タルカル編 第二話 早すぎる再会
本日3話目、ラストです!
明日は2本投稿予定です
転がっている男に意識がむかないのは、目の前で拳を解いた青年にすべての感情を奪われたから。
「クロンさん!?」
茶髪に深碧の瞳を光らせた青年は、あの日僕に旅立つきっかけを与えてくれたクロンだった。
「ソラくん!? なんで!?」
こっちのセリフだ。なんでクロンがタルカルの、それにこんな路地裏でチンピラに絡まれているんだ。
「冒険者になったんですよ。クロンさんこそどうして」
「いやぁ実は……」
「おい! なにこっち無視して話してんだこらぁ!」
特に特徴のない長髪男の付属品が拳を振り上げながら迫ってくる。クロンがいるからか平常心で男の荒ぶりを眺めている自分に驚いた。
「ぐへぇっ!」
予想に反することもなく意識のない仲間の元へあっけなく倒れ込んだ。クロンの蔑んだ目にこちらも身震いしてしまう。
「あまり事を大きくしたくないのに」
気怠そうにクロンが言う。
「とりあえず早くこの場から逃げよう」
「この人たちはどうするんですか?」
「大丈夫。このての輩は自分より強い相手には手出ししてこない臆病者だ。報復の心配はない」
彼らの真っ赤に膨れあがった顔面を心配したんが、クロンにとってはどうでもいいことらしい。もしかしたら気絶程度に手加減したのかもしれない。
さっさと離れるクロンに慌ててついていく。倒れている男たちに一瞥もくれないクロンを頼もしくも少し残酷に感じた。
表通りに出た僕らは、出口のある商店街の端を目指すことにした。
「びっくりしましたよ。まさかあんなところでクロンさんに出会うなんて。しかもチンピラに絡まれてるし」
「完全に油断した。この格好のせいでチンピラどもの標的になるとは」
黒いローブで冒険者の装備をすっぽり包んだその容姿は、道に迷った内向的な青年を思わせる。以前出会った時とは雰囲気がまるで違っていた。
「そうですよ、その格好どうしたんですか? ここは冒険者も多いしそのままでも誰も気にかけませんよ」
冒険者が多い『獣通り』なら本格的な装備でも浮くことはないだろう。むしろトラブルを避ける魔除けになるかもしれない。
苦笑いを浮かべるクロン。
「いやぁ俺、一応有名なパーティーの一員だったからさ。俺のこと知っている人に仲間はどこだとか聞かれたらやっかいでしょ?」
自分の知名度は理解しているのか。
この様子からして意外と元パーティーからうけた心傷は紛らわすことができているようだ。
「たしかにそうですけど。だったら尚更こんなところにいないで”復讐”にでも行ったらどうですか?」
「なんかソラくん、あたり強くない?」
そんなことはないはずだ。チンピラから守ってくれたことは感謝しているし知っている人がいるだけで安心感がある。
「あんなこと言い残してすぐいなくなっちゃうんですもん。残された身にもなってください。クロンさんが帰ってこないことが僕のせいになったらどうしようとかいろいろ考えたんですよ」
孤独から解放された反動でつい余計なことを口ばしってしまった。
「手厳しいね。ご両親はなんて?」
「用事が長引いているんだろうとか、そのうち来るとか楽観的すぎて。こっちは助かりましたけど」
「それはよかった」
両脇に等間隔で並んだ街灯がぽつぽつと灯りだした。建物に囲まれているせいで『獣通り』の夜はほんの少しせっかちだ。
「ソラくんはこれからどこに?」
「ここら辺の地域は暗くなるのが今の時期早いですからね。ひとまず今日泊まる宿を探そうかなと」
クロンの目つきが変わった。面倒ごとの予感がする。
「実は俺、今日泊まるところ決めてなくてさ。ついて行ってもいいかな?」
「構いませんけど、宿なんて探せばたくさんありますよ」
「そうじゃなくて……」
上目遣いでこちらを見てくる。
申し訳なさそうな、それでいてどこか強欲な目線をうけ逃げだしたくなった。明らかにこちらに媚びて変な要求をしようとしている。
「泊めてくれない? 同じ部屋に」
「え?」
覚悟はしていたが予想以上に面倒くさいお願いだった。一流冒険者様が駆け出し者に宿乞食をするなんて。
僕の冒険者としての理想像が崩れていく。僕が十数年かけて築いてきた冒険者像を短期間に2度もぶち壊すとは。
「もちろんベットは使わないし、極力離れて寝るようにする」
「えっと……」
「お願い!」
出会った当初の誠実でクールな彼はどこいったんだ。これじゃあ立場が逆転しているじゃないか。
クロンがあまりの迫力で頼むものだから、すれ違う人々の視線が気になりだした。
「理由を聞いてもいいですか?」
「ハイドたちとの距離を一気に詰めるにはテレポートサービスを使うしかないんだけど、遠距離のテレポートはとても高いんだ」
「それで節約のために宿代を工面してくれと?」
ふざけているにもほどがある。宿代は部屋単位でしか掛からないため僕の出費が増えることはないが、何故僕が復讐の手助けをする必要があるんだ。
「節約というか……俺宿代もまともに持っていなくて」
「え!? じゃあお金の当てもないのに父さんの救いの手を払いのけて魔王城近辺まで行こうとしてたんですか!?」
「はい……てかやっぱりあたり強くない!?」
誰のせいだと思っているんだ。
「クロンさんは凄腕冒険者なんですからクエスト受注してさっと稼げばいいじゃないですか」
「もちろん始めはそのつもりだったんだ。金髪で丸顔のギルド嬢いたでしょ? あの人と俺らパーティーって結構仲良くってさ。ソラくんも知っているだろうけどクエスト受注するには一度カウンターで手続きする必要があって、そのときにもしそのギルド嬢にあたったら」
「仲間がいないと怪しまれる」
「そう! それに俺らが魔人を倒したことだって伝わっていると思うんだ。なのに今俺がタルカルにいるなんておかしいでしょ?」
分かった。この人は人一倍臆病なのだ。常に事態を予測し最悪を想定できるからこそ、そこから動けずにいる。おそらくハイドが起爆剤になって今までやってこれたのだろう。
「そんなわけでお願い!」
弱者を装って真実を知っている僕の寝首を……なんてことはしないだろうが、会って間もない他人と同じ部屋で過ごすのか。あまりいい気はしないな。
「分かりました。少しだけですよ?」
どうやらこの街で過ごすには僕も臆病過ぎるらしい。
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