モルトゥルク編 第二十五話 いるはずのない男
「待ってよエリサ、話聞いて」
エリサに腕を引っ張られながらモルトゥルクを駆け足で進む。僕を半ば引きずるように歩くエリサになんとかついていく。このままではまずいとは分かっているのに振りほどく余裕がない。
背後を見るとクロンとミルシェが遙か遠くで暢気に話しながらこちらに歩いてきていた。恨めしい視線を2人にこれでもかと送る。
クロン監修のもと、ハノークについてエリサとミルシェに説明したのが今朝。朝食を食べながら簡単に昨日の出来事を話した。その時点でエリサの機嫌が悪いことは分かっていたけど、クロンもいるしなんとかなるだろうと楽観視していた。
そして今にいたる。
「別にハノークは悪い人じゃないって」
「そうね。野盗がでる森に駆け出し魔法使いを連れ込む、危機感の欠けたただの愚か者」
「そんな言い方……うわっ!」
エリサの腕を引く力がさらに強くなって体勢を崩しかけた。もつれる足を立て直し、握りしめる魔法杖で地面をつついて何とかくらいつく。
エリサの向かう先は下層地区。おそらく僕らが落ち合っていた東側の橋へ向かっている。
ハノークはもういないと思うけど、この勢いは下層地区すべてを回って彼を見つけ出すつもりだ。
ここはあえてエリサたちにハノークを紹介して――――最悪朝の外出が禁止になるかもしれない、やっぱりダメだ。あの男が誠実に対応するはずがない。
そんなことを考えているときだった。
「イェーイ!」
横道から突然現れた子どもに僕とエリサは体勢を崩した。
躱そうと身体を捻った方向がエリサと真逆だったため、手の接続が切れて反動で尻もちをつく。エリサはよろけるだけで僕みたいに倒れることはなかった。
「痛ててて……」
尻もちをついた体勢で腰をさすった。どうにも最近転ぶことが多い気がする。転がった魔法杖を手探りで見つけて、老人みたいによろよろと立ち上がった。
飛び出してきた子どもを確認すると、いつの間にか2人に増えていて心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫」だと伝えに行こうとしたとき、子どもたちの怯えたような表情が僕を見ていないことに気がついた。
「ソラ…………」
エリサの声に振り返ると、僕の真後ろで立ち止まっている男性が視界に入ってくる。くねくねうねった緑色の短髪に、真っ黒な瞳を持つ男性だった。
どうやら僕が彼の進路を妨害してしまったらしい。
とんでもない威圧感だ。
不快感を隠すことなく僕を睨みつけるその視線に慌てて道を譲った。心の芯を直接突き刺すような鋭い視線に耐えきれなくなり目を逸らす。
男性は「すいません」と頭を下げる僕を睨みつけたまま通り過ぎていった。
ホッと胸を撫で下ろす。
喧嘩したわけでも文句を言われたわけでもない。大した出来事ではなかったけど、違和感が僕の心に残っていた。
あの男性の表情はどちらかというと――――――『怒り』というより『怖れ』?
『なんであいつが』
「え…………?」
何か男性が呟いた気がして振り返る。しかし脇道が多いせいかもう男性の姿は見当たらなかった。
何だったんだろう、今の人…………
「はしゃぎすぎだって、ジン」
「ヒナだって一緒に走ってたじゃん」
飛び出してきた2人の子どもが言い合いをしながら僕のもとへ歩いてきた。
「ごめんなさい、怪我はないですか?」
後から来た子どもが先に謝ってくる。すらっとした細身の少年だった。ずいぶんしっかりした子だ。
「大丈夫だよ」と伝えると安堵の表情を浮かべる2人。それから先に飛び出してきた褐色肌の子ども「ごめん」と謝った。
エリサが僕らに近寄ってきくる。
「ところできみ何歳?」
「え?」
褐色肌の子どもがいきなり尋ねてきた。「きみ」なんて言われると思っていなかったから少し面食ってしまう。
「同い年くらいかなって。俺ら10歳!」
悪気の感じられない無邪気な質問に言葉が詰まった。
子どもの残酷さというべきか、まだ悪気がある方が楽だ。嘘をつくかほんとうの年齢を伝えるか。どちらでも心が痛む。
もしかしたら13歳と10歳は誤差なのか? 別に普通のことなのか?
「ソラは子どもっぽいけど、これでもきみたちより3つも年上なのよ」
エリサが僕の葛藤に割って入ってきた。しっかりと余計な言葉を添えて。
「え!? そうなの!?」
本気の反応に心が抉られる。この場で泣けるかもしれない。
「それよりも今の時期、子どもたちだけで中層地区には入らないほうがいいわ。大人の邪魔になるから」
「そうだった! 早く戻らないと!」
そう言うと子どもたちは「ばいばーい」と手を振りながら来た道へ引き返して行ってしまった。突風が走り去ったみたいな感覚。
褐色肌の子が細身の子を引っ張っている。さっきまでの僕らと重なって見えた。
子どもたちが見えなくなったあと、自然にエリサと目が合う。
落ち込んでいる僕にエリサがわざとらしく溜息をついた。それから僕の腕に伸ばしかけた手を途中で引っ込めると。
「早く行くわよ」
それだけ言い残して歩きだした。
すぐに振り返って僕がついてきていないことに顔をしかめている。引っ張ることは止めてもハノーク探索は諦めないらしい。
結局、観念して僕が歩きだしたタイミングでクロンたちが追いついたため、エリサの下層地区へ向かう計画は未遂行に終わった。
それから僕たちの日々は特に何のハプニングも発展もせずに過ぎ去っていった。
日中は情報収集やスキル向上に使い、日が落ちたらクラージと共有する。ときにはクエストに赴いて戦闘感を養う。
僕だけは毎日早朝にモルトゥルクの街を散歩して、ハノークと何気ない会話を交わした。
モルトゥルクでの繰り返しの毎日。
そんな日々も祭りが近づくにつれて活気づく街に流されるようになった。陽気な音楽が色づくモルトゥルクを包み込む。下層地区の住人もだんだんと中層地区の様子を窺いに足を運ぶようになり、露店も徐々に目立ってきた。
冒険者を称える祭り。魔討士団が1年で一番輝く日。
月鏡祭まで残り2日。
* * *
何の因果か宿命か。役者はやはり引き寄せられる運命にあるのか。
「クラージ、ソグルム」
2つの忌々しい名を呟く。
かつてこの地で撤退を余儀なくされることになった元凶。男の素晴らしい計画に水を差した2人の冒険者。
片方は『魔討士団』の隊長の座についたと聞いた。あの日殺された隊長、突然空いた頂の席、降って湧いた出世機会にまんまとあいつは乗ったのだ。
もう片方は冒険者の世界から姿を消した。死んだのか引退したのかは分からない。少なくとももう出会うことはない、はずだったのに
『すいません』
怒りで頭に血がのぼる。
あいつがいたことじゃない。あいつの存在を認めたときに恐れを抱いた自分に腹が立って仕方がないのだ。
今回の計画は完璧なはずだった。必ず皆殺しにできる、自信もそれに足る根拠もある。
それなのに――――
首元に巻きついた相棒が紅潮した顔面をチロチロ舐めてくる。自分よりも冷静な相棒を見ていると、おのずと苛立ちが和らいだ。
大丈夫。すべての準備は整った。種も蒔いた。
あとは待つのみ。忌々しい冒険者どもの命日に相応しい、街中が浮かれ立って迫る危機にも盲目となるあの日まで。
モルトゥルク襲撃
カウント2:水路に毒が撒かれていることに気づく
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