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モルトゥルク編 第十一話 お出かけしよう

 クラージからこれまでの事件の詳細を聞いた僕ら。それらをまとめると次のようになる。


1.犯行の瞬間を目撃した者はいない。

2.現場から走り去る犯人を見たという証言はいくつか出ているが、それをすべて満たす人物は上層の人間を除いて見つかっていない。

3.被害者は初め背中を短い刃物で刺されている。仕留めきれなかったらトドメとして複数箇所を刺している。

4.殺害現場が分かっていないのは水路で死体が発見された第一の殺人だけ。残りは中層もしくは下層の表通りから外れた路地での犯行がほとんど。


 犯人を中層・下層の人間に絞ると目撃証言が、上層に絞ると犯行の特徴が邪魔をする。かといって外部の人間が犯行のつどモルトゥルクを訪れているとは考えにくい。やっぱり犯人はモルトゥルクに住む誰かなのだろう。


 クラージ邸を出た後にギルドで事情聴取を行った。冒険者を殺せるのはやはり冒険者だと思ったからだ。もちろん、あくまでも冒険者たちには事件の聞き込みとして話を聞いた。

 よそ者が街で起きた事件の調査をしている。モルトゥルクの冒険者『魔討士団』の気にさぞ障ったことだろう。無視はいいほうで、殴りかかってきたやつもちらほらいた。そのたびにクロンが言葉と力で怒りを鎮めていた。


 結局手掛かりは何も得られなかった。当然といえば当然だ。そして何より、もう聞き込みはするべきではないという結論に至った。



 じゃあ、どうすればいいだろか。昨日宿に帰って床についてから睡眠を挟んで、もうずっと考えている。

 もともとあまりなかった自信がますますなくなってきた。


 息を目の前に吐き出してみる。わずかに白く色づいた息が広がって消えていった。まだ朝は肌寒い。


「僕はお話にでてくるような探偵じゃないんだ」


「初心者魔法使いだもんね」


 僕の独り言にかぶせるようにして声が飛んできた。


 水路をまわるように散歩していた僕の横からやかましい野次を飛ばす青年。相変わらずの憎まれ口だ。


「うわ……」

「勝手に俺の居場所に来たのはそっちじゃん」


 整った顔と白髪。紅の瞳を持った下層に住んでいるという青年


「昨日ぶり、ソラ」


 ハノークが憎たらしい笑みを浮かべた。



   *   *   *



 ハノークにとってこの東側の橋はお気に入りなのだろうか。欄干に座って流れる清水をただ眺めて迎える朝。見た目通りの儚い青年としてはお似合いだが、あの口の悪さからは考えられない習慣だ。

 服装は昨日と変わっていない気がする。


「下層とか中層で誰か怪しい人見かけませんでしたか?」


 クロン頼りになっていた聞き込みを思い出し、一応目の前の青年に尋ねてみることにした。真面目に答えてくれなさそうだけど。


「駆け出し冒険者のくせに、見知らぬ街を陽の上がらぬうちから、うろついている魔法使いならいたかな」


 やっぱり。


「真面目に答えてください」

「中層はみんな祭りだなんだって騒いでいて怪しいかなんて分かんないさ。逆に下層は生き急いでいない退屈な連中ばっかり。みんな怪しく見えてくる」


 つまりは誰も見ていないと。

 溜息をわざとらしく吐いたが、期待していなかっただけに落胆は小さい。


 ならばもうひとつの可能性を確かめるか。事件を知ってからちらついていたハノークの顔を本人に訊こう。


「なら、一昨日の昼過ぎ頃何をしていましたか? 僕と初めて会った日の前日です」

「おっ!」


 予想外だったのかハノークが欄干から橋上に飛び降りて近づいてきた。


「俺を疑っているね」

「事件知っているんですか?」

「あたりまえだよ。下層は魔討士団の本拠地だからね。勝手に耳に飛び込んでくる」


 この事件は中層だけではなく街全体を巻き込んでいる。人付き合いが少なそうなハノークだがさすがに知っているか。

 説明する手間が省ける。


「じゃあ答えてください。事件があったとき、何していましたか?」

「そうだなぁ、工場で働いていたかな。あの日は普通に仕事だったから」


 この見た目で工場勤務だったとは。意外としっかり働いているんだな。


「そのとき抜け出したりとかは?」

「ずっと作業ってわけではなかったけど、うちの工場はサボったり抜け出したりしたらすぐにバレるから無理だね。もちろん確認しにいってもいいよ。俺がちゃんと工場にいたってみんな証言してくれる。恥をかくのはそっちだ」


