モルトゥルク編 第十九話 密談
芝生の上ではさっきクロンを出迎えてくれた子どもたちが元気に遊んでいる。
1人の少年がボールを蹴飛ばした。それを別の少年が走って追っていき蹴り返す。スピンの掛かったボールは高い軌道を描きながら少年からだいぶ逸れて少女の後ろで止まった。
少女がボールに気がついて「いくよー」と少年に向けボールを投げ返した。少年は飛んできたボールを太ももに上手に乗せると、「ナイスボール」と少女にはつらつとした笑みを向ける。そしてもう一度前にいる少年に向けてボールを蹴り飛ばした。
「みんな元気でしょ?」
クロンの傍からメアリーがいなくなったあと、先に広場に来ていたエルティナがクロンのもと走って来て言った。
遊戯の時間が始まったのはさっきだというのに、彼女の顔には大粒の汗が浮き出ている。
「うん。良いことだね」
ふふっとエルティナが笑う。
「すごい元気だ」
「あ、今私のこと見て言った。キルのとこに行ってない日はいっつもここで遊んでるからね。冒険者たるもの、体力大事!」
「まだ冒険者じゃないだろ」
クロンが突っ込むがエルティナはお構いなしにドヤ顔を続ける。
広場の端にメアリーがちょこんと座っていることに気づいた。まだ幼い子どもたちが近くでじゃれ合っているのを優しい目で眺めている。
「なぁ、エルティナ」
「なに?」
「メアリーってさ、いつもあんな感じなの?」
エルティナがクロンの視線を追う。
「あんな感じっていうのは?」
「『遊戯の時間』はああやって小さい子たちを見守っているだけなの?」
あまり活発に運動するタイプではないことは知っている。自由時間では1人で絵を描いているような子だった。
子どもたちを見つめる彼女の目。柔らかな視線のずっと奥に、押し隠した悲しみが眠っている気がしてならなかった。
「そうだね。本人は身体を動かすことが苦手らしいから。みんな誘ってるんだけどね。特にあの2人」
「2人?」
エルティナが指す先にいたのは、ボールを蹴り合うさっきの少年たちだった。
「あそこのボール遊びしてる子いるでしょ? ヒナくんとジンくんって子で、クロンが出でった後に来た子たちかな」
2人で1つのボールを蹴り合う彼ら。メアリーが一番歳が近いと言っていた子たちだ。
『わたしには…………そんな人いないの』
メアリーの言葉が頭の中で反芻される。
「やっぱり居るんだよ」
「なに?」
小さな声で呟いたクロン。エルティナが聞き取れずに訊き返してくる。
メアリーは1人なんかじゃない。孤独を嫌いながら彼女は孤独を望んでいた。いや、孤独であるべきだと思い込んでいた。
不思議そうに「クロン? 聞いてるー?」とクロンの眼前に手を振るエルティナ。クロンの意識はそんな彼女の奥に座ったメアリーと2人の少年にあった。
「エルティナ」
「お、反応した。なーに?」
「手伝って欲しいことがあるんだけど」
クロンの言葉にエルティナがはっと目を見開いた。何をそんな驚くことがあるんだと不思議がるクロン。彼女の反応が状況とかみ合っていないように感じる。
何事かとエルティナを注視していると、瞳が徐々に潤んでいるように見えた。
(どうして!?)
訳が分からず動揺する。泣かせるようなことを言った覚えはない。
自分が泣きかけていることに気づいたエルティナが慌てて目を瞑る。何度か袖で目元を擦ったあと、「ごめん、何でもない」と首を何度か振って
「何をすればいいの?」
いつもの明るい調子でそう言った。
* * *
エルティナは院長室にいた。
「はいりなさい」
院長先生の言葉に院長室の扉が開かれる。
身長も雰囲気も似ている2人の少年が入ってきた。『遊戯の時間』で擦ったのだろう、2人とも長ズボンの膝あたりに緑色の痕が残っている。
「失礼します」
室内へ向けて一礼した後、少年は自分たちよりもはるかに大きい後ろの扉を閉めた。
いきなりの呼び出しに怯えた様子の2人。無理もない。いきなり院長先生に2人一緒に呼び出しを食らったのだ。今頃「何やらかしたっけ」と過去を振り返っているだろう。
「よく来てくれたねぇ。ああ、そこにいて」
自分の元へ歩いてこようとする2人を手で制して院長先生が立ち上がる。そんな様子をエルティナは少年たちから少し離れて見ていた。
今この部屋にいるのは少年2人と院長先生、それにエルティナだけだ。
『後で院長先生にヒナくんとジンくんを呼び出してもらうから、そこに立ち会って欲しい』
クロンの言葉を思い出す。
メアリーとヒナくんとジンくん、3人の話をしている最中にクロンが急にお願いしてきた。いきなりで少し感情が高ぶってしまったが何とか誤魔化したつもりだ。
「ヒナくんにジンくん。2人ともずいぶん大きくなったねぇ。もうお兄さんだ」
彼らと向かい合った院長先生が穏やかな表情で語り掛ける。
