モルトゥルク編 第二十三話 動機
仕事中だったクラージが職務に戻り、部屋には僕らとマラビィだけが残った。気が済んだら勝手に出ていってくれて構わないとのことだ。
本当はマラビィにも退室して欲しかったけど、さっきからクロンに再戦をねだって、ぐだぐだ部屋に居座っている。
「本気の戦いをやろうじゃないか。あのときのリベンジをしたいんだ」
「ですからあのとき戦ったのは俺じゃなくてハイドたちじゃないですか」
「だったらハイド青年を呼んでくれないか」
無茶苦茶なことばかり口にするマラビィ。げんなりと僕らに助けを請うクロンだが、あまり関わりたくないので、エリサもミルシェも見て見ぬ振りをしている。
クロンと目が合った。「どうにかしてくれ」クロンがそう言っている気がする。
「マラビィさん、少しいいですか?」
迷惑をかけたお詫びと、ほんの少しの好奇心で彼女を呼んだ。
「どうした少年」
マラビィが近づいてくる。
僕は今、ベットから降りて窓際の椅子に腰掛けている。ほんとうは壁際に置かれたいつもの格好に着替えたいけど、まだエリサたちがいるため寝間着のままだ。
近づいてきたマラビィにしゃがむよう促す。彼女の顔が届く位置にあることを確かめてから
「僕と一緒にいた青年は、どうなりましたか?」
と耳打ちした。
さっきからハノークのことが気になって仕方がない。無事だというならどうせ翌朝に会えるとは思うけど、早めに彼の無事を確かめたかった。
まさか木の実泥棒で捕まったなんてこと…………ないよな?
マラビィは僕と目線を合わせると、声量を絞って教えてくれた。
「もう帰ったんじゃないか? 少年が気絶したあと青年が攻撃を止めたんだ。私を知っている風だったし、少年を傷つけなかったことで話し合いができると思ったのかもな。私も青年が悪い奴じゃないって分かったから攻撃を止めてあげたのさ」
ドヤ顔を向けてくるが無視。
「その場で簡単に事情を聞いて解放した。木の実採集なんて可愛いことしてるじゃないか」
コツンと僕の額をつつくマラビィ。僕が顔をしかめると、彼女はまたニカッと笑って立ち上がった。
「さて、私はここらへんで失礼する」
心変わりでもしたのか高々と宣言する彼女。
ぐるっと部屋を見渡したマラビィは最後にもう一度クロンを見つめると
「いつでも待っているからな」
と凜々しい表情でそう言った。
「俺たちもそろそろ行こうか。これ以上迷惑はかけられない」
「そうね。ソラも無事みたいだし」
クロンの言葉にみんなが立ち上がった。
エリサは長時間座っていのだろう、可愛らしく背伸びをして「ふわぁー」と欠伸をしている。
「この服って誰のですかね?」
「この屋敷にあったやつらしいから、適当に置いといていいってさ」
「分かりました」
着替えようかと服に手をかけたところで、まじまじと僕を見つめるクロンたちに気がついた。
「えっと、着替えるので先行っててください」
「それくらい待ってるよ」
「いや、その…………」
エリサとミルシェを交互に見つめて困惑する。さすがに2人がいる空間で着替えるのは恥ずかしい。
ミルシェは僕の視線に気づいたのだろう「私出てるね」と扉に向かって歩きだした。エリサはいまだに動こうとしない。たぶん素で気がついていない。
「エリサちゃん、先に行こ」
ミルシェに引っ張られるような形でエリサが退室する。
クロンと僕だけになった部屋に安心の息をついていると
「俺も出ていったほうがいい?」
ニヤけ顔でクロンが尋ねてきた。
「いいですよ。だいたいいつも同じ部屋じゃないですか」
エリサたちを待たせるわけにもいかないので、さっさと着替えを始めた。寝起きだから朝のような感覚だけど、もう窓の外には夕焼けが広がっている。
着慣れた衣服に袖を通すとその重さによろけてしまった。やっぱりまだ身体の疲れがとれていないみたいだ。
立てかけてあった花の模倣があしらわれた魔法杖の感触をたしかめる。僕のもので間違いない。
クロンはそんな僕に目線を送らずに、窓の外を眺めながら
「ほんとうに無事でよかった」
そう1人呟いた。
* * *
身体が羽のように軽い。昨日早めに寝たことが幸いしているのかもしれない。
あまり眠くはなかったけど、過保護な仲間の言いなりになっていたら、気がつけば宿のベットの上だった。気絶を睡眠であると考えると昨日はいつもの倍近く寝ていただろう。
今日は長居するつもりはない。というかあんなことがあった翌日の早朝に1人で出掛けるなんてどうかしている。見つかったら嫌味を言われかねない。
