モルトゥルク編 第十四話 兼業の冒険者
ハノークが懐に手を入れる。ふたたび出てきた手には細い棒状の物体が握られていた。獲物ではなさそうだけど、やけに先端が尖っている。
見たところ木製で長さは彼の顔ほどしかない。
キルガレスのお店にも並べられていた、あれは魔法杖だ。
魔法使いは威力を重視するため、僕やエリサが持つような背丈ほどある魔法杖を使うのが一般的。むしろ例外を見たことがないくらい。
しかし武器屋にはもっと小さくてお手軽な杖も必ず売られている。魔力を通す道が細いため使える魔法はわずか。魔法使いを志したばかりの初心者が家の中で魔法を練習するため、もしくは冒険者以外が魔法への憧れから買う品だと聞いたことがある。
つまりはこんな命懸けの場面に適した代物ではない。
「そんなおもちゃで何ができる?」
大鉈男がハノークを鼻で笑った。
男が乱暴に手に持つ鉈を左右に振るう。周りの樹木から伸びた枝が鋭い音を立てて切り落とされた。
「お前ら、みずから向かってくる相手と戦ったことないよね? 逃げ惑う人々を仕留める狩りしかしてこなかった。だからそんな悪い威嚇癖が身につくんだ」
大鉈男と対峙するハノークはいっさい怯んでいなかった。それでも油断しているわけではない。顎を引き、燃え上がる紅の瞳は真っ直ぐ男の一挙手一投足をジッと観察している。
「どういう意味だ?」
「4人同時に不意打てば、勝てたってことさ」
ハノークの言葉の語尾が消えて聞こえた。それもそのはず、彼は言い終わる前に僕の前から姿を消していたから。まるで瞬間移動だった。
ただ僕の視界からはいなくなっていない。
彼は大鉈男の腹に左手をピタリと当て、右手に杖を握った状態で静止していた。
「『おもちゃ』の力、見せてあげる。封印魔法」
僕がこの状況を理解した瞬間、ハノークが告げた。
同時に大鉈男も理解が追いついたようで、右手に大鉈を掲げハノークに振り下ろそうと――――
しなかった。いや、彼の表情を見るに、できなかった。
「どうなっている…………」
大鉈男が漏らす困惑にはたしかな怖れが含まれてる。得体の知れないものに身体を支配されているような、目に見えぬものに対する恐怖。
男が動けなくなったことをその身をコツコツ叩いてハノークが確認する。そして足を彼の足に前から絡みつけ、うなじに向かって勢いよく肘打ちをかました。
慣れた動きだった。男の重心が前へずれる。前に出そうとした足を絡みつけた自分の足で引っ張っる。
男が何もできずに倒れていく。受け身も取らずに両手は左右のまま、無防備な上半身を地面に叩きつけた。
ハノークが男の履いている穴だらけのズボンに触れる。そしてまた
「封印魔法」
そう唱えた。
バタバタと地面を跳ねていた男の足がピタリと止まる。さっきの腕と同じように、少し膝を折り曲げた状態のまま。
ハノークは何かうめいている大鉈男の腕を踏みつけ、もう片方の足で手首を踏みつけたと同時に鉈を奪い上げた。
大鉈を担いで2人目の大鉈男となったハノークがこちらに歩いてくる。僕に澄まし顔を向けつつも、僕らを取り囲む3人にも注意を払っているのが分かった。
さっきから周りの3人は動こうとしない。リーダーがやられたことで警戒しているのだろうか。それともあいつらは大鉈男の取り逃がしを捕まえることしかしていなかったのだろうか。なんという小者。
「ソラくんにクイズ。あいつはどうして動けないのでしょう」
襲撃会う前のような軽さで僕に問うハノーク。
この展開はいつもなら頭を悩ませて結局答えが浮かばない。ハノークもそれを期待しているのだろうけど、魔法においては僕だって負けていない。
「ハノークさんが掛けていた封印魔法のせいです」
「封印魔法は部屋の扉を施錠したり強引には開かなくする魔法。扉なんてここにはないよ」
一瞬動きかけた野盗の1人を、杖を向け牽制してハノークが言う。
「簡単ですよ。封印魔法は状態を固定することで扉を施錠します。閉じている状態から変化しないことで施錠したことになる。これは他の物体に対しても応用できます。今回で言えば、服に封印魔法を掛けることで状態を固定した。伸縮や変形ができなくなった衣類が彼の身体をひとポーズに限定したんです。だから動けなくなった」
「正解ー」
ハノークが拍手する素振りを見せる。抱えた大鉈が振り回されて危なっかしい。
「『おもちゃ』でもできることあったでしょ?」
クルクル手のひらで杖を回すハノーク。たしかに手慣れた魔法操作だった。しかし僕はその前に見せた高速移動を問いただしたい。あれは明らかに戦い慣れている動きだった。
分かった気になっていたハノークの全体像がまたぼやけだす。
「さっきの動き――――」
「あー、さすがにそろそろだよね」
ハノークが見渡す先にいる野盗たちがだんだん近づいてきているのが分かった。ゆっくり3人で僕らとの等距離を保ちつつ、にじり寄ってくる。
「プライドが枷になる。それとも仲間想いなんて不似合いな属性でも持っているのかな? 今なら逃げられたのに、馬鹿な連中だね」
