モルトゥルク編 第二十話 メアリー
「メアリー」
目の前に佇む少女の名を呼ぶ。
「クロンさん……」
振り返った彼女と目が合った。
「そろそろ2人が出てきちゃう。行こう」
「でも、わたし院長先生に院長室前に呼ばれてるの」
「大丈夫、呼び出したの俺だから」
「え?」
目を丸くして固まるメアリー。不安そうな彼女を手招きして
「ほら、はやく離れないと。鉢合わせたら気まずいでしょ?」
と院長室に背を向けて歩きだす。
やがてメアリーは戸惑いながらもクロンのあとについていった。
「どうだった? さっきの話」
「どうって…………」
院長室から離れてからクロンが問いかけた。まだ戸惑い気味のメアリーはクロンと目を合わせることなく足元を見つめている。
「ヒナくんとジンくんの本音。何か考え方変わったんじゃない?」
「あれは院長先生の前だから仕方なく――――」
「あの2人のことはあまり分からないけど、嘘をつけるように見えないけどな。避難訓練のこともあっさり白状したし」
2人の本音を確かめるためにクロンもいろいろ策を考えた。けれど素直な子には正面から尋ねた方が良い。だから小細工なしに院長先生とエルティナに訊いてもらうことにした。
「直接言われると『気を遣っているんだ』なんて言い訳とか、2人の幼い容姿ばかりが象徴されて、正面から受け取ることできないと思って。だからこんなコソコソしてもらった。2人には何も伝えてないから、正真正銘彼らの本音だよ」
院長先生に2人についての情報を尋ねたときに、避難訓練でのエピソードを聞いた。そこをつけばメアリーについての思いが聞けると思ったのだが想像以上だった。
エルティナみたいなお節介が同室した方が心を開きやすいはず。クロンの読みは見事に的中した。
「やっぱりクロンさんは凄いね。構わない」
クロンの言葉に少し間を開けてから彼を見上げる少女は、いつもの彼女に戻っていた。
「実は扉越しにジンくんたちの言葉聞いてるとき嬉しくて、泣きそうになったの。あれが紛れもない本心だって分かってたから」
メアリーだってとっくに気づいていたのだろう。彼らが向ける友情の形に歳の差なんて関係なかったということを。そんな彼らの思いに気づいていながら見て見ぬ振りをしてきた自分の弱さを。
「でもわたし、どうすればいいのか分からないの。これまでと同じように接したら、また変わらない気がして。自信がない……」
メアリーの歩幅が徐々に小さくなっていく。弱気な心を反映しているみたいに。
クロンは彼女のペースに合わせつつ、廊下を外れた部屋の中から聞こえる無邪気な声を目で追った。
「メアリーは立派だよ」
クロンの隣で彼女が息を呑んだのが分かった。
「最年長としてみんなに気を配ってお世話して。俺らが居た頃よりも預けられる子が増えているはずなのに、1人で頑張って、とっても偉い」
エルティナを初めとして職員の方もいる。けれど孤児たちの目線に立って先導するためには、メアリーのように歳の近い子がリーダーとなった方が良い。
クロンたちが3人でやっていたことを彼女はたった1人でこなしていたのだ。
「けれどね、メアリーが思っている以上にみんな大人なんだ。特にジンくんとヒナくんはね。メアリーが気を抜いても安心できるくらい、立派に成長している」
今日初めて会ったクロンよりも、ずっと一緒に暮らしているメアリーこそ分かっているだろう。
「きっとメアリーは大人でいなきゃって思いのせいで、向けられた本当の友情に気づくことができなかったんだ。自分はあそこに行ってはいけないってね。そんなの悲しすぎるよ」
無意識で距離をとったのは別にみんなを下に見ていたわけではないのだろう。ただ大人な自分に責任を感じて、無理に背伸びしようとした結果なのだ。
どこからか笑い声が聞こえてくる。声色の異なるさまざまな声が混ざり合って、幸せな音色を奏でていた。
クロンが歩く速度を速めた。やがてメアリーを少し追い越し、正面に回って腰を落とす。
立ち止まったメアリーと目線を合わせると
