モルトゥルク編 第九話 クラージ隊長
「おじさん、ほんとうに『魔討士団』の隊長?」
動かなくなってしまったクロンに代わりエリサが尋ねる。
「ああ、そうだぞ。徽章は置いてきてしまったから証明できないがな」
クラージが笑いながら自身の右胸をつつく。
振る舞いが大雑把で陽気なおじさんみたいな印象だ。けれど大勢の冒険者の指揮を執る先導者として見ると、その余裕のある仕草も納得できる。
「なら部下さんに言った方がいいわよ。おじさんがここら辺に出没する不審者としてギルドに依頼がだされているから」
「なに? おかしいな、このあたりを訪れるのは久しぶりなんだが」
「どうして素性を隠してまでここにいらしたんですか?」
太い腕を組んで考える素振りを見せるクラージにミルシェが尋ねる。
「最近『獣の鳴き声が聞こえる』って苦情というか報告を受けていてな。俺がそのまま出向いたらびびって獣も出てこられないと思って」
屈強なクラージは素性を隠していても威圧感を纏っている。顔を隠すだけじゃカモフラージュになっていない気もする。
それより彼が言ったことが気になった。獣って?
「獣というのは野獣? それとも魔獣の可能性もあるの?」
僕より先にエリサが訊く。
「不明だ。というか獣がほんとうにいるのかすら分かっていない。残飯やゴミが食い荒らされた形跡はないし被害も今のところ報告されていない」
「じゃあ幻聴じゃない?」
「可能性はあるが、被害がでてからじゃ遅い。任務として通すのは無理だったから部下に内緒で来たんだが…………」
今のところ収穫ゼロ。クラージのばつの悪そうな顔が物語っている。
昨今の支配者によくある受け身の姿勢とは真逆の行動だ。自身も冒険者が故なのだろうか。
「ところできみたちは」
さて、僕らに会話の矛先が向いたところで、一番クラージと話の合いそうなクロンに復活してもらおう。
未だ凍結状態のクロンの袖を何度もグイグイと引っ張って冬眠を解いていく。「クロン、クロン」彼の名を何度も呼んだ。
やがて氷の身体も甘やかに溶けてきた。
「えっと、なに?」
「何じゃないですよ、いつまで固まっているんですか?」
クロンの時間がふたたび動き出した。
「ごめん情報を処理しきれなくって。あ、クラージ隊長、お久しぶりです」
まだ呂律の危ういクロン。クラージの姿を認めると、慌てて胸に手のひらをあててお辞儀をした。
「そんなことやられたことないぞ」
クラージが口を開けて大笑いをする。静かな住宅街に快活な笑い声が反響しながら広がった。
「すいません、まさか隊長にお会いするとは思わなくて」
「珍しいものを見られたから良しだ」
クロンとクラージは以前から付き合いがあるようだ。全国を回っていた上級冒険者なら隊長クラスと面識があってもおかしくはない。むしろクロンはモルトゥルクから冒険者になったはず。一時期『魔討士団』に属していた可能性もある。
クラージはクロンがハイドパーティーの一員であると知っているわけだ。なかなか厄介なことになってしまった。
「それよりクロン、ハイドはどうした? あいつと一緒じゃないなんて珍しいな」
やっぱり気になるよなぁ。
「…………実は訳があってハイドと別で旅をしているんです」
「ほんとうか!? あんな仲良しだったおまえらがどうして」
本気で驚き心配していそうなクラージはうるさい身振りで相づちを打っている。いちいち声量が大きい。誰かに聞かれていないか心配になる。
「すいません、それは言えません。できればこれ以上の詮索はしないでください。それから、彼らはこんな僕を思って旅についてきてくれた仲間です。今回はハイドたちではなくこのパーティーの一員として扱って貰えると助かります」
僕らを手のひらで指しなから、クロンは真剣な表情でクラージを見つめる。慣れた説明に僕らへの配慮を加えた完璧な仕上がりだ。
不意だったので嬉しさが顔に滲んでしまった。
クラージは面食らったようにクロンを凝視したあと、「おう」と威勢の良い返事を返した。
「よく分からないが、そういうことにする。ただし悩んでいるなら言えよ。おまえとハイドはこの街の英雄だ。特に冒険者を志す子どもらにとってはな。そんな英雄が困っているっていうなら、今度は俺ら大人の出番だ」
ニッとクロンに笑いかけたクラージ。彼にとってはクロンはまだ子どもなのだろう。孤児であるクロンへの親のような包容力を備えた人だ。
クロンが「はい」と少し恥ずかしそうに応える。事情をすべて暴露することはしないだろうけど、クロンもなんだか嬉しそうだ。
そんな微笑ましい光景をエリサとミルシェとともに眺める。
後ろあたりから視線を感じたが、きっと住民が何事かと顔を出したからだろうと気にも留めなかった。
* * *
「大丈夫ですよ」
「遠慮するなって、ほらお嬢ちゃんたちも」
遠慮する僕らを強引に上層へ繋がる橋へ押し込むクラージ。クロンだけはさっさと観念して橋を渡りきっていた。きっと何度も訪れているのだ。
頑丈そうな金属製の橋。歩を進めるたびに固く冷ややかな感触が足を伝う。
下層地区でクロンとの会話に興が乗ったクラージは、自分の屋敷に僕らを案内すると意気揚々申し出た。上層地区なんてただの冒険者である僕らが訪れていい場所ではない。謙遜のつもりで断ったのだが、不審者捜しのクエスト報酬を払うという提案と強引なクラージによって半ば強制的にここまで来たのだ。
「素性の分からないわたしたちまで入れて大丈夫なの?」
「問題ない! クロンの仲間なんだろ? だったら疑う余地なんてないさ」
クラージのクロンへの信用がどれほどか、改めて実感する。
不審者だと思われないようクラージの後ろにぴったりついていく。緩やかな勾配があり徐々に中層の地面が低く見えてくる。
やがて橋の終点、上層地区へたどり着いた。
アーチ状のゲートを抜けると上層地区の街並みが露わになる。暗色で統一されていた下層、明るい装飾で物欲を刺激する中層、そして上層は白を基調とした建物に溢れていた。
上層地区は唯一、中心を切り抜かれた輪の形になっていない完全な円形だ。遠くに見える街の中央には領主宅と思しき白い巨大な建物が鎮座している。左右に両開きの窓が取り付けられ、中心にはモルトゥルクの紋章がデカデカと彫られていた。
「俺の屋敷はこっちだ」
クラージはクロンと横並びになると中心に向けて歩きだした。
不思議な場所だ。まるで上層地区がひとつの白い大きな建物のよう。舗装された明るい灰色の地面からそのまま生えたかのように邸宅が建っている。冷たい印象が強い住宅群を周囲の植物が優しく彩る。
お話の中で僕が想像していた貴族の街そのものだった。
緊張して背筋が伸びてしまっている。白いキャンバスの上に乗ってしまった僕ら。すべての注目が僕らに集まっているような気がして落ち着かない。
ソワソワしながらクラージについていくと、やがて彼が進むのを止めた。
「ついたぞ、ここだ」
鼠色の壁面に白い模様がところどころ入ったギルドほどの建物をクラージが示す。全体的に少し暗いが刻まれた模様のおかげでなんとか周りとの調和を保っていた。
クラージは正面玄関の扉を思いっきり開けると
「さあ、入れ!」
と威勢のいい声で僕らを歓迎した。
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