モルトゥルク編 第三十一話 セカンドバトル
「幻朧弾――――」
身体を抱えたクロンがそう唱えた瞬間だった。
キューーー!
甲高い鳴き声が戦場と化した草原に響き渡った。
クロンが技を中断してクラージも伸ばした刃を引っ込める。
跳び上がっていたクラージが上昇を止め、大地に降り立った。しかし
「なにっ!?」
空中で体勢を整えていたクロンの胴体が、勢いよく飛んできた生物の尖った足に掴まれた。そのままクロンが空高くへ誘われる。
「うそ…………」
僕らはただ唖然とすることしかできなかった。
クラージの上空でクロンを持ち上げ旋回するのは巨大な白鳥だ。甲高い声と鋭く長いくちばしを持ち、全身を真っ白な毛で覆っている。
僕らは以前あの”魔獣”と戦ったことがある。正確にはクロンが、だけど。
キュルシニィ。
実家の前で僕の杖を奪ってクロンに追い払われたあの魔獣だ。
しかし今僕らの目の前にいるキュルシニィは、明らかにあのときとは違う。
「大きすぎる…………」
やつが落とす影はクラージをすっぽりと覆い、翼を広げるたびに離れた僕らまでもが太陽の光を遮ぎられる。
クロンを掴むキュルシニィの前足は、鋭い爪を輝かせてクロンの胴体をしっかり包んでいた。
僕の家で遭遇したやつの2倍近くある。例える対象が生き物ではなく建物になりそうなほどだ。キュルシニィが羽ばたくと、下降気流が僕らに降り注ぐ。
この巨体にもかかわらず、クロンが避ける暇もないくらいの素早い動き。
魔王城が近づくにつれて生息する生き物は凶暴になっていく。そんな話はよく聞くけれど、身体まで大きくなるなんて。
クロンが短剣を生成した。それをキュルシニィの足に突き刺そうとする。
しかし皮膚が厚いのだろう、刃が入っていない。痛みを感じていないようにキュルシニィは構わず飛び続ける。
エリサとミルシェと一緒にクラージの元へ走った。どうにかしてクロンを助けなければ。
『魔力のこもったものを好んで集める習性がある』
クロンが以前説明していたキュルシニィの特性を思い出す。実際あのときやつはクロンが生成した手榴弾に飛びついていた。奪った僕の魔法杖を捨てて。
だったら今回も魔力でおびき寄せれば――――
あれ…………?
「おかしい」
僕がキュルシニィの行動に引っかかったと同時に、クラージがそう呟いた。戦闘前に置いた聖剣を拾い上げる。
「おかしいって?」
エリサが尋ねた。彼女はキュルシニィを見るのは始めてのはずだ。
「あいつは魔力のこもった物を集める性質がある。だから攫われるとしたらこの聖剣か、きみたちの魔法杖のはず」
僕が気になっていたことだ。攻撃もしていないのに、やつが”人”そのものを狙うなんて聞いていた情報と違う。
さらにクラージは続ける。
「それに俺の思い違いじゃなければ、あいつの目は赤くない」
クラージの言葉に僕らは上空を見上げる。キュルシニィと攫われたクロンが視界に映った。
キュルシニィが翼をしまい、やつを取り巻く影が晴れたその一瞬で目を探す。
「ほんとうだ……」
キュルシニィの双眸はクラージの言うとおり真っ赤だった。真白の羽毛に打たれた赤い瞳。赤い宝石をはめ込んでいるみたいに、異質な存在感を放っていた。
以前僕を襲ったキュルシニィの瞳の色を記憶から探すが、思い出すことができない。あんな敵意の象徴のような瞳なら覚えているはず。
クラージの言葉は正しい。
つまり…………どういうこと?
「なんで赤くなってるんでしょうか?」
「分からない。ただもしも何者かに操られているとしたらまずい」
「「「操られてる!?」」」
突飛な発言に三人で驚愕の声を上げる。
「操られている生物の瞳は赤くなる」お話に何度もでてくる常識みたいなものだ。しかし僕は誇張表現に過ぎないと思っていた。だって実際そんな場面に巡り会ったことなんてなかったから。
仮にクラージの推論が正しいとしたら、やつを操っているのは誰?