聞きたいことを聞いたらすぐに宿に戻るつもりだった。クロンが起きる前に戻ることができたら文句なし。
風を切って進む感覚。誰も僕について来られないような、圧倒的なスピードを手に入れた気になる。実際は風に乗っているどころか、大人の走る速度より遅いだろう。
爽快感が全身を支配する。
水路に沿ってまだ眠りについているモルトゥルクを駆けていると
「おーい、大丈夫? まさか今日も来るとは思ってなかったよ――――って嘘でしょ!?」
「あ、ハノークさん」
聞こえてきたハノークの声に足を止めた。駆ける快感に目的を忘れて橋を通り過ぎていたらしい。
通り過ぎてしまった橋に駆け寄ると、そこにはいつも通り欄干に腰掛けたハノークがいた。
「こちらこそ、無事でよかったです」
ハノークを真似て欄干によじ登ろうとする僕を彼が慌てて止めた。
「危ないからダメだよ」
「落ちても水なので大丈夫ですよ。というよりハノークさんがそれを言うんですか?」
「慣れていないと危険なの。ほら下りて」
半分ぐらい腰掛けていたのに強引に持ち上げられてしまった。そのまま橋に下ろされる。
ハノークも溜息をついてぴょんと橋に足をつけた。
そんな優しい人だったっけ? 野盗が出る森に僕を連れて行くような彼の行動には見えなかった。昨日のことで危険に敏感になったのかもしれない。
首を傾げながら橋の上から水路を覗いてみる。高さはあるけど静かに流れる水が衝撃を吸収してくれるだろう。
水路に流れる水を見つめているうちに、いつもと何かが違うことに気がついた。
なんだろう? いつもより水が濁っているような。いや、濁っているというより透明な水色だった清水が青みを帯びている。
最近雨は降っていないし光の反射というわけでもなさそうだ。やっぱり気のせいだろうか。
「それで、聞きたいことはなに?」
ぼーっと考え込む僕にハノークが話しかけてきた。
そうだった、早く用事を済ませないといけないんだった。
水路から目線を外してハノークを見つめる。
「どれから聞こうかな。じゃあ僕が気絶してからのことを聞いてもいいですか?」
「落下してきたソラをあいつ、もう正体は知ってると思うけど副隊長が樹霊魔法で受け止めた。俺の記憶ではあんな優しいことをするやつじゃないから、改心したのかと敵意を解いたら攻撃を止めてくれたのさ。やり合った相手に慈悲をかけられるなんてね」
自嘲しながら懐から細い魔法杖をだして宙に投げるハノーク。
「尋問されたあと解放されたと」
「よく分かったね、まあ聞いてるか。クラージ邸に運ばれたんだもんね?」
「知ってるんですか?」
「うん。誤解を解いたら今度はソラをどうするかってことになって。あいつが運んでったよ、担いで」
「担いで!?」
マラビィに担がれてモルトゥルク内を運ばれる自分を想像する。
道行く人々はみな何事かと視線を送りさまざまな噂が飛び交う。また彼女の被害者が出たと憐れまれたかもしれない。立派な晒し者だ。
どうしよう、モルトゥルクを歩くのが嫌になってきた。
「ちなみに木の実は没収されなかった。たぶん興味なかったんだろうね。助かったよ」
「それはよかったですね」
僕と対照的に上機嫌なハノーク。
「ではそろそろいいですか?」
沈んでいく気分を晴らすためにもう一つの質問をすることにした。どちらかというとこっちが本命だ。
「なに? 察しはついてるけど」
「木の実採集の報酬として――――」
「とっておきの木の実が欲しいと。分かった明日持ってくる」
「…………嬉しいですけど違います」
あまりもったいぶらないでほしい。ハノークのせいでこんな目にあったんだ。今度は絶対にはぐらかされてなるものか。
「教えてください。ハノークさんが気づいた犯人についての推理を」
「ふん。やっぱりそれだったか」
ハノークはそう言うと魔法杖を上空に勢いよく投げた。回転しながら半透明な空に舞い上がる。
「尖っているから危ないな」なんて考えていると
「ソラ、まず注目すべきは犯人の動機だよ」
「動機? 恨みとか?」
「殺しの動機じゃない」
ハノークの上空から魔法杖が落下してくる。
彼は先端を避けながら見事手中に収めてから、魔法杖を僕に突き立てて言った。
「どうして犯人は殺傷能力の低い”短剣”を使っているのかってことさ」
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