モルトゥルク編 第二十七話 違和感と覚悟
巡回中の『魔討士団』の隊員にギルドへの通報とクラージへの報告を頼み、それからギルド専属の聖職者に被害者の女性を引き渡した。
ミルシェの治癒によってその場では命を繋ぎとめた女性だったが、まだ意識は戻らず本人の生命力に委ねるしかないとのことだった。
「お疲れ様」
力不足を嘆くミルシェに3人で労いの言葉をかける。彼女がいなかったら女性はその場で死亡が確認されていただろう。
致命傷を1人で治癒する彼女はやっぱり一流の聖職者だ。
「あんな堂々とした犯行、どういうことだろう?」
「逃げ切れると思ったんじゃないですか? 実際クロンがいなかったら逃げられていたかもしれませんし」
「一本道でねぇ」
釈然としていない様子のクロン。
実は僕もあまり納得をしていない。
路地の出口付近での犯行も、被害者の悲鳴を許したことも、逃げ道の少ない場所を選んだことも、半年間捕まっていない犯人とは思えない無警戒さだ。
まるで自分から捕まりにいっているみたい。
「しかし驚きました。あんなに街を騒がせていた殺人犯をこんな簡単に捕まえるなんて。みなさん凄いです!」
「あまり実感がないですけどね」
キルガレスの絶賛にクロンが苦笑いを返す。
「お店の方は大丈夫なんですか?」
ミルシェが尋ねる。
「ええ、今は臨時休業にしているので」
「なにか用事でも?」
「まぁ、そんなところです」
今の時期に臨時休業とは珍しい。月鏡祭に備えて準備があるのだろうか。
「そういば、孤児院の子たちがエルと一緒に僕のお店に絵を飾ってくれるそうなんですよ」
「孤児院の子たち?」
「なんでも絵が凄く上手な子がいて、是非とも店前に飾らせてほしいと。エルの入れ知恵でしょうね」
「エルティナさんらしいですね。でもいいんですか?」
「稼ぎにがっつくのもいいですが、やっぱりお祭りはモルトゥルクの人たちみんなで楽しみたいので。孤児院の子たちが僕のお店のために描いてくれるなんて素敵じゃないですか」
キルガレスの柔らかな物言いに「ですね」と頷くミルシェ。
騒がしさが増している中層地区を歩いていて思っていたけど、改めて月鏡祭の開催が近づいているのを感じる。
「それでは僕はこれで」
用事があるというキルガレスと別れる。
僕らも歩きだそうかとクロンを一瞥すると、彼は駆け足で去って行くキルガレスを真っ直ぐ見つめていた。
「どうしたんですか?」
「あ、いやなんでもない」
「ん?」
様子のおかしいクロンに首を傾げるが、クロンはさっさとキルガレスから視線を切ると
「さて、じゃあクラージ隊長に会いに行くか」
とギルドに向けて歩きだした。
* * *
「ソラさん」
ギルド内で休憩していた僕らをギルド嬢が呼ぶ。僕の名前が呼ばれたことに1度驚くが、すぐに澄まし顔に戻して「はい」と立ち上がった。
クロンの名前を明かさないための措置として僕の名前を使ったんだった。
「お仲間の方も一緒にお願いします」
ギルド嬢の言葉にクロンたちも椅子から腰を上げた。
「どうぞこちらです」
案内に従ってカウンターの裏へと通される。
そんな僕らを何事かと追いかける視線を感じるが、みんなすぐに興味をなくして仲間との談笑に戻っていた。祭りが近づいて浮かれているからだろう。
通された部屋はタルカルにいたときに通された部屋とは異なり、広い執務室のような部屋だった。中央にはソファが並べられ、部屋の奥には書類の山が築かれた横長の机が配置されている。
「ここでお待ちください」
ギルド嬢が退室する。
室内をキョロキョロしていると座るより先に扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
僕の言葉に扉が開かれる。
威厳のある顔つきをしたクラージが立っていた。クラージ邸で見せていた気の良いおじさんという印象とはほど遠い。険しい表情で今にも怒りだしそう。
