モルトゥルク編 第二十八話 特注品
「いらっしゃいませ。あ、クロンさん」
木製の扉がカランカランという音とともに開く。クロンに続いて店の中に入ると愛想の良い声が聞こえてきた。
いつもと変わらない襟付きの服に惑星型のアクセサリーを身につけた店主、キルガレスが僕らを迎え入れる。
「やっほー」
クロンの後ろから顔を出したエルティナを見て、キルガレスの表情が硬くなる。眉間にシワを寄せてクロンとエルティナを交互に睨んだ。
「エルも一緒だったのか」
「いや、さっき出会ったばかりですよ。な?」
「うん。孤児院ぶりだったからテンション上がっちゃった!」
「孤児院?」
「余計なこと言うな」
さらに鋭くなるキルガレスの視線を受け、クロンがエルティナを叱る。
「えー本当じゃん」と暢気なエルティナを横目に、僕は変わりない店内に足を踏み入れた。エリサとミルシェも後に続く。
店内では変わらず珍しい品々が売られている。
「ここも明日には大盛況なんだろうね」
「何か買うなら今日ってわけね」
エリサと魔法に関係した魔道具を物色する。
今日は何か買いたいけど、あいにく報酬が入ってくるのは明日以降。あまり高価な品の購入は難しいだろう。
ミルシェは聖水や聖典といった『聖職者』用の品を見て回っている。
使い道が分からない真っ白な水書玉を手のひらで転がしては「うわぁ」と感嘆の声を上げる。そんなに凄い物なのだろうか。
「それで何かお探しですか?」
エルティナを問い詰めることを止めたキルガレスがクロンに尋ねる。
「前回は何も買えなかったので、品薄になる前に何かと思いまして」
「ではお客様ですね。クロンさんの役職はたしか――――」
「模倣者!」
外野でエルティナが答える。また機嫌を損ねそうなことをしている彼女。キルガレスの機嫌が心配になって遠くから様子を窺う。
しかしキルガレスはエルティナを一瞥しただけで、すぐにクロンへ向き直って続けた。
「模倣者…………たしか武器を作る役職ですよね」
「よくご存じで」
「冒険者以上に冒険者と話す機会があるものですから」
僕が知らなかった役職についてキルガレスが知っているなんて。羨望の眼差しを向けざるおえない。
「それですと武器全般ってことですね。それか魔力操作か」
武器が並べられたスペースにキルガレスが足早で移動する。足取りが軽い彼はすっかり接客モードに入っている。
「これなんかどうですか?」
彼がクロンに示したのは長方形の金属の盾だった。
平べったい本体の中心に持ち手のような突起がついている。全体が半透明で立てかけられた壁の模様が浮かび上がっているように見えた。
キルガレスが取っ手に手を掛けた。「ふんっ!」と勢いをつけて持ち上げようと力を込めるが、ビクともしない。
結局その場から動かせないままキルガレスのほうが音をあげた。
「こんな風に僕1人の力では持ち上がらなくて防御性能が極めて高い盾です」
息を整えながらキルガレスが言う。
「動かせなかったら意味なくないですか?」
当然の意見だ。
「普通ならそうです。軍隊なら別ですが、冒険者がこれを扱うのはあまりに困難です。実はナイフのように端が鋭く加工されているので、振り回すことができれば殺傷能力もかなりのものなんですけどね」
「模倣者なら扱えるかもしれないと?」
「ええ。その場で生成することが可能なら、確実に役立ちますよ」
クロンの『模倣』は彼の手に武器が現れるというよりは、彼の周りの任意の場所に出現させることができるようだった。
危険になったら盾を目の前に設置する、敵の上から落とす、武器としてではなくてもいろいろ使い道はありそうだ。
クロンは首を捻って考える素振りを見せると
「使い道はありそうですが…………たぶん僕の戦闘スタイルに合わない気がするので」
そういって首を横に振った。
「そうですか……ついに売れるかと期待したんですが」
キルガレスが肩を落とす。
「1度お持ちになりませんか? 意外とクロンさんの力なら持ち上がるかも」
「僕そんな力ないですよ。それになるべく店舗に並んだ武器は買うと決めたもの以外触らないようにしているんです。僕の場合、触れただけで再現できてしまうので、それでは買ってもいないのに申し訳ない」
たしかに初めてクロンとこの店を訪れたときも、武器にはいっさい触れていなかった。彼のポリシーというやつだろう。
「では――――」
キルガレスが他の商品を紹介しようとしたとき、店の扉が勢いよく開いた。
カランカランという音とともに背の高い人物が店に入ってくる。
緑みを帯びたくすんだ茶色の軍服に帽子を被った女性。
「副隊長、いらっしゃい」
「おや、珍しいお客さんじゃないか」
マラビィが僕らを見つけてニカッと笑った。
「マラビィ副隊長!? どうしてここに?」
「私だって冒険者なんだ。贔屓にしている魔道具店の1つや2つ持っているさ」
つまり彼女はキル魔道具店の常連だと。
キルガレスとマラビィ、とてもじゃないが交わることの無さそうな組み合わせだ。
マラビィを見つめてしまっていると、彼女と目が合った。つい背筋が伸びて表情が凍りつく。
「あれ以来だな、少年! ってそんな怖がることないだろ」
わざとらしく肩を竦めるマラビィ。
僕とエリサの冷淡な目を受けて、そそくさと視線をキルガレスに戻した。
「それで注文の品はできているか?」
「もちろんです! 今お持ちしますね。クロンさん、少しお待ちください」
接客中だったクロンに断りを入れてから、キルガレスがカウンターの裏に消えていった。
商品を見ようにもつい彼女に視線が動く。他の3人も明らかにマラビィを意識している。
クロンが何か話しかけた。気まずい雰囲気が少し和らぐ。他人行儀にマラビィと会話を交わすクロンに意識を向けながら、店主の帰還を待ちわびた。
「お待たせしました。こちらが新しい品物になります」
慌ただしい足音とともにキルガレスがやっと帰ってきた。手には薄く小さい布と、それに包まれた――――何だろう?
