モルトゥルク編 第十二話 友達のような笑顔
「ちょっと遅くない? やっぱり子どもには早かったかな?」
「おはようございます。僕の宿からここまで遠いんですよね」
やはり気持ちによって体調も変わってくる。昨日まで早起きとは気持ちの良いものだったのに、今日の目覚めは憂鬱だった。こんな得体の知れない青年と1日を共にするのだ、気が擦り切れるのは容易に想像できる。
クロンたちに今日の外出の許可を貰ったとき、みんな不思議そうな顔をしていた。クロンとミルシェは疑いながらも「プライベートもたまには必要」と僕のわがままを受け入れてくれた。
一番厄介だったのがエリサだ。僕がどうにか誤魔化そうとしても、「誰とどこに何をしにいくの?」と母さんみたいなことを言って詰めてきた。「わたしも一緒に行く」と言い出しそうな雰囲気を感じて無理矢理呑み込ませたが、帰ってからまた詰められることだろう。
「さっそく行こうか」
「そろそろどこに行くかぐらい教えてくださいよ」
「どうしようかなぁ。反応が面白そうだからこのままで行こう」
「ちょっと!」
勝手に歩きだしたハノークに慌ててついていく。
やっぱり今からでも逃げるべきか? でもそれだと手掛かりを得ることができなくなる。クロンたちの役に立てなくなる。
せめてもの抵抗で連れだと思われないよう彼と距離を置いて歩いた。
そして僕らはモルトゥルクの外へ足を踏み出していく。
* * *
どれくらい歩いただろうか、背後に見えていたモルトゥルクの街も生い茂る草木が邪魔をしてその姿を隠している。
僕らはモルトゥルク近辺の森に来ていた。
とにかく足場が悪い。獣道ではないけど表面が凸凹しており何度も足をとられて転びかけた。転ぶと軽快に進むハノークに馬鹿にされるため、魔法杖を支えになんとか重力に抗って歩いた。
いったいどこに向かっているんだ。
いつまで経っても目的を明かさないハノークに、足の痛さも相まってイライラし始めてきたとき、突然彼が言った。
「よし、まずはここにしよう」
「閃撃魔法」
ふてくされた声で魔法を唱える。
魔法杖から放たれた細い光の線は一直線に斜め上方向に飛んでいって、標的に見事命中した。このぐらいの威力なら狙いが外れても火事になる心配はないだろう。
ポトっと軽い音を鳴らしながら丸い物体が地面に落ちる。そのまま僕の足元へ転がってきた。
「お見事お見事! やっぱりこういう小技が得意だと思ったよ」
ハノークから心のこもっていない拍手と賞賛を受ける。
足元に転がってきた物体を拾い上げ、山なりにハノークへ投げた。同時に提案を断れきれなかった昨日の僕に腹がたってくる。
彼は大きめの麻袋を広げると僕から受け取った物体を中に突っ込んだ。
「よし、この調子でここの木の実全部落としてくれ!」
「全部!?」
ハノークが僕に課した課題。それは果樹に実った木の実を魔法で撃ち落としてほしいというものだった。
冗談かと思った。
高い場所に実っていて手では到底届かない色とりどりの木の実。このあたりは誰が植えたのか分からない果樹が所々生えているらしい。最近それに気づき、自分では採集できないから僕に頼ったと。
「木に登ったり道具を使えばいいのに」と言うと「それだと面倒くさい」とまさかの返答をされ唖然としてしまった。
「面倒くさいならわざわざ収穫する理由ないですよね? ここハノークさんの畑でもないんでしょ?」
「工場勤務だと貰えるお金が少ないから、少しでも食費を浮かしたいんだよ」
しょんぼりと上目遣いのハノーク。
明らかに人工的に木の実を採集した痕があったので、ハノークは1人で細々木の実で生活していたのかもしれない。
「そしたら、ちょうど使えそうな魔法使いが現れたんだ!」
今度は晴れ晴れとした笑顔でこちらを指さす。
この人には悪気というものがないのか。完全に僕を召し使い感覚で扱っている。怒ると通り越して呆れてしまった。
理解した、ハノークはこういう人なんだ。
「終わったらちゃんと教えてくださいよ」
「それは約束する。無償で働くほど空しいものはないからね」
よかった。労働者として最低限の意識は持っているみたいだ。
「ほらほら、口じゃなくて手を動かして」
「はぁ…………閃撃魔法」
力なく放った閃撃魔法は大きく実った黄色い果実の中心に命中した。ジューという木の実が焼ける音とともに黄色い物体に丸い穴が空いた。
衝撃で枝と果実を繋ぐヘタが折れて地面に落下する。中心を失った果実は地面との衝突に耐えきれずグシャっと鈍い音をたてて潰れた。
「あーー、なんてことするんだよ!!」
「すいません、狙いが逸れました」
ハノークへの当てつけのつもりだったのかは僕も定かではない。ただハノークの困り顔は気味の良いものだった。
「大丈夫です、潰れていない部分もあります。半分くらいは食べられますよ」
「これじゃあ売れないだろ!」
「はい?」
売る?