魔獣なんて凶暴な生物を操ることができるやつ、僕は一つしか思いつかない。
魔族。
この世界の負の象徴。人と似た容姿で同じ言葉を操りながらも暴虐の限りを尽くす、人類単位での共通悪。どんな犯罪者にも擁護する人物は現れる。しかし魔族の味方をすることは、この世界にとって人類の敵となる覚悟が必要といわれるくらい禁忌とされている。
魔族は魔獣と異なって知性があり理性を保ったまま人を殺す。人数をかければ対処できる獣とは訳が違う。
「魔族に近づくな」人々を守る冒険者なのにもかかわらず、普通冒険者はみなこの言葉をかけられる。僕も出発のとき母さんに念押しされた。
それくらい人間と魔族には絶対的な差があるのだ。
「魔族がいるってことですか!」
ミルシェがあわあわしながらクラージに言う。
「断言はできん。だがその可能性がある以上、早く助けなければ大変なことになる」
クラージはそう言うと、鞘から聖剣を取り出した。銀色に輝く巨大な刃が姿を現わす。
「離れていろ」
クラージの言葉に慌てて元いた場所に走った。
混乱しているミルシェとは違ってエリサは冷静だ。悪魔騒動のあたふたする彼女とはまるで別人。隣で泣き言を呟くミルシェをなだめている。
クラージが膝を折って腰を落とす。聖剣を両手で抱えてキュルシニィを睨みつけた。
それを見たクロンがぎょっと顔を強張らせる。キュルシニィに捕らえられたときよりも怖がっているように見える。
あんなに大きな魔獣に捕まって焦っていないクロンもおかしい。逃げられる自信があるのかこんな経験をたくさんしてきたのか。
きっと両方だろう。
クラージが深く息を吐いた。
「殺人犯を捕まえてもらったお礼だ。ちゃんと受け取れ!」
クラージの言葉を受けてクロンが口を開いて何か言っている。しかしそんな声クラージには届かない。
巨大な振動とともにクラージの身体が舞い上がる。ドカッという大地を踏みしめる音を残してクラージがキュルシニィへ一直線で飛んでいく。
迫り来るクラージを視界に捉えてクロンが目を瞑った。あそこまで怯えているクロンは初めて見る。
クラージが聖剣を振り上げた。
突如聖剣が閃光に包まれる。クラージの身体から流れでているように見える光は、腕を伝って聖剣に伝染していく。雷でも纏っているのか、ときおりパチパチと聖剣の表面が発光しながら弾ける。
「おまえは自力で着地しろ」
「うそっ!?」
今度はクロンの声がはっきりと聞こえた。
クラージの正面には旋回を続けるキュルシニィの長くて太い首。これから起こることを僕らが悟ったタイミングでクラージが叫ぶ。
「天翔真斬!!」
クラージが振り下ろした聖剣がキュルシニィに直撃する。
剣で物体を斬っただけとは思えない爆音が響いた。聖剣がキュルシニィを巻き込んで弧を描き、クロンとクラージが閃光で見えなくなる。
飛び散ったであろうキュルシニィの鮮血が瞬く間に蒸発して消えていく。
天の裁きに祈りを捧げている気分だ。僕らはただ上空で行われている断罪を眺めることしかできない村人。気を抜くとぽかんと口が開いてしまうので、クロンの仲間として表情を引き締めた。
光が晴れて姿を見せるクロンたち。
振り下ろした聖剣はいとも簡単にキュルシニィの首を両断していた。頭部が胴と分かれて真下に落下していく。重い物が打ちつけられる硬い音が響くと思ったが、グシャッと潰れる音とともに頭部が地面に衝突した。
頭部を追うようにして胴体も落下を始める。クロンを掴んだまま。
絶命しているはずなのにクロンの抵抗にキュルシニィの足がビクともしていないことが分かった。胴体に連れられてクロンが真下に落下する。
このままだとまずい!
「ソラ!!」
「分かってる。閃撃魔法!!」
急いで構えた魔法杖から魔法を放った。
純白の閃光がキュルシニィの下腹部に直撃して半円形の穴を開ける。魔力を込めすぎると狙いが狂うので今は正確さを優先した。それでもこの威力を保っているのはタルカルを離れてからの鍛錬の賜だ。
クロンがキュルシニィから解放される。無防備なクロンの身体が空中に晒される。
ここまでくれば自力で着地できるとは思うけれど、念には念を込めて
「風操魔法!!」
エリサが唱えた。
「うおっ!」
回転する身体を持ち直そうとしていたクロンの落下が止まる。
フワフワ空中を彷徨いながら、やがてゆっくりと草原に降り立った。
「あービックリした」
無事に着地したクロンが安堵に胸を撫で下ろす。「ありがとう、助かった」と礼をするクロンに「無事でよかったです」と言葉を返した。
クロンを助けるなんて二度とないかもしれない貴重な経験だ。
「ほんと無事でなによりだ」
いつの間にか上空から帰還していたクラージが歩いてくる。
「なによりじゃないです。危うく潰されるところだった!」
「仲間に感謝だな。けれどどうせキュルシニィだって1人で倒せたくせになぁ。おまえが何もしないから焦ったんだぞ」
「無理です無理です。化け物退治はクラージ隊長の領分でしょ?」
さっきまであんなバトルを繰り広げていた2人とは思えないくらい砕けた会話だ。
そんなクロンたちに羨望の念を抱きながら彼らの後ろに目を向ける。草原を真っ赤に染めるキュルシニィの死骸は徐々に崩れ始めていた。
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