モルトゥルク編 第十七話 モルトゥルク孤児院
ここから少しの間、クロン視点です
プライベートの休暇でソラがどこかへ出掛けた日。
「ほんっと楽しみね。安心して、子どもたちはもうクロンのこと知ってるから」
「なんで?」
「私が教えたの」
「また余計な……」
いきなり湧き出た自由時間に、クロンはエルティナとともに孤児院を訪れることにした。もう最後に顔を出したのは何年前か分からない。モルトゥルクに来たからには挨拶ぐらいしておきたかった。
エリサとミルシェは2人で街を回っている。ソラのわがままに不満げなエリサだったが、せっかくの自由時間を楽しむことにしたらしい。
クロンもどうかと誘われたが、一応正体を隠している身としてはあまり冒険者業以外のことで目立ちたくなかった。
「やっぱりまだ孤児の子は多いの?」
「そうだね。むしろ私たちがいたときよりも入ってくる子どもが多い印象。魔族に両親を殺されたり、私みたいに捨てられたりして心に傷を負った子を見ると、なんかやるせない気持ちになっちゃう」
目を伏せ気味に力なく呟くエルティナ。彼女もクロンと同様、両親に捨てられたのだと以前聞いたことがある。
孤児院に送られてくる子どもで暗い過去のない子なんていないのだろう。
「でも子どもたちには悟られないようにしないと。孤児たちは毎日を楽しく過ごすことで、過去の悲しみを徐々に薄める必要があるんだから」
「分かってるよ」
クロンが関わると制御が効かなくなるエルティナだが、彼女が人一倍真面目で心優しいことをクロンは知っている。ハイドやクロンほどではないけれど頭も相当いい。
クロンたちは冒険者として人々を救い、エルティナは生まれ育った孤児院で同じ境遇の子どもたちが旅立つお世話をする。人を救う形は異なれど本質は変わりない。
もちろんこのことをエルティナに伝えると調子に乗るためクロンは心の内にしまっている。
「こう見えても私結構人気なんだよ。この前なんか男の子から告白されちゃった!」
チラチラとクロンの表情を窺うエルティナ。「ふーん、そうなんだ」と興味なさそうに軽く返すクロンに頬を膨らませる。嫉妬させる作戦が失敗に終わったらしい。
孤児の子たちの気持ちを誰よりも理解して面倒見の良いエルティナのことだ。きっと人気なのはほんとうだろう。
「悪い影響受けてないといいけど」
「そんな変なことしてないよ」
「気づいてないだけで、エルティナの強心臓でしか成り立たないことだってあるんだよ」
エルティナが「強心臓?」と胸に手を当てて首を傾げている。ピンときていない彼女に苦笑いのクロン。
ハイドと別方向に強い彼女は果たして自分で気づいているのか、エルティナの無邪気すぎる態度を見ていると時々考えてしまう。
進む速さを少し抑える。「さて」と進行方向を向き直したクロンは1度気持ちを整えると、視線の先にある大きな木造の建物を眺めながら
「懐かしいな」
記憶と変わりないその姿につい笑みがこぼれた。
* * *
「ただいまー!」
エルティナの元気な声が孤児院に響き渡る。このキャラクターは孤児院内でも健在らしい。
ドタドタ廊下を駆ける騒々しい音が聞こえてきた。床の軋む音にいつか踏み破るのではとソワソワしてしまう。クロンがいたときと比べ、だいぶ建物自体が古くなってきている。
魔王が倒されれば魔族の勢力が弱まるため、その分孤児となる子どもも減るだろう。しかしゼロになるわけではない。クロンの中で旅の終わりにやりたいことがひとつ増えた。
跳ねるような足音とともに子どもたちが玄関まで走ってきた。1人の女の子がエルティナの足にしがみつく。2つに結んだ紫色の髪が可愛らしく揺れる。
「おかえり、エル姉ちゃん!」
無邪気な声で女の子が言う。
「ただいま、みんな。元気にしてたー?」
エルティナの周りに子どもたちが密集する。10歳以下の純粋な可愛らしさを残した少年少女たちだ。
みんな元気に「おかえり!!」とエルティナを迎える。エルティナを含めて笑顔以外が存在していない空間だった。クロンも自然と口元が綻ぶ。
「見て見て! ヒナくん描いてみた!」「また冒険者ごっこしよ!」「その人だれぇ?」
みんな好き勝手にエルティナに話しかけている。
エルティナは1度子どもたちを制すると、クロンを指さして
「みんな、聞いて! 今日はねお客さんが来ているんだ。みんなも知っている人だよ」
と注目をクロンへ移した。
子どもたちとは面識がないクロン。いったい何を言っているのだと眉をひそめてエルティナを見る。そんなクロンにエルティナは胸を張ると
「私の幼馴染みにして、いずれ世界を救う英雄、クロンでーす!」
「「「わぁーー!!!」」」
子どもたちから黄色い歓声があがった。キラキラした目線を顔いっぱいに受け、クロンは戸惑いを隠せずたじろいだ。
1人の男の子が「はいはーい!」と元気よく手を挙げた。
「エル姉ちゃんを守る為に冒険者になったってほんとですかー?」
大声でクロンに尋ねる。
目を細めてエルティナを睨む。エルティナが子どもたちに気づかれないように舌を出した。
都合の良いように過去を改ざんして子どもたちに教えているらしい。子どもたちに正体がバレるぶんにはおそらく問題ないが、他にどんな入れ知恵をされているのか、考えただけで憂鬱になる。
「初めまして、クロンっていいます。僕のことはこのお姉さんに聞いてるみたいでよかった。仲良くしてね」
戸惑いを隠して明るく自己紹介した。
口々に「はい!」と元気に応える子どもたちを見ているとあの頃を思い出す。
よく遊びに来てくれるようになる冒険者が初めて孤児院を訪れた日。その冒険者がピタリと来なくなった日。彼らがもうこの世界に居ないことを悟った日。
子どもと大人と世界、形が異なる3つの残酷さを知ったこの場所にクロンは帰ってきたのだ。
「お帰りなさい、エル姉」
奥の階段から少女が1人降りて来た。
目の前の子どもたちよりは年上で、ソラやエリサの少し下くらいの雰囲気。肩につかないくらいの長さの黄色い髪がふんわりと少女の小さい顔の横を流れている。
クロンは少女に見覚えがあった。
「クロンさん。ようこそ、モルトゥルク孤児院へ」
そう言いながらクロンの方を見て微笑んだ。
エルティナと比べると容姿はまだまだ幼いが、仕草や立ち振る舞いはエルティナよりもむしろ年上に見える。
「わたしはメアリー。ここ育ちで、実はクロンさんとも時期が被っているの」
「知ってるよ。絵が上手だったよね。一緒に遊んだこともあったっけ」
メアリーの目が見開かれる。
「わたしのこと、覚えてくれているの?」
「もちろん。ここにいたみんなのこと、忘れるわけないよ」
クロンが孤児院を去ったとき彼女は6歳だった。あの頃の少女の面影が成長したメアリーにも残って見えた。
「大きくなったね」
クロンの言葉に大人びていたメアリーの顔が、年相応のはじけた笑顔に包まれた。その様子を子どもたちが不思議そうに眺めている。
取り繕えていない笑顔のままメアリーが言う。
「どうぞ入って。院長先生に会いに来たんでしょ?」
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