タルカル編 第一話 タルカルの街
本日2話目です!
残り1本も後ほど投稿します!
記憶が曖昧だからだろうか。こんなに騒がしいものなのか。木製の扉を開け放った先の光景につい立ちすくんでしまう。
昼間だというのに酒を浴びるようにあおぐ髭面の大男。受付のようなカウンターではボサボサではねまくった黒髪を肩まで伸ばした若い男が美人嬢に絡んでいる。
そう、僕はギルドに来ていた。
経緯は意外と簡単だ。クロンが我が家を訪れてから数日後、父さんたちに冒険者として旅立つ意思を伝えた。もちろん2人とも驚いていた。毎日のように独り立ちの大切さを説いていた父さんですらまだ早いんじゃないかと狼狽えていた。流れで僕の実力の無さを事細かに説明された気もする。
僕は自分を過信していないし傷つくプライドも持ち合わせていない。むしろ心配してしてくれている両親の愛を感じることができて嬉しかった。
でも僕は旅立つことに決めた。クロンに触発されていないと言えば嘘になる。キュルシニィとの戦いで実践の大切さを身にしみて実感した。家に閉じこもっていただけじゃ何も変わらない。経験こそが一流の冒険者になるための近道なのだと知った。
そして決意したのだ。仲間とともに旅をして「安心して送り出せる男になりました」と胸を張って報告しようと。
そんなわけでギルドに踏み入れた一歩を早々に引っ込めようとしているこの少年はきっと昨日の勇ましい僕とは別人なのだろう。
「おい、入るなら早くしろ」
後ろから急かされ押し込まれるようにしてギルドに入る。
身長が縮んだと錯覚してしまうほど、間近で見る冒険者たちは威圧感と存在感を備えていた。ただでさえ僕は身長が低いのだ。戦士の腰に刺さる鞘がぶつかるたびに、切り捨てられるのではないかという恐怖に駆られる。いったい冒険者のことをなんだと思っているのだ、と過去の自分に叱咤されそうだ。
しかし、しょうがない。田舎者の僕は見知らぬ大人が大勢いる場所すら滅多に訪れない。体格がよく戦闘慣れしてる冒険者の集まりなど、野蛮人の群がりに見えて当然だ。
とりあえずギルド嬢のいるカウンターで冒険者の手続きをしなければ。僕はカウンターまで誰にも目を合わせることなく小さい歩幅で進んでいった。決して優しそうな女性に安楽の地を求めたわけではない。
「すいません冒険者登録をしに来たのですが」
ギルド嬢に俯きがちに言う。
「はい、ご登録ですね。適性検査結果はお持ちでしょうか?」
ギルド嬢は抑揚のついたハキハキとした声で応えた。艶のある金髪にふっくらとした丸顔が包まれている。幼さを備えつつ仕草や応対は大人びた余裕を感じた。
「あ、はい」
急いで肩掛けの鞄から用紙を取り出す。父さんが大切に保存してくれていたものだった。
「ありがとうございます。職業適正は『魔法使い』ということですが、『魔法使い』でのご登録でよろしいでしょか?」
「『魔法使い』以外でもできるんですか?」
「はい。職業適正に関わらずほぼすべての役職をご登録可能です。ですが、役職変更のお手続きには数日掛かりますので、適正に合った職業をご選択いただくことをギルドでは推奨いたしております」
魔法使い以外の選択肢は考えたことがなかったが、これからも考えることはなさそうだ。
「じゃあ、『魔法使い』での登録でお願いします」
「分かりました。それではこちらの書類にサインをお願いします」
手続きを終え逃げるようにギルドを抜け出した僕は、タルカルの街を一望できる高台に来ていた。石造りの柵に両腕を重ねその上に顎を乗せて街を眺める。
「はぁ……これからどうしよう」
眼下に広がる中枢都市タルカルは王都ターレンから最も離れた大都市で、魔王城からも遠いことから引退した冒険者のセカンドライフに人気だそう。そして昨日まで住んでいた僕の実家に一番近い街でもある。
風が心地良い。魔法練習中に吹いていた風とはまた違う、人の活気が染みこんだ空気だった。さっきまでのギルドの喧騒を思い出すが、やはりこちらの静かな環境の方が慣れている。
「勇者一行が『魔人』の討伐に成功したってよ。ハイドのとこの」
「おお! 遂にあの神出鬼没の化け物倒してくれたか」
石柵に背をあずけ雑談する男2人の会話が耳に留まった。最近知った名前があったからだ。
「魔王城へたどり着くのも時間の問題かもな」
「あいつらならもしかするぞ」
ハイドたちと面識があるらしい。さすがは国中を飛び回っているだけある。
この人たちも冒険者なのだろうか。もしかしたら現役を退いた後なのかもしれない。
「しかも絶対最年少での魔王城到達だ」
「まあ、最年少っていってもそもそも魔王城に到達できたやつなんてここ100年いなかったらしいしな」
「そうなのか!?」
僕もまったく同じ台詞を心の中で吐いたところだった。魔王城にたどりつくだけで100年!?
