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モルトゥルク編 第二十九話 魔力の波

「こんな物、何に使うの?」

「少しやってみたい技があるの。まだ内緒」


 僕らは今、キル魔道具店を後にして中層地区を回っている。

 クロンとマラビィが出し合った金貨で買った商品を懐にしまってルンルンのエリサ。いつもなら『収納』している魔法杖を取り出してその感触を確かめている。魔法と一緒に使うのだろうか。


「しかし人が多いな」


 クロンがげんなりと愚痴をこぼした。

 中層をゆく僕らの周りにはまだ祭り前日だというのに、浮かれだった人たちで溢れかえっている。それも冒険者が過半数を占めていた。

 これでも当日には遠く及ばないらしい。商人同士の会話に耳を伸ばすと、どうやら明日の売り上げを競っているようだ。


「みなさん楽しそう」

「こんだけ冒険者が集まって、街の警備は大丈夫なのかよ」


 街ゆく冒険者の視線がクロンに刺さっている気がする。彼らの表情を見るのが恐ろしくて目線を落として歩いた。

 むしろこんだけ冒険者が集まっているのなら中層の警備は問題ないように感じる。上層の警備は冒険者頼りではないし、危険なのは下層の方だろう。


「祭りが始まったら下層地区は犯罪し放題にならないですか? 特に泥棒とか、家に誰もいないわけですし」

「いや、むしろ当日はいつもよりも犯罪率が下がるらしい」

「どうして?」

「祭り当日は上層のお偉いさんも中層に来るからな。いちいち犯罪が起きるかもって怯えたくない。だから祭りの日に限ってどんな犯罪も極刑になるんだって。がら空きになる下層の住宅を守るためでもあるね」


 道路の真ん中で談笑している冒険者が正面に見えた。避けながら彼らの騒がしい声と揺れ動く表情を目で追う。

 この人たちなら酔っ払って喧嘩ぐらいしそうなものだけど、悪意がないなら免除されるのだろうか。


「ねぇねぇ。暇なら少し冒険者っぽいことしない?」


 行く当てもなくフラフラ彷徨っていた僕らにミルシェがそう提案する。

 邪魔にならないよう歩みは止めずともエリサとクロンがミルシェの言葉に耳を傾けたことが分かった。


「酒盛りとかですか? すいません、実はまだ飲んだことなくて」

「違う、違うよ! お酒なんて私も得意じゃないし。第一、ソラくんとエリサちゃんは飲んだことなくていいのよ」


 ミルシェが酒を仰ぐ姿も見てみたかったなんて妄想は置いといて、じゃあ何だろうと思案する。モルトゥルクでもクエストに赴いてはいるけど、ダンジョン攻略とか魔獣退治なんてイベントとは無縁だった。


「わたしは飲んだことあるけどね。それで何をするの?」

「「え?」」


 ミルシェと一緒に驚く。

 酒宴の機会ぐらい領主一族ならあるかもしれないけど、そんな……先を越されてるなんて……


 落胆を滲ませる僕を横目に、エリサはミルシェの返答を待っている。


「えっとね、街の外で模擬練習なんてどうかな? 実践形式でスキルとか戦術とかを磨くの」


 「私戦闘とか分かんないから」と僕らへのアドバイスを断っている彼女にしては意外だ。そしてとても魅力的な提案であった。


「いいわね。負傷してもミルシェがいるし」


 あまり負傷はしたくないけど頷いておく。

 模擬練習となると戦闘をするってことだけど、閃撃魔法は対人となると使いづらい。かといって譲渡魔法の練習なんて必要あるのだろうか。


 それに一番気がかりなのは


「クロンの相手は? わたしたちだけじゃ相手にならないわ」


 まさしくだ。いくら魔法で遠距離攻撃ができるからってクロンにかかれば僕らなんて赤子同然。上級冒険者のジードたちでさえ4人がかりで瞬殺だった。この世でクロンと戦闘訓練ができる人物なんて、ハイドパーティーだけじゃないか?