 嘘をついている気配はない。ハノークの顔には「疑えるもんなら疑ってみろ」という自信がみなぎっていた。

 犯人ではなさそうだが、わざわざ煽ることないのに。


「疑ってすいませんでした。こうして虱潰(しらみつぶ)しに探さないと見つかりそうもなくって」

「まったく善良な俺を疑うなんて」


 大袈裟に肩を落とすハノーク。

 

「それに賢い方法だと思わないな」

「分かっています。でも今ある情報だけでは限界なんです」

「ソラは魔法だけじゃなくて頭も使えないのかな?」


 うるさいなぁ。僕だって一生懸命考えているんだ。


「じゃあ教えてくださいよ」


 ハノークの挑発に乗るようにして僕は知っている情報を彼に話した。

 もちろんクラージが上層の人間を疑っている、といったまだ『魔討士団』でも出回っていない情報は伏せたつもりだ。ハノークに話すと余計なことをしそうだと思ったから。


「なるほどねぇ」


 僕の話を一通り聞き終えたハノークは少し考える素振りを見せてから僕に呆れ顔を向けた。


「ここまで分かっているならもっと進展させなきゃ。ソラのパーティーはどうなっているのさ」

「犯人が分かったんですか?」


 自信満々なハノークに尋ねる。


「いやそれは無理。この街のすべての人間を把握しているわけじゃないから」


 首を振るハノーク。


「ソラは情報をそのまま受け取っているだけ。そんなの推理とはいえないね。推理とはいかにして断片的な情報を繋いで真実という像を鮮明に描くかだよ」


 僕が持っている情報を繋ぎ合わせる?


「どう繋ぐんですか?」

「ひとつ俺のお願いを聞いてくれたら教えてあげるよ」


 ハノークが顔の前に指を1本立ててみせる。

 正直嫌な予感しかしない。この青年に主導権を握られるのは、見ず知らずの木の実を調べもせずに食べるようなもの。


「お願いが何かによります」

「そんな悠長なこと言っている場合? こうしている間にまた被害者がでるかも」


 血溜まりに倒れた冒険者を思い出す。遠目からでもあの人がもう動くことはないのだと分かった。

 遠目から事件現場を眺めていたとき、被害者のもとにうずくまって泣いている人が居た。あの人にも仲間がいて帰る場所があったのだ。もうあんなことは起きて欲しくない。


 彼の言うとおりにするのは釈然としないがしょうがなかった。


「分かりましたよ。それで何をすればいいんですか?」

「聞き分けが良いのはいいことだね。とりあえず明日の朝に東門あたりに来ようか。俺とお出かけしよう」


 お出かけ? ハノークと?

 嫌なんだけど。

 思わず出そうになった言葉を必死に飲み込んだ。


「わ、わかりました。どれくらいかかりますか?」

「ソラ次第かな。パーティーメンバーには『明日は1日中1人行動する』って言っておきな。そんな権限がソラにあるか知らないけど」

「断られたら?」

「それくらい頭使いなよ。ほんとうに何にも考えられないお子様なの?」


 むっとしてハノークを睨んだ。


 少し心配性のクロンたちに、知らない人と出かけるなんて言ったら絶対止められる。何か言い訳を考えなければ。


 ハノークのことを信用しているわけではない。けれど僕に被害を加えようとしていないことぐらい僕にも分かる。

 彼はただの下層地区の住民だ。僕は冒険者なのだから彼よりは強いはず。もしものことがあっても対処は容易い。


「じゃあよろしく」


 僕の顔が前方からの光に明るく照らされた。モルトゥルクの朝が今日も始まる。



   *   *   *



 下層地区の路地に男がひとり。


 首元に細長い獣が絡まり、その口から伸びる舌が主人の頬をペロペロと舐める。彼は絡まっている小さな頭をそのゴツゴツとした手で優しく撫でた。獣は嬉しそうに細い目を閉じる。


 「どいつもこいつも暢気(のんき)なもんだ。皆殺しにされるとも知らないで」


 すぐ傍で獣のうめき声が鳴った。まるで彼の言葉に応えたかのように。


「祭りまであと〇〇日。今度は絶対にしくじらない。必ず魔王様に認めてもらう」

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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