「いや、ちょっと誤解させた。ひとつのパーティーが魔王城へたどり着いたら、そいつらが魔王を討伐できなくても魔王城付近を護衛する魔族は軒並み撃退されているもんだろ?」
「そりゃそうだ。魔王城へ入るにはそうするしかねぇもん」
「だからひとつのパーティーが道を切り開いた後は他の優秀なパーティーがこぞって魔王城に入ることができちまうんだ」
「あーー、そういう漁夫の利しようとしたやつをカウントしなければ100年ってことか」
「そのとおり」
たしかに言われてみれば当然なことだった。しかし次々冒険者が押し寄せてきても破られない魔王城にはいったいどんなカラクリがあるんだろう? 魔族最強がいるのだろうか。いるとしたらそれは魔王だと思うが。
「じゃああいつらが倒せなくても他のやつらが倒す可能性もあるのか。なんか複雑だな」
「そうだな。明日にでもしれっと倒したって報告来ないもんかねぇ」
「平和な世の中も案外暇かもしれないぞ」
複雑な事情も知らずに呑気なものだ。
空腹が襲ってきた。そういえばタルカルに来てからまだ何も食べていない。
「そういえば、聞いたか? 幽霊山道でまた被害者がでたって」
「うわ何件目だよ。なんで騙されるかね」
空腹に耐えきられず、笑い声を背で聞きながら僕はその場を後にした。
* * *
「まいどー」
遅めの昼食をすませた僕は商店街を理由もなく徘徊していた。東西ふたつの商店街のうち、ここは都市の西側に位置する通称『獣通り』。曲がりくねった薄暗い表通りに何本もの脇道が延び、そこからさらに不気味な裏路地へと続いている。
冒険者がタルカルを訪れるとき、ギルド以外での食事は基本ここらしい。お手軽な食事や買い物を楽しめる一方、治安や雰囲気の悪さはまさに『獣通り』という名を体現しているともいえる。
行き交う人々を眺めていて気づいたがここはあまり1人でくる場所じゃない。貧困層の家族連れやパーティー仲間と談笑する冒険者。ほとんどが親しい間柄の人と一緒にいる。1人で歩くのは自衛の術を持っていそうな人ばかり。僕がそうなのかと言われれば即座に首を横に振るだろう。
痛っ!!
通行人を観察していた僕は突然の肩への衝撃に視線を前へ戻した。目の前にいたのは強面の大男だった。
あやうく悲鳴をあげるところだった。こんな人とぶつかってしまうなんて。
「ああ、……すいませんでした!」
慌てて頭を下げる。目をつけられることなんてあってはいけない。路地裏に連れ込まれて何をされるか分かったもんじゃない。ここでは公にはならない犯罪がたくさんあるんだ。
男はいまだに何も言わない。怒っているのかも分からず、かといって頭を上げることもできず、ただ願いながら時が経つのを待った。
どれくらい経っただろうか。
しばらく地を見つめていた僕が頭をあげるとそこに大男はいなかった。どうやら助かったようだ。
すぐにでもここから抜けだしたかった。けれどもどこが出口か分からない。もしかして商店街の端まで行かないといけない? それじゃあの大男に出くわす可能性がある。
『獣通り』が底の知れない迷路に思えてきた。不安が好奇心をあっという間に上回った。
いそいで目についた脇道に飛びこんだ。栄えて見えていた表通りはすでに色を失い、煤けた建物に通行人が捕食されていく。
いつまでもここに居るわけにはいけない。
僕は視線を外し振り返ることなく壁伝いに進むことにした。
いくら治安が悪いとはいえ、日常的に犯罪が横行しているわけではない。それではここまで栄えることはできない。僕だけが事件に巻き込まれるなんてあるはずない。
さっきの出来事はただの偶然だ。きっとこの先は出口に繋がっていて、誰にも会うことなくここから抜け出せるんだ。自分に言い聞かせながら出口を探す。
「おい兄ちゃん、これ高かったんだけどどうしてくれる? こんなにバラバラなって。弁償じゃすまないよぉ?」
やっぱりこの街に来てからおかしい。お祓いでもしてこようかな。
「ぶつかったところ怪我したかもなぁ。これは治療費も必要だなぁ」
つきあたりを左に曲がった先に人影が3つ。柄の悪い男2人組がフードを深々被った若い青年を囲んでいる。カツアゲというやつだろうか。
うち1人に見覚えがあった。細い切れ目にボサボサの長髪、あのギルド嬢に絡んでいた男だった。
青年に差しだした右手にはバラバラになった懐中時計が握られていた。針や文字盤どころか内部の歯車もむきだしになって砕けている。どんなぶつかり方したらあんな壊れ方するんだ。
「すいません、お金持っていなくて」
青年が答える。フードで両目が隠れていてその表情は読みとれない。きっと恐怖で強張っているだろう。
「だったら”誠意”ってものがあるよねぇ。その衣服も鞄も、金が払えないっていうなら全部置いていけよ」
「それは……」
表に出て人を呼んでこないと。でも今冒険者はきっとクエストに出掛けている。衛兵さんは? こんな場所にいるのか?
僕に何かできることは――――
「おい! 何見てんだお前!」
怒声がこちらに飛んできた。2人が僕を睨んでいる。気づかれたのだ。
まずい。このままでは巻き込まれる。僕じゃ彼らに太刀打ちできない。
逃げないと。
しかし威嚇が狩りに有効な理由を動かない両足が教えてくれる。
「子どもがこんなところに1人か? ここら辺にはな、俺らみたいなのがいるから気をつけるべきだったな」
靴音が近づく。長髪を揺らしながら獲物である僕にむかってくる。
両親からもらった軍資金の詰まった鞄を固く握る。これだけは手放してはいけない。ここで屈したら冒険者を志した意味がない。
それでも怖かった。きっと暴力を振るわれ軍資金もすべて失うのだろう。こんなチンピラにさえ今の僕は勝てない。
諦めて金目の物を差し出すしかない。
そんな僕の諦めは飛んできた拳にあっけなく打ち砕かれた。長髪男の悲鳴と滑り落ちたフードとともに。
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本日は残り1話投稿されますので、是非ご覧ください!