モルトゥルク編 第二十二話 魔法に見せかけた魔法
「え、え、どうして…………」
「ソラ知り合いなの?」
「え……? だ、だって…………」
動揺が隠せない僕にエリサが問いかけてくる。
知っているも何も、あの女性こそがハノークを圧倒して、僕を殺しかけた魔法使いだ。どうして彼女がここに?
彼女の佇まいも鋭い目つきも、あの襲撃を想起させる。
野盗を難なく倒してできた油断を突かれた。ハノークの体術と魔法、そして彼女の樹霊魔法。彼女放たれた樹木は戦闘を邪魔した僕の額に突き刺さる。
湧き上がる恐怖にもう一度頭を押さえた。
「そんな怖がらなくてもよくないか?」
女性が僕に向けまたニカっと笑った。
その笑顔が不気味で手元の掛け布団を引っ張った。上半身にも布団をかけて身体を覆う。寒くないのに寒気で震えが止まらない。
「あなただったんですね。ソラを襲ったのは」
クロンが女性に話しかけた。知り合いに話しかけるみたいな、敵意が感じられない口調だった。
「えっと、誰なんです?」
置いていかれている僕らを代表してミルシェが尋ねる。
彼女の疑問を受けクラージが女性に目で合図した。女性は一歩前に出ると、腰に手をあて胸を張る。
そして口角を横に伸ばした彼女は、凜々しい視線を向けながら
「私の名はマラビィ。『魔討士団』で副隊長を務めている」
と得意げに言った。
* * *
衝撃的な告白を受けてから気持ちの整理が着くまでしばらくの時間を要した。
申し訳なさそうなクラージと、敬意を払いつつも呆れているクロンからの説明によるとこういうことらしい。
マラビィは自己紹介の通り、『魔討士団』で副隊長を務める女性で、凜々しい口調と勝ち気な性格を持つ、エリートの戦闘狂。洗練された魔法と身体能力の高さによって、モルトゥルクの魔法使いの中では頭1つ抜けた実力者らしい。特に彼女の操る樹霊魔法は、発動さえできればクラージですら敵わない。
ここまで聞くと副隊長の肩書きにふさわしい人物に思えるけど、問題はここからだ。
彼女は治安維持のための見回りにとことん向いていない。
少しでも怪しい人物を見つけたら、尋問や監視を飛ばして実力行使を行うのが彼女のやり方。まずは相手を気絶させる。それから逃げられない場所に運んで、本当に怪しい人物かを万全の態勢で確認する。
相手の身の安全を考慮しない確保方法のせいで、無実の人間に怪我を負わせることもよくあるという。
『犯行現場に出くわす可能性よりも、怪しいやつが危険人物である可能性の方が高い』
こう豪語する彼女は実際この方法で数多くの危険人物を取り締まってきたそうだ。犯罪を志しただけで彼女の餌食になる可能性がある、そんな恐怖心を植え付けることで羽目を外す住人の数を減らすことに成功していると。
彼女の無茶苦茶な言動が許されているのは成果が伴っているから。
そこまでの説明を聞いて、僕らが狙われた理由の察しがついた。
僕らはマラビィに怪しまれていたんだ。
どこからか聞こえる悲鳴と戦闘音。その場所に赴くと親しげに話す僕らと倒れた4人の人物。怪しまれる要素の塊である。
「私だって初めは野盗に襲われたところを撃退しただけかと思ったさ。けれどたった2人で野盗4人を倒すなんて相当な実力じゃないか。しかも魔討士団の冒険者ではない。加えてあんな場所にわざわざ入る理由だって思いつかない。いつも通り怪しい要素があったから制圧したのさ」
悪びれる素振りも見せないどころか、どこか満足そうに語るマラビィ。クロンとクラージは慣れているのか諦めているのか何も言わない。
逆にミルシェはあり得ないものを目撃したかのように、ポカーンと口を開けて唖然としている。
「だからソラを危険な目に遭わせたっていうの?」
ただマラビィに圧倒されている僕らの中で、唯一彼女を睨んで離さないエリサが鋭く言う。怒気をはらんだ口調だった。
エリサの怒りが隣から伝わってきた。僕を危険な目に遭わせたマラビィを非難して、悪びれることもしない彼女に「間違っている」と訴えている。
「樹霊魔法で気絶させるなんて、まともな方法じゃないわ」
エリサの言葉に心の中で深く頷いた。
樹霊魔法で僕を、ハノークを襲ったマラビィ。いくら気絶させるためだったとはいえ、あんな容赦ない攻撃、一生のトラウマになる可能性だってある。
