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モルトゥルク編 第八話 下層地区の不審者

 モルトゥルクを訪れてから2度目のギルド訪問。昨日は大量の侮蔑を浴びたせいで早々に退散してしまったけれど、ずっとこのままというわけにはいかない。僕らはクエストでお金を稼ぐ必要があるのだから。


 相変わらず冒険者の視線が痛いが何とか堪えてクエスト受注の掲示板の前までやってきた。目立たないように目だけを動かしてめぼしいクエストを探す。

 どの高難易度クエストもクロンを投影するだけで、簡単に思えてしまう。実際クロンがこなせないクエストは多人数が必要なものだけだろう。


「クロンならどれでもいけそうですね」

「しっ! そういうことを言うともっと睨まれる」


 顔だけで周りの冒険者を指してクロンが言う。

 さっきからクロンは正体がバレることをタルカル以上に怖れている。彼が正体を明かすことができればこの刺々しい視線もいくらかましになるだろうに。


 会話を冒険者に聞かれていないか確認してから、ふたたび視線を掲示板に戻した。


「2人は何か良さそうなのあった?」

「どれも似通っているし、報酬が一番高いやつにしましょう」


 エリサは興味なさそうに手にした魔法杖の飾りをいじっている。僕とエリサはクエストをあまりやっていないからどれが良いとか分からないのだろう。


「クロンさん頼りになりそうなクエストじゃないほうがいいんじゃないかな? クロンさんが抜けたあとでも経験になりそうなのにしよう」


 ミルシェの提案に全員で同意する。

 しかしクロンに頼らないとなると僕とエリサがメインで戦うことになる。高難易度クエストは難しいだろう。最悪クロンに頼るという最終手段を残して無理が承知で挑むこともできるが。


 強者との戦闘に飽き飽きしていたので、この流れなら戦闘以外のクエストを受注するのがよさそうだ。何か条件に合うものがないか、見漁っているとひとつのクエストが目に留まった。


 『臨時クエスト:魔討士団連続殺人事件の犯人の確保(受注依頼不要)』


 これって、昨日起きたあの――――


 下に書かれた報酬はとてつもない額だった。次は自分かもしれないという底知れぬ恐怖が金額から見てとれる。

 

『確保したものに以下の報酬を与える。ただし現行犯ではない場合、たしかな証拠がなければ報酬は保留とする』


 懸賞金のようなものなのだろう。一日中血眼になって探すのではなく、運良く遭遇したときに確実に捕まえて貰うための保険みたいなものだ。


 僕らが求めるクエストではない。


「じゃあ、これにしましょう」


 エリサが適当に示したクエストで今日の予定が決まった。



   *   *   *



 ギルドから離れた住宅街、中心地がギルド周辺だとするならば郊外に当たるような地域での依頼だった。


 『最近、日中に不審者がたびたび目撃されている。周辺の巡回と捜索、尋問、厳重注意を行って欲しい。特徴として帽子をかぶり、鋭く真っ黒な瞳をしていている男性』


 不審者と聞いて真っ先にハノークを思い浮かべたのは、彼への評価そのものだった。しかし残念ながら彼の瞳は紅だし僕が出会ったのは中層へ架かる橋である。

 もし捜索のついでにハノークに出会うことができたら今度は彼の素性を問い詰めようと思う。こっちにはクロンがいるんだ。多少の乱暴は対処できる。


 小物精神ここにあり。


 郊外の住宅街に到着した。陽射しが強く舗装された道路に反射して目が眩んだ。しかし街の雰囲気は落ち着いていて主張控えめな住民性を感じる。

 住宅以外に建物はなく他に公共施設や名所なども見当たらないため、ここの住人以外に訪れる用事は特にないように思う。


「この街、不審者多すぎじゃないですか? もう3人目ですよ」

「3人目? 冒険者殺害の犯人と今回、2人じゃない?」


 あ、やらかした。ハノークも含めてしまった。


「たぶんソラは魔道具店の2人のどちらかを入れているのよ。わたしとしてはクロンの前では両方不審者と変わりないわ」

「エリサちゃん、それは辛辣すぎるよ」


 エリサの勘違いで助かった。僕としては幼馴染みにというより想い人に対してあの調子になるのは理解できるし、キルガレスのエルティナへの想いも同様に尊いものを感じる。

 あそこまで夢中になれる存在に出会えてエルティナもキルガレスも幸せ者だ。


「さて、どうしようか」


 しばらく大した当てもなく住宅街を彷徨っていた僕らだが、特に何の情報も得られていない。クロンとミルシェが簡単な聞き込みをして回っているものの悉く空振りに終わっていた。ちなみに僕とエリサが聞き込みに赴かないのは子どもだからと馬鹿にされないためである。