自信満々に煽るハノーク。クルクル回していた杖を懐にしまって、大鉈を動けないでいる男に向かって投げた。
回転しながら飛んでいく大鉈は、グサッと男の頭付近に突き刺さった。「うあ!」と男の惨めな声が響く。
「さて、あとは頼んだよ。冒険者様」
完全に僕に丸投げするつもりだ。
「分かりました」
呆れ声で応じながら残りの3人の方を注視する。大鉈男は難しかったがこれくらいの野盗なら僕でも倒せるようにならないと。ちゃんと策は用意している。
魔法杖を構える。野盗たちが警戒して一歩足を引いたことが分かった。
狙う場所はもっと上、回数は3回。なるべく魔力を込めすぎないように注意して
「閃撃魔法」
魔法を放った。3回。
身構えていた野盗たちが固まっている。自分に向かってくると思っていた魔法は彼らの遙か上に飛んでいったのだ。
「ふーん、そうきたか」
「あ? どういうこと――――ぐわっ!」
威勢のいい野盗の声を合図にして、轟音とともに野盗3人が落下してきた大量の木の枝に押しつぶされた。振動が地面から伝わってくる。
僕が幹を避けて水平に3回切るように放った魔法は、彼らの上に複雑に伸びていた枝を見事に剪定していた。
弱々しくバタバタ身体をよじる野盗たち。
枝が生やした葉がクッションになってそこまで大きな怪我はしていないだろう。しかしたくさんの複雑に絡み合った枝は押しのけようにも、周りの樹木に引っかかって自力では不可能に見えた。
「初めて頭を使ったね。果実採集以外もできるとはさすが冒険者」
「褒めてます? それ」
命懸けの戦いの後だとは思えないくらい暢気な会話だ。ハノークといると彼のペースに呑まれそうになるが、緊張して空回りするより良いのかもしれない。
4人の野盗に順に視線を移す。まだ動けなくしただけで完全な制圧はしていない。大鉈男は魔法の効果が切れたら動き出すだろうし、他の3人もいつかは這い出てくるだろう。
「どうしましょうか、これ」
「被害者を増やさないためにもこのまま帰るわけにはいかないよなぁ。かといって」
ハノークは大鉈男のもとに歩いて行くとしゃがんでその頭をポンと叩くと
「こいつらもまだ死ぬべきじゃない」
柔らかさと残酷さが混じり合った声でそう言った。
ハノークはさっきから少し物騒だ。「死ぬべきとき」だったら容赦なく殺しているともとれる発言だ。
連続殺人のせいで敏感になっているだけかもしれない。けれど彼の言葉が刺さるたび、不透明なわだかまりが生まれている感覚は残ったまま。
「更生させるべきだ。野盗なんて生きる術を見失った可哀想な連中なんだから」
「なんだと、テメェ、うがっ!!」
大鉈男の顔面が地面にめり込む。ハノークが彼の頭を踏みつけていた。
「ところでハノークさん」
「なに?」
ハノークが男を踏みつけるのを止める。顔面を解放された男は息苦しそうに口の土を吹き飛ばして、呪いの言葉を紡いでいる。
怒濤の緊急事態に考慮が外れていたが、ハノークが魔法をあんなに使いこなせるなんておかしな話だ。ただの工場勤務の青年が魔法杖を所持し、魔法を自在に操っている。
彼の巧みな体捌きも冒険者のそれと大差なかった。
「どうして魔法が使えるんですか?」
「言ってなかったっけ?」
ハノークの言葉に「知らない」と首を傾げる。
「俺、実は冒険者でもあるんだ」
「え?」
冒険者”でも”ある?
「モルトゥルクでは意外と多いんだよ。副業として冒険者登録している人。もちろん魔討士団には所属していなし、パーティーも組んでいない。個人の冒険者」
「どうしてですか? 観察してたら成りたくなったんですか?」
「まさか。魔討士団のやつらでクエストを実際にこなしている冒険者なんて半分もいない。だから1人でも受注できる高報酬のクエストが残っていたりする。そういうおこぼれを頂くためになったのさ」
タルカルの感覚の違いに驚いた。タルカルではクエストは冒険者がこなすもので、冒険者以外の人々にとっては無縁だ。「クエストは危険と隣り合わせ」という共通認識が広まっていることが原因だろう。
ハノークが冒険者、こうして彼を見ると意外と似合っているかも。
「魔討士団の連中に街の安全を守れるのかだって疑問なんだ。だから自衛の術を身につけるためでもある」
「たくましいですね」
「周りに期待してないだけだよ」
苦笑するハノークが見た目以上に大人に見えた。
モルトゥルクは良くも悪くも自己責任。生きることも学ぶことも、常識を受け入れるかさえも。彼のたくましさはきっと生きていく上で彼が必要だと感じて手に入れたもの。
キルガレスやエルティナも同じなのだろうか。
そして、こんな何気ない会話でさえ命取りになりかねないのがモルトゥルク。
ガサッ。
原因は背後の明らかな隙。ハノークすら気づかない隠密さに、僕が気づけるはずもなく――――
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