「『同じ目線で楽しむ』相手を受け入れ、受け入れられる第一歩だ」
そう微笑んだ。
「同じ目線で…………? どうすれば…………」
「まずは自分のやりたいことを押しつけることかな。ゼロから友情を作るわけじゃないし、その方がメアリーに合ってる」
相手を常に考えるメアリーには『相手に押しつける強引さ』が必要だとクロンは思う。
「やりたいこと……?」
「メアリーが好きなこと」
「絵を描くとか?」
自信無さそうなメアリーにクロンは力強く頷いた。
立ち上がったクロンの耳にふと少年の声が届く。
「おーい、メアリー。何してるのー?」
クロンの正面、メアリーの背後から飛んできた声に彼女が振り返る。さっきまで扉越しで聞いていた馴染み深い声だ。
並んで歩く2人の少年の姿が視界に入る。
「あれ? クロン兄ちゃんじゃん。なに話してたのー?」
エルティナが話題に出し過ぎて自分の呼び名がすでに定まっていることに苦笑いするクロン。
パタパタと可愛らしい足音とともに2人の少年が駆け寄ってくる。メアリーは少し恥ずかしそうに2人から視線を逸らした。
「ちょうど良かった。さっそく入ろう」
クロンはそう言うと、すぐ傍にある部屋の扉を開いた。
「あ、来た来た!」
メアリーが目を見開いた。「わぁー!」という歓声とともにジンくんとヒナくんが部屋へ飛び込んでいく。
大きめの部屋の中には子どもたちが集まっていた。みんなカラフルな小さいボールや装飾品を持って騒いでいる。
色紙を丸めて繋げ、長い1本の鎖となった装飾が天井から垂れ下がっている。子どもたちが触るたびにフサフサと音をたてて揺れ、そこにさらに色紙を追加していく。
「これは……」
メアリーが一歩部屋へ入った。
「そろそろ月鏡祭でしょ? せっかくならこの孤児院も飾りつけしたらどうかなって。いままでやってなかったからさ」
月鏡祭では中層地区で楽しむのが普通なんて常識、小さな子どもの多い孤児院では少し不便だ。それなら孤児院内でも楽しめるようにしようという考え。中層地区の飾りつけ現場を見て思いついた案だ。
みすぼらしくなっても、孤児院内で楽しむ分には問題ないだろう。
けれどこの案にはもう一つ狙いがある。
「実はメアリーにお願いがあるんだ」
彼女の後ろ姿に話しかける。
メアリーが振り返った。
「メアリーには別のことを頼みたい」
「別のこと?」
「俺の、というかエルティナの知り合いが魔道具店をやっているんだけど、せっかくの祭りだというのに外装が寂しいんだ」
色気だった中層に取り残されたみたいに整然とした外装は、キルガレスのこだわりではなく、単純に飾りつけが苦手で興味もないからだとエルティナから聞いた。
こっちにはエルティナがいるのだから、少しぐらい外壁を好きに使ってもいいはず。そんな我が儘からの発案だった。
「メアリーにはそのお店の外に貼る絵を描いて欲しいんだ。お店の紹介絵でもいいし、ただのお祭り開催のポスターでもいい。好きに描いて良いからさ」
自分の絵が大勢に晒されるなんて普通の子どもなら恥ずかしいだろう。けれどメアリーの絵は小さい頃から大人と遜色ないくらい上手だった。今ならさらに上達しているに違いない。
是非街の人たちにも彼女を絵を見て欲しい。
「嬉しいけど…………そんな大事なこと私なんかじゃ」
「大丈夫、1人じゃないから」
「え……?」
「おーい、ジンくんヒナくん」
手を振って2人の少年を呼ぶ。
待っていたのだろう、ぴょこぴょこ跳びながら2人が駆けてきた。双子みたいに息ぴったりだ。
3人を前にしてクロンが言う。
「年上の3人に改めてお願いしたい。エルティナが手伝いをしているお店を助けて欲しい。あんな寂しい見た目だと、お祭り中誰も訪れてくれないかもしれない。それだとお店の危機だ。不器用な店主を救ってくれ」
「「もちろん!!」」
ジンくんとヒナくんが元気に応える。何も聞き返さない彼らだが、実は2人には院長室でエルティナから頼んであったのだ。