「わたし上から探してみる」


 エリサはそういうと風操魔法で一瞬にして浮き上がった。


「ソラもくる?」

「いや、僕の浮遊魔法じゃそんな自由に動けないから止めとく」

「わたしの魔法で飛ばしてあげてもいいのよ?」

「目が回りそう」


 僕の発言に「わがままね」と呟くと、エリサは陽の差す方向へ飛んでいった。ほんとうに彼女の風操魔法は飛行魔法と遜色ない。


「冒険者ってああいう探し方ができるから、人捜しとかの専門外の依頼がくるのかもね」

「空を飛べるってだけでいろいろ便利ですからね」


 ミルシェの言葉に相づちを打つと、魔法使いのくせに空を自由に飛べない自分が惨めに思えた。

 クロンとの旅が終わったら飛行魔法にまたチャレンジしてみようかな。今度は空中を移動するぐらはできるようになりたい。


「とは言っても今回はただの人捜しじゃない。そんな簡単に見つかるわけ――――」


「いた!!」


 上空から声が降ってきた。


「なに!?」


 クロンが驚きの声を上げる。上空には不審者を捜しに行ったはずのエリサの姿。

 魔法杖をさっき飛んでいった方向に向け、何やら合図している。「ついてこい」と言っているらしい。


 エリサの案内に従って住宅街を駆けた。曲がりくねった通りに何度も壁にぶつかりそうになった。飛んでいる分エリサの方が早い。彼女のスピードについていけているのはクロンぐらいだった。


「ほんとうにいた……」


 クロンが足を止めた。


 僕らの前にいるのはガタイのいい男だった。服の上からでもその筋肉質な身体が見てとれる。腰には長い剣が備わっている。

 長い襟で口元を隠した男は黒い瞳をしていた。

 

 この街の冒険者か? いや依頼の文面からしてモルトゥルクの住民ではないはず。

 

 危険だ。僕の本能がそう告げる。

 相手は武器を持っている。そしておそらくあいつは冒険者だ、戦闘経験もあるだろう。


 エリサが上空から降りてきた。クロンの後ろに音も立てずに着地する。


「ね? いたでしょ? 上からたまたま見えたの。瞳は見えなかったけどキョロキョロして怪しかったから」

「よくやった」


 クロンがエリサを褒める。エリサも自慢げな笑みを浮かべ、「次はあなたよ」とクロンに確保を託している。

 僕も念のため魔法を放つ準備をする。


 男が背を向けて走りだした。


 残像を残すほどの速さだった。踏み込み1つで視界内の男の背が小さくなる。

 ただそれはクロンも同じ。男同様、瞬きの(いとま)すら与えずに男を追いかけた。


「目を瞑れ!!」


 クロンが叫んだ。

 彼の狙いを悟る。悪魔戦でもやっていたことだ。危害を加えずに逃亡犯を確保するための技。


模倣アミック『閃光弾』」


 微かにそう聞こえた。やっぱりだ。


 わずかな光すら遮断するために力一杯目を瞑る。


 地面を何かが転がる金属音とともに住宅街が強烈な閃光に包まれた。久しぶりの感覚だ。

 やがて弱まる光に目をゆっくり開いていく。クロンが捕まえているか、間に合わずに逃げられているか、広がる景色に決着を思い描いた。


 しかし実際にはどちらも違っていた。いや、決着の行方が僕には分からなかった。


 曲がりくねった通りの奥で2人がただ向かい合って立っていたのだ。2人とも無防備でお互いを観察しているように直立不動。


 何があったんだ。エリサとミルシェとともに2人のもとへ走る。不審者が観念した? クロンの強さに諦めたのだろうか。


「おまえ、もしかして」


 声が聞こえてきた。それもクロンではなく不審者の声だ。

 クロンは眉間にしわを寄せ険しい表情で男を睨んでいる。


「クロンか?」


 クロンの双眸が見開かれる。


「やっぱりクロンか! 覚えてないか?」


 男が襟を折り曲げてその顔が露わになる。顎に短い髭を蓄えた彫りの深い顔をしていた。暗い茶色の髪を短く刈り上げている。

 顔と合わせて男を見るとさらに大きく感じられた。


「ほら、『魔討士団』隊長のクラージだ。いやぁ、何年ぶりだ?」


 まるで親戚を見つけたオヤジのように未だ困惑顔のクロンの肩を力強く叩いた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


次の投稿はあさってです

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