モルトゥルク編 第十話 犯人捜し
通された応接間のような部屋でくつろいでいると、使用人と思われる女性がティーカップを運んできた。慣れた所作で僕らの前に並べる。
「ありがとうございます」頭を下げティーカップに口をつけた。少し苦い大人の味が口に広がる。
女性は僕ら全員に向かって一礼して、そのまま部屋を出ていった。
「豪邸ですね。さすがは『魔討士団』の隊長」
「クロンはここに来たことあるの?」
高級そうな家具や飾られた何かの賞状に興味津々で、キョロキョロと落ち着きのない僕とミルシェとは違い、エリサは部屋など興味なさそうに澄まし顔をしている。
「俺も来たのは初めて。大きな屋敷を持っていたのは知っていたけど、クラージ隊長に出会うのはギルドが基本だったから」
「こんな大きな屋敷に1人で住んでいるんですかね?」
「ここは『魔討士団』の幹部クラスの拠点になっているから邸宅以外の使い方もされているんだ。それにたぶん、副隊長もここに住んでいるはずだよ」
「副隊長?」
「待たせたな」
着替えてくると出て行っていたクラージが戻ってきた。使用人の女性も一緒だ。襟の長い正体を隠す用の服ではなく、隊長らしい正装に身を包んでいる。
ドカッと専用の椅子に腰掛けると、また自身の顎髭を撫で回す。
「どうだ俺の屋敷は?」
「立派な邸宅ですね。権力と財力を感じます」
クロンの言葉にクラージが豪快に笑う。さすがは隊長、余裕がある。
否定も謙遜もしない。だって事実だろうから。
使用人の女性がクラージのもとにもティーカップを差し出す。クラージはそれを受け取ると美味しそうに飲み始めた。
女性はそのまま下がっていき部屋の入り口に陣取った。
「お嬢ちゃんたちもこんな場所、初めてだろう?」
僕ら3人に自慢げに問いかけるクラージ。「当然」といった様子のクラージだが、残念うちにはエリサがいる。
いつものような可愛げない発言を待っていると
「ええ、驚いたわ。こんな立派なお屋敷初めてだもの」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
あれ?
「ミストレルでもここまでじゃないの?」
クラージにバレないようそっとエリサに耳打ちする。意外とエリサの両親は控えめな無欲な人だったのか。芸術の街の支配者なのに。
「そんなわけないでしょう? 嘘よ嘘。わざわざ素性を明かす必要ないもの」
さりげなくちゃっかりしているな。
「田舎出身なので迫力が凄いです!」
ミルシェが目を輝かせながら応えた。彼女には裏がなさそうで安心する。
「ほんとうですよ。良い経験になります」
僕とミルシェの絶賛に満面の笑みでご満悦なクラージ。ただ自慢したかったのか。僕の感想はエリサとは違って紛れもない本心なのでそれで上機嫌になってくれるならよかった。
僕らの会話を眺めていたクロンが、その終わりを確認するとクラージに向き直って口を開いた。
「それで、どうして僕らを招待したんですか? 何か理由があるのでしょう?」
真剣な表情で尋ねる。
クラージの表情が一瞬揺れた。図星らしい。
なんだてっきり庶民の僕らに屋敷を自慢をするためかと思っていた。
「なんだ気づいていたのか」
クラージは使用人の女性を呼びつけると、何やら耳打ちをした。
指示を受けた女性はもう一度僕らに礼をしたあと、扉を開けて部屋から出て行ってしまった。余程大事な話なのだろう。
女性がいなくなったことを確認してからクラージがきりだす。
「実はきみたちに折り入ってお願いがある」
緩みきった雰囲気がいっきに引き締まった。
きみたちと言っているがクロンに向けたお願いなのだろう。当事者ではない傍観者としてクラージの言葉を待っていると
「この街で連続殺人が起きていることは知っているか?」
神妙な面持ちで尋ねてきた。
「『魔討士団』の冒険者だけを狙っているという?」
「そう、それだ。俺の可愛い部下が何人も殺されている。まったくもって憎たらしい」
言葉の節々にたしかな怒りを感じる。僕に向けられた言葉ではないのに萎縮して寒気が全身を駆けた。
「これは俺ら『魔討士団』が解決すべき事件だ。街にとっても仲間を葬られた俺らにとっても。だが恥ずかしい話、まだ何の手掛かりも掴めていない」
組まれた両手に力が込められ血管が浮き上がる。クラージの悔しそうな表情に事態の深刻さを感じとる。
半年間犯行を繰り返しているのに手掛かりなしとは。よっぽとの手練れか、言いたくないがモルトゥルクの調査不足か。
「これだけ人口の多い街です。犯人を特定することは一筋縄ではいかないと思います。でも、あんな白昼堂々の犯行、手掛かりが何もないなんてあり得るんですか?」
やはりクロンも同じことを気になっていたようだ。
半分攻めるような口調だが調査不足ならこの街の落ち度である。
「正確には手掛かりはあるにはあるんだ。事件のたびに犯人の目撃情報は出ているし、現場では犯人のもと思しき遺留品も見つかっている。だがどれも空振りに終わっている」