「ありがとう」
布ごと受け取るマラビィの手元を遠目で確認する。
店内の照明に照らされる指先ぐらいの大きさしかない物体。透明で何かに形が似ているような――――
「あっ! もしかして」
勢いよくもれた声に慌てて口を手で塞ぐ。
「気づいたか少年」
僕の声にニヤッと笑うマラビィ。
「やつらに使った魔道具、気づくとはなかなか観察眼があるじゃないか」
「…………」
「どんな魔道具なんですか?」
クロンからの質問に、キルガレスがマラビィの方を見る。彼女が頷いたことを確認してから商人らしく商品紹介のごとく軽快に語りだした。
「これは爪に装着する魔道具でマラビィさん用の特注品です。特定の動作、これでしたら魔道具への口づけを行うと待機状態が解除されます。その状態で対象に触れると電流を流すことができる、という商品です」
電流…………
『ぎゃああー!』
野盗たちの悲鳴がフラッシュバックする。そうか、彼らはこの魔道具によって電流を流されて、抵抗する間もなく気絶したんだ。
あんな一瞬で意識を奪える電流なんて。僕やハノークが被害に遭わなくて本当によかった。
「魔法なら使う魔法を絞れば手加減できるんだが、近距離戦闘だとついやり過ぎてしまってな。だから隊長にこれをつけていろと言われてしまった」
「それで僕のところに話が来たというわけです」
マラビィが受け取った魔道具を自分の爪に重ねる。彼女の爪にフィットした魔道具はだんだん沈んでいって、やがて爪と一体化した。
「クラージ隊長とも仲が良いんですね」
「この案件を受けてからですよ。他の魔道具店に依頼しても、断られてしまったみたいで。それで僕のところに」
「副隊長の暴力に加担することになるものね」
腕を組んだエリサが壁に立てかけられた魔法杖を眺めながら声を飛ばす。鋭い発言と表情でクロンたちの会話に棘を刺している。
マラビィは肩を竦めると
「お嬢ちゃんの大事なものに手を出した罰かな」
ぽつりと呟いた。
エリサはマラビィを一瞥したあと、ぷいっと顔を逸らした。可愛い仕草が相まって、怒っているというふてくされているように見える。
ミルシェが歩きだしたエリサをなだめに向かった。
エリサはガラスケースの前で立ち止まると、ふと中に入っていた商品を指さして言った。
「クロン、買う物がないのならこれにしない?」
「え?」
彼女が指さした商品が何か分からず商品説明を探す。背伸びをして説明欄の記載に目を通した。
「欲しいの?」
クロンが驚いたように問う。
「ええ、とっても」
「…………結構高いな」
しばらくの間、エリサとクロンが見つめ合う。
値札を確認してなかなかの値段に僕も驚いた。エリサの金銭感覚的にはどうなのか分からないけど、僕や今のクロンがさっと出せる金額ではない。
エリサがねだってきたということは、彼女の所持金も僕らと同じくらいになってきたのか。そう思うと自然と親近感が湧いてきた。
「大丈夫よ」
エリサが突然マラビィの方を向いたと思えば
「ね?」
と彼女にいたずらっぽい笑みを送った。何か企んでいるのだろうけど、エリサがマラビィに笑顔を向けるのは初めてな気がする。
すぐ意図に気づいたマラビィが1つ息を吐いた。背筋を伸ばしたままエリサに近づいていく。
エリサの正面にたどりついてから膝を床に落とした。それから
「希望は?」
「半分」
「変なところで謙虚じゃないか。いいだろう。その代わり」
「許して欲しいって? それはソラに訊いて」
マラビィは「違うさ」と首を横に振って
「せっかく私と違って可愛いんだ。その笑顔もっと私に見せてくれな」
とエリサに向けてニカッと笑った。
眉間にシワを寄せるエリサだけど、案外満更でもなさそうで安心した。
よかった、なんだかんだ良い関係になれそうだ、この2人。
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