「俺は別に構わないよ。魔法使いとの戦闘に慣れるのって魔王戦を考えると大事だからね」


 僕らなんかと戦う必要のないくらい強い魔法使いとたくさん戦ってきたくせに。クロンの気遣いはありがたいけど、ここまで戦力差があると申し訳なくなる。


「大丈夫! むしろこれはクロンさんに是非って思っての提案だから」


 ミルシェが自信ありげに胸を張る。

 

「どういうこと?」

 

「クロンさんにはとっておきの相手がいるの!」



   *   *   *



「ミルシェ、俺の相手ってもしかして…………」

「そう!」


 モルトゥルクの門を出た先、僕が襲われた森が遠目で確認できる開けた草原に来ていた。草原と呼ぶには枯れた植物や浮き出た岩肌が目立っているけれど。

 

 そして僕らの目の前でその体躯に見合う巨大な聖剣を振り下ろす人物が1人。


「なんとクラージ隊長が来てくれました!」


 両手を広げてクラージをお披露目するミルシェ。


「誘ったのは俺の方なんだけどな」


 大剣を鞘に収めてクラージが言う。

 彼の近くには木刀が2本、地面に刺さっていた。


「業務はいいんですか? 明日月鏡祭ですよね」

「むしろ月鏡祭が近いからこそ、少し羽を伸ばせるんだ。今の時期に変なこと企む冒険者はいない。それに俺だって鍛錬は必要だ。けどやってくれる隊員がいなくて」

「モルトゥルク最強は大変ですね」

「おまえが言うと嫌味にしか聞こえないな」


 クロンの言葉にクラージが豪快に笑った。やっぱりこの人は余裕がある。


「それでクロンにお相手をってわけね」

「そういうことだ。どうだクロン? 一試合俺とやらないか?」


 渋い表情でクラージを見上げるクロンはあまり乗り気ではなさそうだった。


「僕はサポート職なんで近距離戦でクラージ隊長に勝てませんよ」

「そんな謙遜するなよ。おまえと下層で会ったときの距離の詰め方とスキル、クロンだと気づくまでは本気で命の危険を感じたぞ」


 不審者捜しの最中に1度この2人は対戦しているんだった。あのときは決着らしき決着はつかなかったけれど。


 あれ? そういえばあのとき――――


「すいません。どうしてあのとき襲ってきたのがクロンだって分かったんですか?」


 つい思いたって訊いてみる。


 閃光弾で視界が眩んだ中で、1度も反撃することなくクラージは逃走を止めた。どこから彼はクロンの正体を暴いたんだろうか。あのときのクロンは相変わらず暗めで目立たない服装だったはずなのに。


「クロンと同じ波だったからな」

「「波?」」


 クロンと疑問符が重なる。


「なんだクロンも知らないのか?」


 クラージはそう言うと鞘にしまってあった聖剣をふたたび抜いて、宙を斬りつけた。空気が切り裂かれる甲高い音が鳴る。


「魔力にはその人固有の波がある。人は他人の魔力を浴びるたびにその波を無意識で覚えてるんだ。それを意識的に記憶の表面で行える人は一握りだが、そういう人は誰かが使って舞い散った魔力を感じとって誰の波かを識別できる。俺はその一握りってわけだな」


 自慢げにクラージが顎をあげる。


「僕が『模倣』を使ったときに、僕の魔力の波を感じとったってことですね」

「そうだ」

「それだと魔法使いが不利じゃない?」


 エリサが怪訝そうに尋ねる。

 

「そうでもないぞ。魔力は別に魔法使いだけが使っているわけじゃない。『戦士』だったら聖剣を振り下ろす一撃一撃に威力をあげるために魔力を込める。他にもスキルで剣裁きが滑らかにこなせるようになる。『戦士』とかの近距離職のスキルってのはそういう無意識で常時発動的に使うものが多いんだ。そんなわけで見た目は分かんなくても、魔力を使わない役職なんて存在しないのさ」

 

 初めて聞いた概念だった。『魔力の波』なんてお話にも出てこなかったはずだ。わりと最近発見されたのかもしれない。

 まず魔力なんて魔法に変換されていない状態でどう感知するのだろう。


 貴重な情報には違いないけど、話が脱線してしまった。


「そんなことより、はやく始めよう」

「ほんとにやるんですか?」

「あたりまえだ。俺は木刀を使う。『模倣』も使っていいが、直接攻撃をするときは木刀にしてくれ」


 地面に突き刺していた木刀をクラージが引き抜いてクロンに投げる。クロンは慣れた動作で持ち手を掴んだ。


 覚悟を決めたのだろう、クロンは木刀の感触をたしかめながら数歩後ろへ下がった。


「ソラくんたちは危ないから離れてな」


 クラージの言葉に慌てて距離をとる。

 胸の鼓動が騒がしいのは、走って疲れたているからじゃないだろう。僕は期待していた。模擬戦だとしても勇者パーティーの1人のクロンとおそらくモルトゥルク最強のクラージ。彼らが繰り広げるたった1度きりの本気のバトルを。


「いきますよ」

「いつでもこい!」


 クラージの威勢の良い声が掛かると同時にクロンが木刀片手に動いた。

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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