「何か理由が?」
「原因はひとつ。これが連続殺人だからだ」
太い指を一本立ててクラージが言う。
「犯人はたったの1人。それに現場の状況からも1人で殺人を遂行している。共犯はいない」
「そっちの方が捜査しやすいんじゃない?」
エリサが口を挟む。
「その通りだ、お嬢ちゃん。だが不思議なことにそのすべての手掛かりに合致する人物がいないんだ」
「そうなんですか」
「ひとつの証拠から個人を特定することはできない。だから犯人の特徴を絞ってモルトゥルク在住者からリストアップするという方法を使うんだが、どうもすべての特徴を持つ奴がいないんだ。あと残されているのは上層の人間だけ」
「上層…………」
そこまで来ているならもう答えが出ているようなものじゃないか。
犯人は上層の人間だ。
「上層の人間はなに不自由なく暮らしている。それに不満があれば合法的に解決できる手段だってもっている。こんな犯罪に手を染める理由がない」
僕の考えを見透かしたようにクラージが言った。
「しかし私的に『魔討士団』を恨んでいる可能性だってあるんじゃ?」
「もちろんその可能性もある。だが上層の人間は中層や下層でひとりで歩いていたら目立つ。それに上層に入ることのできる人ならば俺を殺す機会なんてたくさんある。わざわざ半年もの間、下層に住む冒険者を殺し続けるなんてリスクの多いことをするか?」
クラージの主張に頷きたくなった。たしかに上層の人間にクラージ以外の冒険者を殺す理由がないかもしれない。
しかし権力があれば財力にものを言わせて庶民に殺害を依頼した可能性だってある。部下を殺してクラージを精神的に苦しめるという目的だって考えられる。上層の人間を白と決めつけるのは危険だ。
「何となく隊長のお願いが何か分かりました。ようするに僕らにその犯人を捕まえて欲しいんですね」
「その通りだ。ほんとうなら隊長である俺の役目なのは百も承知だ。だがもう俺だけでどうにかできる事件じゃない」
「ずいぶん弱気ですね、隊長らしくない」
「半年前、初めの被害者として当時の副隊長が殺された。俺を師と謳うまだ齢26の青年だった。少し生意気だが無邪気な笑顔が似合う良い奴だった」
クラージは目を伏せ暗くテーブルに置かれたティーカップを睨んでいる。
「若くして副隊長になった彼に約束したんだ『俺が引退する前に一人前の男してやる』って。でも約束を果たすことはできなかった」
クラージが顔を上げる。その真っ黒な瞳は僕らを映して鋭く輝いていた。
「あいつの無念を晴らすためにも1日でも早く犯人を捕まえたい。今さらプライドなんて邪魔なだけだ。これ以上の被害は絶対に避けなければいけないんだ」
クロンのことを見てからクラージは立ち上がって頭を下げた。
「改めて頼む。犯人を捕まえるために協力してくれ」
僕はエリサとミルシェとともにクロンを見た。
僕らには時間がない。協力したことでモルトゥルク出発が遅れることは避けなければいけない。判断はクロンに委ねるけどどうするんだろう。
しばらくの沈黙のすえ、クロンが口を開いた。
「頭を上げてください」
優しい口調だった。
「そんなに頼まれたら断れませんよ」
「ほんとうか!?」
クラージが顔を上げる。
「はい。ここで断っては冒険者失格です」
笑いながらクロンが言う。
「ですが僕らはこの街でなるべく早く路銀を集めなくてはいけません」
「モルトゥルク滞在中の全員分の出費は俺がすべて負担する。犯人を捕まえられたら臨時クエストの報酬として大金を保証しよう。もし足りなかったら言ってくれれば俺が出す」
クラージの言葉に僕ら全員目の色が変わった。つまり犯人を捕まえたら悪魔討伐のときみたいに1発でテレポート代を稼ぐことができるということなる。
なんて魅力的な提案なんだ。
それにモルトゥルクでの出費がなくなるというのもありがたい。
「助かります。でもさすがに滞在費すべて負担して貰うのは申しわけ――――」
「僕たちもうここまで来るまででお金使いきっちゃったんです! ありがとうございます!」
気づいたときには立ち上がって感謝を述べていた。
こんな美味しい提案を断るなんてもったいない。それに隊長クラスなら僕らが贅沢しない限り、そこまで大した出費ではないはずだ。うん、きっとそうだ。
クラージがまた豪快な笑い声を響かせた。
少し恥ずかしくなって、また座り直す。
「正直な少年だな。クロンよ、遠慮でこの子たちにひもじい思いをさせるつもりか? 大切な仲間なんだろ? それにこれくらい俺にさせてくれよ」
呆れ顔で僕に何かを訴えるクロンはやがて長い息を吐き出した。
「分かりました、お願いします。その代わりに犯人は必ず僕が捕まえてみせます」
「頼りにしてるぞ」
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