「院長先生、子ども扱いしすぎ! 俺たちもう大人だよ」
「どうして僕たちを呼んだんですか? またジンが何かやらかしましたか?」
「なんで俺なんだよ! 何もしてないって!」
2人の言い合いにも院長先生は笑みを崩さず、楽しそうに眺めている。
「実は聞きたいことがあってなぁ」
2人の背筋が伸びる。すでに怒られる覚悟を決めているみたい。
「前にやった避難訓練のこと覚えているかい?」
穏やかな口調で院長先生が問いかける。
魔族の襲撃に備えて孤児院では年に何度か避難訓練を実施している。先日の避難訓練は魔族が正面玄関から侵入してきたときを想定して実施された。
あの日メアリーは風邪を引いたため、1人避難訓練に参加しなかったらしい。エルティナがキルガレスのお店で手伝いをしていた日だ。
ヒナくんがジンくんを一瞥し、ジンくんが視線を返す。
「避難訓練では周りの子たちに呼びかけをして、あとは自分が逃げることが最優先。小さい子や立ち止まってしまった子は大人が何とかする決まりだったよね。私も全部見ていたわけじゃないから、きみたちの行動は職員の方に聞いたんだけど」
2人がビクッと身体を震わせた。「あ……えっと……」ジンくんが口をパクパク動かすが、言い訳が見つからずヒナくんに目で助けを求めている。ヒナくんも心当たりがあるようで気まずそうに俯いて黙っていた。
「どうやら小さい子たちが逃げるのを助けていたんだってね」
院長先生の落ち着いた視線が2人を貫く。
別に責めるような内容ではないように思えるけど、エルティナも以前同じことをして注意されたことがあった。
魔族の襲撃では『自分の命は自分で守る、他人を救うのは二の次でいい』これこそがモルトゥルク内で共有されている常識であり、少しでも多くの尊い命を救う術である。
「だって転んで泣いてた子がいたから」
ジンくんが震える声で応える。
「聞いてるよ。その子を助けた後もその場に残っていたとか」
「…………床が出っ張ってて危ないと思ったから」
途切れ途切れの言い訳を続けるジンくん。
院長先生はそんな彼から視線を逸らしてヒナくんを見つめた。
「ヒナくんはどうだい?」
「僕は『奈落』の前に立ってました。近道だからって通ろうとしてる子がいたので」
ヒナくんが意外にも堂々と応える。身体が震えている。無理に強がっているように見えた。
「でも僕があの場所にいなかったら誰かが怪我していたかもしれないんですよ。いくら本番みたいにやるっていっても、訓練で怪我しちゃったら……意味が…………」
勢いまかせになっていたヒナくんの語尾が弱々しく消えていく。下唇を噛んでふたたび俯いてしまった。
「別に怒らないよ。きみたちがやったことは正しい」
俯いていた2人がそっと顔を上げる。柔らかな笑みで迎えられ安堵が顔に滲み出ていた。
「訓練はそういう緊急事態を事前に把握するためでもあるからねぇ。気になったのは、どうしてそんなことやったのかってことだよ。今までは真っ先に逃げてたのに」
「えっと……」と開きかけた口を閉ざしたジンくんをヒナくんが肘でつつく。「おまえが言えよ」音を介さない意思疎通で押しつけあっている。
クロンとこんな意思疎通したかったなと場違いに考えるエルティナ。クロンが選んだのはエルティナではなくハイドだったけれど。
やがて観念したジンくんは
「だって、最年長だったし。俺らがやらないと……メアリーに迷惑かかるから」
恥ずかしそうにそう告げた。
「どうしてそう思うんだい?」
「俺らがしっかりできないと、メアリーが自分のことを後回しにして小さい子たちの世話にいっちゃうから」
「好きなんです、僕もジンも。メアリー姉さんの絵が」
「おい、結局かよ!」
割り込んできたヒナくんをジンくんが睨みつける。
「メアリー姉さん、前までは絵を楽しそうに描いていたのに、最近はお世話ばっかりで全然描いてない。もっと僕らがメアリー姉さんを楽にさせてあげたいんです」
俯きがちにボソボソ話していたジンくんとは対照的に、ヒナくんは院長先生の目を真っ直ぐな瞳で見つめて堂々と応える。
彼に負けじとジンくんも顔をあげた。
「避難訓練で怪我させちゃったら、安心してもらえないから!」
院長先生は何も言わずに微笑んだまま。代わりにエルティナの方を一瞥して合図を送った。
「ジンくん、ヒナくん。メアリーのこと好き?」
「好き! あ……」
元気に応えたジンくんが顔を真っ赤にする。
「と、友達としてだから!」
「ヒナくんは? もっと仲良くなりたい?」
「うん。もっと仲良くなって一緒に絵を描きたい!」
エルティナは自分のことを褒められたかのように、嬉しさから「うん!」と明るく相づちを打った。
そして院長室の扉の先に思いを馳せる。
(聞いてる? メアリー。みんな良い子だよ)
ここまでお読みいただきありがとうございます
次の投稿はあさってです