何より僕は死にかけたんだ。頭を狙う必要が果たしてあるのか。
「思いのほか強くて興奮してしまってな。本当は使うつもりなかったんだ」
「結局強いやつと戦いたかっただけなんだろ?」
クラージがぴしゃりと言う。
「それはすまない、否定はできない。けれど私なりの正義感で行動したのも事実さ。隊長、少年と一緒にいた青年が先に仕掛けてきたんだ、仕方がないと思わないか?」
「俺は現場を見ていないからなんともいえん」
ばつが悪くなったのかクラージのフォローを求めている。少しかっこ悪い。
「こうして無事だったから大丈夫だよ、エリサ」
掛け布団を上半身から下ろしてピンピンの身体を隣のエリサに見せつける。こうでもしないと彼女の気が収まりそうになかった。
むっと僕を睨むエリサに怯みつつ笑顔を返す。
こうしてみると魔力切れに対する怠さはあるけど、身体はどこも痛くない。あんな高い所から落ちて樹木まで突き刺さって。どういうことだろう。
「クラージ隊長、僕を治療してくれた人は誰ですか? お礼がしたいんですが」
「ん? ソラくんは怪我してなかったから、治療はしてないぞ。気絶してたのと魔力切れっぽかったから寝かせただけで」
「え?」
怪我をしていない? そんな馬鹿な。
「いや僕、マラビィさんの樹霊魔法が頭に刺さったはずなんですけど…………」
「「「え!?」」」
クロンたち3人が驚きの声をあげる。それからマラビィを睨みつけた。
クロンたちの訝しんだ目線を受けたマラビィ。しかし怯むことなく澄まし顔に戻って僕を指さすと
「少年、私はきみに危害を加えていない」
そう断言した。
「そんなわけが――――」
「少年が気絶したのは私が見せた幻影のせいさ」
幻影…………?
「最後に少年に伸ばした樹木は樹霊魔法で生成したものじゃない。私の幻術魔法で見せた幻。おそらく頭に刺さったと勘違いして気絶してしまったのだな」
うそ…………
『推理とはいかにして断片的な情報を繋いで真実という像を鮮明に描くかだよ』
「あ……」
ハノークの背後から忽然と姿を消したマラビィ。杖も使わずに僕らの上空に移動して静止して見せた。そしてまた忽然と姿を消して野盗の元へ現れた。
杖を使わずに飛行魔法なんて操ることはできない。不可能を目の当たりにしたら事実だけを抜き取って考えればいい。
飛行魔法で浮いていたわけではない。
瞬間移動していたわけではない。
本体は初めから木陰に隠れていたんだ。魔法使いらしく魔法杖を片手に、幻術魔法で僕らに幻影を見せつけながら。
見開いた目を閉じることができない。受け取った衝撃が身体と意識の接続を遮断してしまっていた。
あんぐり口を開いて固まった僕に代わってクロンが尋ねる。
「ソラのこの反応からして事実みたいですね。あれから少しは変わったみたいで良かったです」
「クロンさん、マラビィさんのこと知っているの?」
「モルトゥルクの近くで1度出会ったことがあるんだ。魔族の調査をしていたら、いきなり襲いかかってきた」
マラビィを一瞥するクロン。
「それで! 結果は?」
「ミルシェ、なんかワクワクしてない?」
「そ、そんなことないよー」
グイッと顔をクロンに近づけて先を急かすミルシェは、明らかに落ち着きがない。強者同士の戦いに胸が高鳴っているみたい。
気まずそうに顔を逸らすマラビィをもう一度見てから、クロンが言った。
「俺ら5人でいたときに襲ってきたからな。もちろん押さえつけて誤解を解いたよ。俺がどうすべきか考えている間に、うちの近距離2人組が制圧してた」
「あれは相手の戦力を量り損ねた私のミスだ。もっと警戒した万全の状態なら、あと数十秒はもっていたさ」
なにを誇っているのか分からないけど、マラビィが得意げに敗戦を認めて胸を張っている。
彼女をいとも簡単にあしらうなんて勇者パーティーはやっぱり化け物だらけだ。
「勇者様に説教くらって、ソラに対しては痛めつけない方法を選んだのね」
「私だって良心がある。こんな子どもを痛めつけるなんて可哀想じゃないか」
僕が彼女の言葉に傷ついたと、おそらくクロンたちなら気づいてくれただろう。
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