モルトゥルク編 第十三話 死ぬべきとき
「うわっ! すげぇ、変な感じする」
「頭ぶつけないよう気をつけてくださいね。あと、1度解除するとまた譲渡しなおしになるので、浮きすぎたら枝を押すとかして調整してください」
空中で樹木の幹に身体を密着させ、次に移動する樹木を首だけ回して確認する。ハノークは足と腕を前に勢いよく突き出して幹を押し込み、スーっと空中を平行移動し始めた。無抵抗で滑らかに進む彼を見ていると、可笑しくてつつきたくなる。
ハノークは空中で身体を回転させて飛び移る樹木を向いて、そのまま幹にしがみついた。
感覚で魔法を使っているのだと思うけど、実に軽快だ。さっきから木の実を収穫することなく、ただフワフワ移動して楽しんでいる。
僕を子ども扱いしているくせに、無邪気な子どもみたい。
「あまり使いすぎると魔力切れ起こしますよ」
「そのときはソラの魔法で送ってもらう」
「木の実だけ持って置いていきます」
「薄情め!」
僕はハノークから離れると、彼に当たらないようなるべく遠くの木の実を狙って魔法を放った。ヘタに見事命中し地面へ落下する。
撃ち落としを再開した僕を一瞥すると、ハノークも木の実収集を始めた。
果実が実っている樹木へ飛んでいって素手でヘタを折る。収穫した木の実を脇に抱えて、数が多くなって来たら僕を呼んで下で受け止めさせた。
魔法の効果が切れるたびにまた譲渡魔法で浮遊魔法を譲渡してあげた。浮遊魔法はあまり魔力を消費しないとはいえ、辛そうな様子の一切ないハノークを見ていると、彼の言葉はほんとうだったようだ。
今頃クロンたちは犯人確保に尽力していることだろう。もしかしたらリフレッシュとしてモルトゥルクの街を楽しんでいるかもしれない。
そう考えると少し寂しいものがある。僕のいない1日を過ごして、僕の知らない経験や思い出を共有している。かく言う僕は暢気に木の実採集の最中。
「閃撃魔法」
狙いを定めて魔法を放つ。作業のようになってきた繰り返しに、僕はなるべく細く最低限の魔力だけを放つ練習をしていた。
樹木の枝ごと折るのは気が引ける。だからヘタだけに命中させようと魔力量と魔法制御を調整しているのだ。
これが意外に難しい。
魔力を抑えすぎると木の実まで届かないか弱い光となって途中で蒸発してしまう。
「なんだその魔法。遊ぶなよ」
ハノークの野次を無視してどうすればいいか考える。
運良くヘタに当たったものもあるが偶然としか思えない。やっぱり魔力量を抑える以外に細く魔法を放つ方法を編み出す必要がありそうだ。
「疲れたー」
ドサッという音にハノークを見ると、彼は両手両足を広げて生い茂った背丈の低い草の上に寝転がっていた。足が浮いた状態での作業は見た目以上に精神的に疲れる。
彼の横には回収した木の実がたくさん転がっていた。
「そろそろ終わりにしましょうか。十分集まりましたし」
すっかり重くなった麻袋を抱えてハノークの元へ歩いていく。中には色とりどりの果実がぎっしりと詰まっている。仮にこの森の所有者がいたとしたら窃盗で捕まりかねない量だ。
「そうだねぇ。そろそろ昼頃だろうし、この荷物だと街までだいぶかかりそうだ」
休憩を挟みつつだけど、早朝から始めた木の実採集。もうそんなに時間が経っていたなんて。魔法の試行錯誤をしているとつい時間を忘れてしまうのは幼い頃からの癖だった。
「これハノークさんが持ってくださいね」
ハノークの周りに転がっている木の実をひとつずつ袋に入れていく。
「疲れているの見て分からない? 優しさみせて欲しいなぁ」
「僕はこれ置いて帰ってもいいので、結局ハノークさんが持つしかないんですけどね」
「優しさの欠片もないなぁ!」
起き上がる気配のないハノーク。木の実を拾い終わって僕も休憩しようと、近くの切り株に腰を下ろした。思いのほか溜まっていた疲労を痺れている両足から感じとる。
ハノークが寝転がったまま麻袋を引き寄せてお腹に乗せた。
想像以上の重さだったのだろう、「うっ」と呻いてから麻袋をもとの位置に戻す。それから「はぁ……」と帰路の憂鬱を快晴の空へと吐き出した。
「ハノークさん」
「ん?」
どうせしばらくこうしているつもりなのだろう。だったら先に用事を済ませておこう。
僕がどうしてこんな木の実採集なんてものをハノークとやっているのか。その目的を僕は忘れてはいない。
「手伝ったのですからそろそろ教えてください。あの殺人事件の情報でいったい何が分かったんですか?」
「あー、そういえばそうだった」
そう言うハノークはまだ上空を流れる短い雲を目で追っている。
絶対に誤魔化されてなるものか。
「あ、そうだ」
突然ハノークが上体を起こしてこちらを見た。不敵な笑みを浮かべる彼と目が合った。嫌な予感がする。