クラージは一緒にいた冒険者やギルド職員から1人離れると、部屋に入って後ろ手で扉を閉めた。
「どうでしたか?」
クロンが一歩前にでてクラージに問う。
「少し前に目を覚ましたから、すぐに事情聴取を開始した」
そう言ったクラージは「ただ……」と溜息を吐き出して、威厳のある表情に疲れを露わにした。
「自分はやってないの一点張りでな。認めれば死刑だろうから当たり前ではあるんだが……どうもどうして自分が捕らえられているのか分からない様子で、半分錯乱状態なんだ」
やっていないと言われても僕らはあいつが逃げ去った現場に居合わせたわけで。いわば現行犯だった。
いくらなんでも厳しすぎる。
「男はなんて?」
「今朝仲間と朝食を食べたとこまでは覚えているがそれ以降は記憶が曖昧で、気づいたらここで捕まっていたと」
「珍しい言い訳ですね」
「普通はそんな言い分、一喝して終わりなんだが…………あいつの尋常ではない、なんていうか戸惑い方というか。仲間の女性が被害に遭ったと知ったときも酷く錯乱していた。あんなやつ初めてだ。会ってみるか?」
クロンが大きく首を横に振る。
これまで何人もの犯罪者を見てきたクラージがここまで動揺するとは。エリサとミルシェと顔を合わせて3人で首を傾げる。
モヤモヤが残ったまま事件が終わってしまう。全然スッキリしない。
「悪いが報酬はもう少し待ってくれ。自白しなくてもしばらく経てば、犯人として捕らえることになるだろう。そこまではモルトゥルクに滞在してくれると助かる」
「それは構いませんが、いいんですか? 自白しなくても逮捕なんかして」
「もともとあいつは現行犯だから自白なんて関係ないんだ。それにこの事件の影響で怯えている隊員がたくさんいる。せっかくの年に1度の月鏡祭なんだ、なんの不安も心配もせずに臨んでほしい」
我が子を思うような目をしたクラージにクロンが「分かりました」と返す。
僕らだって報酬を貰ったとしても月鏡祭には参加したい。それまでに貰えるというのなら断る理由は特になかった。
クラージとともにギルドを出ると空には夕焼けが広がっていた。今日は怒濤の1日だったなと感傷に浸る。
中層地区へ戻る橋を渡っている最中、気になって水路を覗いてみた。
夕日が水面に反射していまいち色の違いが分からなかったけど、たしかにいつもよりも濁っているような感じがする。
「ソラ、落ちたら危ないよ」
クロンに言われて顔を引っ込める。
『危ないからダメだよ』
ふと頭に声がした。いつだったかハノークと交わした会話の一部が急に蘇る。
水路に毒が撒かれたことを知ったら、彼は欄干に腰掛けるのを止めるだろうか。きっと「俺は大丈夫」だと高をくくって格好つけるだろう。
彼と話すのもあと数回になってしまうのか。寂しさを感じた自分に驚くと同時に、彼を友達だと考えていた事実に口元が綻んだ。
中層の賑やかな声を聞きながら宿を目指す。明日からはクロンの正体がバレない程度に遊ぶことができる、そう思うと心が躍った。
今日が終わっていく。待ちわびた人々の歓声をその身に受けながら。
月鏡祭まで残り1日。
* * *
短剣を元の場所へ戻す。刃部分が若干長いそれは鞘から抜けば、吸い込まれそうな漆黒の肌を見せてくれる。
誰もいない室内にただ荒い息づかいだけが響く。興奮しているのが自分でも分かった。
人々の陽気な声が聞こえてくるたび、男の敏感な神経が強く反応する。誰にも見られているはずないのに誰かが監視しているように感じられて、戸締まりを何度も確認した。
覚悟が決まっていない。
理解していた。結局自分にはこんなことできないのだと。
けれどもし背中を押してくれる何かがあったら、きっと理性の制御が効かなくなることも同時に悟っていた。
そんな瞬間が訪れてほしいようなほしくないような。自分がどちらを望んでいるのか、結論がでないまま男は1人眠りについた。
ここまでお読みいただきありがとうございます
次の投稿はあさってです