メアリーと一緒に3人で何かをするなんて久しぶりなのだろう。すっかりやる気な2人が微笑ましい。
「メアリー姉さんの絵が久しぶりに見られるなんて嬉しい! 僕ら絵はさっぱりだから迷惑かけるかも」
面食らった様子のメアリーだが、すぐに笑顔で2人を見つめた。
「そんなことないよ。一緒に頑張ろうね!」
メアリーがそう告げた瞬間、2人の顔に満面の笑みが咲いた。
『同じ目線で楽しむ』なんて初めは難しいかもしれないけど、メアリーも頑張ろうとしていることが分かってクロンは嬉しくなった。
「俺らの自由時間を使うんだから、なんかないのー? クロン兄ちゃーん」
「報酬を求めるなんて可愛らしくないな。ポスター作るにはお店を見なきゃいけないし、エルティナの付き添いで中層に行ってもいいって院長先生言ってたよ」
「「ほんと!?」」
「うん。けれどきみたちだけ得したなんて他の子たちが知ったら羨ましがるから、内緒にするんだよ」
「「分かった!」」
指を口元に立てるクロンの前で、ジンくんとヒナくんがハイタッチを決める。
それから当たり前のようにメアリーに手を向けて
「イエイ!」
と元気に手を合わせた。ジンくんは楽しそうに、ヒナくんとメアリーは少し恥ずかしそうに。
「エルティナ姉ちゃんが戻るまで作戦会議しようぜー」
ジンくんが室内へ駆け出す。その言葉につられてヒナくんも駆け出した。
「ほら、メアリー、はやくはやく!」
急かすジンくんにメアリーが「はやいよー」と返す。
「行ってきな。俺はそろそろ帰らないと」
クロンの言葉を受けたメアリーが、足を踏み出そうとして1度止める。それからクルッと身体を回転させるとクロンに顔を近づけ
「ありがとう! クロンさん」
と玄関で見せた無邪気な声と顔で笑った。
ジンくんたちのもとへ走って行く背中を確かめて部屋の扉を閉める。
大人として振る舞うことも大切だし立派だ。けれど思い切って子どもになってみるのも大人への階段を上っている最中の彼女にとって悪くないんじゃないかとクロンは思う。背伸びしすぎると疲れるし自分が今どこにいるのか分からなくなるから。
廊下を進むうちにエルティナと出会った。「まかせて!」と意気込む彼女を見送って院長室へ向かう。
「協力していただいてありがとうございます」
協力の礼と帰る旨を伝えて院長室をでた。どうせしばらくはモルトゥルクに滞在する。ここを訪れる機会だってまだあるはずだ。ちゃんとしたお別れの言葉はまた今度でいいだろう。
もうソラは帰っているだろうか。エリサとミルシェは楽しめただろうか。
1日会っていない今の仲間たちに思いを馳せつつ、クロンは孤児院を後にした。
孤児院からの帰り道。陽の光が燦々と斜めにクロンへ降り注いでいる。少し目線を上げるとすでに傾きだした太陽が見えた。
お節介をやきすぎてずいぶん孤児院にお邪魔になっていたらしい。
用事があるかのように孤児院を抜け出したが、特にやることはなかった。エルティナやメアリーたちとともにキル魔道具店を訪れることも考えたが、キルガレスとエルティナのいざこざの火種となりそうだったので遠慮した。それでは子どもたちが可哀想だ。
エリサとミルシェを探しつつ中層地区を回ろうか、なんて漠然と考えていたとき、目の前から走ってくる人が居た。
ちょうどクロンが探そうとしていたパーティー仲間の
「ミルシェー!」
手を振って彼女に合図する。見たところエリサはいない。1人で何か用事だろうか。
よっぽど急いで来たのだろう、彼女は大量の汗を流してぜいぜい肩で息をしていた。
クロンの前に到着したミルシェは、息を整えるより先にクロンの手首を力任せに掴んだ。
「うわっ! どうしたの?」
明らかに様子のおかしいミルシェにクロンは異常事態を悟る。
まさかエリサに何かあったんじゃないか。トラブルに巻き込まれてクロンに助けを求めているとしたら。
「はぁ……はぁ……大変なの! ソラくんが! ソラくんがぁぁ!」
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