調査中だ。だがモルトゥルク内で毒が撒かれた可能性は低い。おおかた水路に繋がった川の上流あたりだろうな」


 いまだにモルトゥルクでは水路に毒が流れている。

 住人が水路に近づくことを極度に恐れているため、下層と中層を行き来する人もずいぶん減っていた。この時期は月鏡祭に備えて中層で過ごすか、仕事を片付けようと下層で働くかのどちらかに行動が限定されるから、そのせいもあるだろう。


「こんな事態になっているのに、祭りを開催しても大丈夫なんですか?」


 飲んでいたお茶を置いて心配そうにミルシェが訊く。


「あたりまえだが中止するべきなんだろう」

「ですよね」

「だがなそういうわけにもいかないんだ」


 目尻が寄ってクラージの顔が険しくなる。


「それは何となく分かります」


 クロンが後ろを振り返ってそこで騒ぐ『魔討士団』の連中に視線を向けた。


「月鏡祭は街にとっても魔討士団の連中にとっても一大イベント。簡単に中止したら暴動が起きかねん」

「時期をずらすというのは?」

「それだと今度は中層の連中が被害を被ってしまう」


 すべてを明日の祭りにかけて備えてきた人々にとっては強引にでも開催したいのだろう。彼らにとって見えている被害は水路の毒のみ。それも浄水できている現状では祭りの中止に否定的なのは当然だった。


 ならば魔獣の存在を彼らに知らせれば――――


 だめだ。余計な混乱を招きかねないし、相手の狙いが分からない以上、街の統制がとれなくっては思うつぼだ。


 やっぱり予定通り開催するしか――――


「そう心配するな!」


 深刻そうな表情を見かねたのか、クラージが隣に座る僕の肩をバシッと叩いた。力が強くて「イテテ……」と肩をさする。


「いつも以上に警戒するし、隊員には悪いが警備にさく人員も増やすつもりだ」


 頼りになるたくましい顔だ。


「この街は下層を通ってからじゃないと中層には入れない。不審者がいても橋を渡る前に食い止めてやるさ」


 豪快な笑顔を受けて安心感とともに胸が熱くなった。彼はきっと明日中警備にあたっているのだろう。せっかく魔討士団が称えられる日なのに、その(おさ)なのに。

 誰よりも正義感が強くてモルトゥルクのために動く彼は、街を巡って人々を救う冒険者とはまた違った格好良さがあった。


「おまえたちは中層で楽しんでろ。クロンといれば安心だろ?」

「三人だってつよ――――」

「それもそうですね!」

「ちょっとはプライド持とうよ」


 他力本願をあっさり認めた僕にクロンが呆れている。いつものことだ。


 「クロンも警備に」と言ってこないのがクラージらしい。彼は僕と違ってプライドを持っている。それも重くのしかかる責任に見合った誇りを。

 魔討士団の人たちの騒ぎ声がいっそう増してきた。ギルドを訪れた他の隊員を巻き込んで宴の輪が広がっている。このままでは僕らのところまで波が押し寄せてきそうだ。

 

 月鏡祭が終わればいよいよモルトゥルクを出発することになる。ハノーク、エルティナ、キルガレス、クラージ、マラビィ。この街で出会った人たちとお別れになるのはなんだかんだ少し寂しい。タルカルでもそうだったけど、冒険者になるとはこういうことなんだろう。

 次のテレポート先はおそらく大きな街ではない。魔王城に近づくための最終中継地点になるはずだ。もう心安まる瞬間はしばらく訪れない。


 だからこそ月鏡祭が平和に開催されることを祈るばかり。


「きっと大丈夫ですよ!」


 ミルシェの言葉を最後に食事が終了した。

 


 

 クラージと別れた僕らは明日に備えて中層へ戻った。

 キル魔道具店を訪れると、昨日までは貼っていなかったポスターのような絵が店前に飾られていた。そこまで大きくはないが質素な外壁に異様な存在感を放って展示されている。


「おお! ついに出来たか!」


 クロンが嬉しそうに言う。


 ポスターはデフォルメされた二頭身キルガレスが、店の商品を紹介するといった構図に仕上がっていた。どちらかというとエルティナ寄りの弾けた表情を浮かべたキルガレスが、身振り手振りで、ときには装備を身につけて商品の良さを力説している。

 イラストはキルガレス作のように見えないけど、商品説明は彼の熱量と商人魂が滲み出ていた。


 エルティナが描いたのだろうか。


「すごーい! エルティナさんが描いたのかな?」

「この絵は孤児院の子たちが描いてくれたんだ。俺のお願いを快く受けてくれた」

「そうなんだ! とても上手!」


 ミルシェの感嘆を受けてもう一度ポスターに視線を移した。


 よくよく見ると描かれた商品の中には子どもらしい絵も混じっている。無駄にキラキラさせられている聖剣や、火を噴いている魔法杖。誇張しているわけではなく冒険者のイメージをそのまま絵にしたような可愛らしいイラストだ。


「俺はちょっと用事があるから先に帰っていてくれ」


 そう言うクロンに従って、僕ら三人は宿へと向かった。

 中層では前夜祭と称したイベントでも開いているかと思ったけど、意外とどの店も静かでそれがむしろ祭り前日の実感を与えていた。

 

 

 妙にソワソワして落ち着かない自分がいる。今日一日、ずっとそうだ。


 太陽が沈んで夜になっても興奮が冷めることはなかった。

 

 目を瞑って意識をベッドに委ねてみても、日中の模擬戦が頭をよぎってしまう。

 あんな激しく熱いバトルを間近で目撃して、平常心でいられるわけがない。お話を読んで頭に思い浮かべていた戦いが遂に僕の瞳に直に映ったのだ。そう思うだけでベッドの中で身震いしてしまう。


 クロンと旅ができている事実が僕の中で深く根を張っていることに気づく。

 

 横に寝ているクロンをちらりと見ると、いつも通り穏やかな顔で眠りについていた。あの激闘を演出した張本人とは思えないほどに柔和な表情だ。


「必ずハイドさんの元に戻るんですよ」


 「このまま一緒にいられたら」なんて想いを打ち消すために、口の中で音も出さずに呟いた。寂しいけれどクロンもモルトゥルクのみんな同様、僕がずっと近くにいることはできない、いてはいけないと分かっているから。


 気持ちの整理がついたおかげなのか、そのまま僕は深い眠りに落ちていった。


 月鏡祭まで残り0日。



   *   *   *



 街が闇に沈んだ深夜、一人の人物が〇〇地区をひっそりと歩いていた。

 

 『月鏡祭』モルトゥルク最大の祭事にして、魔討士団が最も輝く日。

 こんな日に終止符を打つことができる巡り合わせ。あんなに恨んだ運命に感謝するときが来るなんて。


 気づいたのは偶然、あるいは過去から贈られた必然だったのかもしれない。自分で手を(くだ)さなくとも明日彼らは死ぬ。だからこの計画はただの自己満だった。


 未来はとっくに捨てた。捨てるための人生しか知らなかった。


 だからこそ、ただ一つ心残りがあるとすれば――――



 

 モルトゥルク襲撃

 カウント1:人々が水路に近づかなくなる

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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