「この袋を運んでくれたら教えてあげよう」
やっぱりだ。
「ずるいですよ。僕が頼まれたのは木の実収集だけです」
「どこまでやって欲しいなんて言ってないよ。第一、いいのかなぁ。俺はこの袋自力で運べるけど、ソラは自力じゃ俺の持つ推理を手に入れることはできない。今優位に立っているのは俺なの」
せっかく彼に許していた心がまた閉じそうになった。今日ハノークとはあくまで互いの利益のために行動しているのだと思い出す。
収納魔法を使えばいいのだが、これだけの量だ、きっと消費魔力も馬鹿にできない。
けれど彼を言い負かす言葉を探す方が今の僕には難しかった。
「分かりましたよ。運べばいいんでしょ」
「意外とすんなり折れたね、いいことだ。安心しな、何個かは今日の給料として分けてあげる」
「そりゃどうも!」
こうなったらとびきり綺麗な果実をもらってやる。切り株から腰をあげて麻袋を回収しにいく。
「待ってよ。もう少し休んでからに――――」
ハノークの言葉を遮るように足音が聞こえてきた。近づいてくる音にこちらに向かって来ていることが分かった。
この森にも通行人はいるらしい。それも1人じゃなく複数人の足音だった。
こんな現場目撃されるのは恥ずかしいな。木の実取りを楽しんでいる子どもみたいだからだ。
ハノークが起き上がった。服についた草を軽くはらう。
さすがに彼も恥ずかしかったのかと思ったがどうやら違うらしい。
だって彼の双眸は足音がする森の先を鋭く睨んでいたから。
だんだん足音の主が見えてきた。
それと同時にハノークの態度が急変した理由も分かった。
「なんだ、がっかり。商人とかがよかったな」
「こいつら何も持って無さそうじゃね?」
「待て、あいつ魔法杖持ってるぜ。冒険者ならきっと金たくさんあんだろ」
「馬鹿だよねぇ。こんな場所に2人っきりとか襲ってくれっていってるようなもんじゃん」
柄の悪い4人組だった。
4人とも大鉈や棍棒などの武器を片手に持ち、筋肉質で剥き出しの腕にはいくつもの傷が刻まれている。
敵としては魔族と魔獣に次いでお話でよく出てくる存在。勇者一行が毎回退治するためそこまで脅威とは感じていなかったけど、いざ目の前にするとその迫力に逃げ出したくなった。
盗賊だ。それも恐らくこの森を拠点とする野盗。
魔王城に近づくにつれて、獣だけじゃなくて輩も危険になっていくのか。タルカルの切れ目長髪が今になっては恋しい。
「残念だったな。おまえらの冒険はここで終わりだ」
リーダーっぽい大鉈を持った男が近づいてきた。その残酷な瞳にはこれまでどれだけの犠牲者さ最期を映ったのか、想像しただけで体が竦む。
『痛い目みたくなかったら金目のもの置いて帰んな』
この言葉がどれだけありがたかったか分かった。
こいつらは僕らを生きて帰そうとしていない。殺すことに躊躇いがまるでない。命を刈り取ってから金目のものを漁るつもりだ。
鉈の一部が赤黒く変色している。これまでの被害者の痛々しい存在証明が僕らに絶望を与えるくる。
他の男が僕らの背後に回ったことが分かった。僕らの四方を凶器で囲む。野盗のくせに連携する知恵もあるとは。
魔法杖を握り直した。
閃撃魔法での撃退は現実的ではない。じゃあ譲渡魔法は? 遠距離武器を持ち合わせていなさそうなこいつらなら、浮遊魔法で浮かせてしまえば対処できるかもしれない。
問題はどうやって4人に触れるか。
「ハノークさん、とにかく攻撃を避けることに集中してください。僕が倒しますから」
震える足をなんとか奮い立たせて大鉈の男に立ち向かう。ハノークはただの一般民。冒険者の僕が守るべき人だ。
この大鉈男を倒すことができれば、ハノークなら逃げることができるかもしれない。こいつとの戦闘に何度目かの命を懸ける。
決心してハノークの横を通り過ぎようとした僕の腕を突然彼が掴んだ。
「ハノークさん?」
見上げた先にあるハノークの顔には恐怖なんて微塵もなかった。
「人はね、人生において死ぬべきときが決まっているんだ。それ以上生きてはいけないし、それより先に死んでもいけない」
「え? なにを…………」
ハノークが大鉈の男を睨みながらも続ける。
「ソラ、君はここで死ぬべきじゃない」
ハノークが一歩前にでた。危険だと彼の腕を掴むがあっけなく振りほどかれる。これまでの彼とは比べものにならないくらい力強かった。
「強がって格好つけやがって。お仲間のために健気だねぇ」
「仲間? そんな資格俺にはない」
そう呟くハノークの瞳は寂しそうだった。
「邪魔をしてくれたお礼に、君たちがここで死ぬべきかどうか見定めてあげるよ」
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