「売ろうとしてたんですか? 自分で育てたわけでもないのに」
「あのねぇ……自分で育てたっていうけど、結局作物が育つのは植物がもつ生命力のおかげだし、こうして人の手が加わっていない果樹にも立派な果実は実る。農業をしている人が作物を売るのはあくまで自分で収穫したからだ。育てたからじゃない」
最初に僕が撃ち落とした木の実を麻袋から取り出してハノークが言う。高い枝から落下したのに傷1つ付いていない木の実を優しく愛でている。
言い分も行動もよく分からない。しかし理解不能と切り捨てられない何かが彼にはあった。
「でもその理論だと、その果実は採集した僕のものですよ」
「ソラが俺にくれたから俺のもの」
なんでもありじゃないか。
「こんなペースじゃ日が暮れちゃうよ。はやくはやく!」
「この森になっている木の実全部回収するつもりですか?」
「この麻袋がいっぱいになるまでかな。なるべく近場で済ませるつもり」
わさわさ袋を揺らすハノーク。だいぶ気の遠い作業になりそうだと、麻袋の大きな口を見て嫌気がさした。
「このままだと魔力切れになるので、ハノークさんは別で採集してください」
「え? 届かないからソラに頼んでいるんだけど」
眉をひそめて顔をしかめるハノーク。
「問題ありません。魔力量に自信は?」
「人よりはあるつもりだよ。少なくともソラよりはある」
いちいち一言余計なんだよ。
普段なら絶対こんな手段は用いない。けれど彼にはすべてバレているんだ。便利な魔法はとことん使おうじゃないか。
ハノークに無言で近づく。
「なんだ?」と怯えながら後ずさって僕から距離を取ろうとしているハノークの袖を掴んだ。ざらざらしている、着心地はいいのだろうか。
「動かないでください」
「は、はい……」
低い声でハノークを制し、彼の細い手首を掴んだ。ハノークはまだ逃げようと腕に力が入っている。逃げられないよう、グイッと身体の前まで手首を引っ張った。ハノークが少し体勢を崩す。
彼の手首から逃げようとする力がなくなったことを確認してから、握りしめた魔法杖に集中する。
意外にも敵以外にこの魔法を掛けるのは初めてだった。
「譲渡魔法『浮遊魔法』」
囁くようにして優しく唱えた。
沈黙が僕らを包む。
しばらく経ったが魔法を掛けられたハノークはビクビク身体を震わせているだけで、特に変わった様子はない。
いつも浮遊魔法は譲渡すると同時に発動させていたので、魔法を掛けても浮き上がらないのは初めて拝む光景だ。
強張って固まった彼の手首を解放する。思ったより強く握っていたようで、彼の細く白い手首には赤い手のひらの痕がついていた。
「はい、終わりました。これでハノークさんは空を飛ぶことができます。果実のもとに直接行って収穫できるわけです」
「ずいぶん荒い掛け方だった。もっと掛けられる側への配慮をして欲しかったな! 何も説明なかったし」
「僕だってなんの説明もなしに森の中に連れて来られたんですから、これでおあいこです!」
自分が笑っていることに後から気づいた。慌てて視線を逸らす。
彼にどこか心を許している自分がいることに戸惑う。けれど最初の得たいの知れない青年という評価が変わってきているのもたしかだ。
ハノークがまた笑った。
また馬鹿にされたのかと表情を作り直して彼を見るが、それは前のような嘲笑ではなく、友達に向けるような裏のない笑顔だった。
僕の取り繕った表情が一気に崩れる。
「それで、俺はどうしたら魔法が使えるんだ? 魔法使いの少年」
「魔法を唱えるだけです。ハノークさんならすぐ使いこなせますよ」
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