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モルトゥルク編 第七話 神の眼

「ちゃんと冒険者ですけど」

「そっか、悪かった」


 悪びれる様子もなく嘲笑しながら青年が言う。


「『魔討士団』の連中ではないね。こんな子どもが入れるわけないか」


 また嘲笑した。

 さっきからこの人明らかに僕を馬鹿にしている。むすっと眉をひそめて青年を睨む。


「何なんですかさっきから。そこ座ってたら危ないですよ」

「落ちても別に死ぬわけじゃない」


 そう言いながらも、青年は足を振って身体を回し、橋に華麗に降り立った。

 上着の裾がところどころ破れている。古着を無理矢理小綺麗に着こなしているような服装だ。彼自身の魅力がなければ一気にみすぼらしく感じるだろう。


「ここの冒険者じゃないね。こんな街に来るなんて物好きがいるなんて。もしかして月鏡祭を楽しみにしてるのかな?」

「別に。通り道だったので寄っただけです」

「いいねぇ、言ってくれる」


 さっきからの馬鹿にしたような口調を受け少しムキになっていた。僕らしくない。すっかり青年に乗せられている。


「こんな時間に何しているんですか?」

「それは君にも言えることじゃん。 むしろこの街の住人でもない少年がこの時間に出歩いていることの方が不自然だ」

「僕はただ早朝の散歩が趣味なんです」


 趣味というにはまだ2日目で日が浅いけど、別にほんとうのことを言う必要もない。


「じゃあ、俺も散歩」

「散歩では橋にあんな風に座りませんよ」

「常識は人によって案外違うんだよ。これが俺の散歩」


 うまく会話のペースを掴めない。すべての返答が誘導されているのではとすら感じる。


 このままあらゆる情報を抜き取られても面倒だ。「そうですか」と吐き捨て、来た道を引き返そうかと青年から顔を逸らしたが


「待ってよ」


 青年に呼び止められた。


「せっかく知り合ったんだからさ、もっと話そうよ」


 ”知り合った”か。ただ出会っただけじゃないか。


「なら君に俺の特技を見せてあげる」


 青年の言葉につい引き寄せられる。気づかなかったが僕も退屈を感じていたのかもしれい。刺激的過ぎる日中と比べられる早朝は可哀想なものだ。


「俺はさ冒険者の役職と得意技を当てられるんだ」

「得意技?」

「君が普段使っているスキルや技」


 青年が自信をその美貌に滲ませながら近づいてきた。圧ではない、彼から漏れるオーラがだんだん強く感じられる。

 いつでも逃げられるように重心を後ろに倒した。


「そんな身構えることないって」


 青年と人1人分の空間を空けて向かい合う。

 紅の瞳が僕の顔、身体、足先、と全身を舐めなわすように動く。視線が身体をはしるたび、引きつった表情で嫌な気持ちを押し殺した。


 30秒ほど僕を観察した青年は「あれ?」と情けない声をだした。


「おかしいな」

「どうしたんですか」


 青年と少し距離を置いてから尋ねた。青年は未だに僕、主に顔を険しい表情で睨んでいる。


「君、魔法使いだよね?」

「はい」


 魔法杖は持っていないが、冒険者に詳しい人なら役職ぐらい外見だけで分かるだろう。僕の場合、服装ではなくて「こんな非力そうな少年ができそうな役職は」と消去法で当てられそうだけど。


「で、得意技はなんでしたか?」


 僕の得意技といえば閃撃魔法になる。まさか譲渡魔法を指摘されることはないだろう。最近普段使いしすぎているが、あれは本来ここぞというときの切り札的存在だ。

 この悩み方からしてもしかして分かっていない?


「閃撃魔法……」


 なんだ分かっているじゃないか。凄い特技だ。どうやっているんだろう。


「正解です。凄いですね」

「いや、それはすぐ分かったんだけど。君、もうひとつあるでしょ、得意技」


 心臓が大きく跳ねた。譲渡魔法の文字がちらつく。


 「どうして……」という言葉が頭を駆け巡る。閃撃魔法を当てられるのとわけが違う。これはクロンたち以外には発動を目撃すらされていない。(ジードたちは除く)


「この街の魔法使いが誰も習得していない魔法…………そんな魔法存在するのか。いや、存在はするだろうけど、この少年が?」

「だ、大丈夫ですか?」


 平然を装って訊く。


「俺の特技はこの街の冒険者を観察して身につけたもの。どんな連中がどんな技を持っているか、意外と得意技っていうのはそいつの外見とか雰囲気に影響するからね。もちろんデータ不足だったから有名な冒険譚で情報を集めたりもした。見た目は分からないから文体で雰囲気だけ掴んで」


 彼の特技を言い換えるならば、神の観察眼だ。

 感嘆と同時に底知れぬ怖れを抱いた。冒険者限定のまさしく神の眼。


「君を造っているもうひとつの部分。閃撃魔法と重なっていない要素がある。だけど、俺のデータにそれがないんだ。少年、どんだけ珍しい魔法使ってるのさ」

「珍しい魔法なんて…………持ってないですよ」

「嘘をつけない魔法か、難儀だね」


 分かっていないなら問題ない。このまま僕が明かさなければいいだけだ。

 顔の強ばりがいくらか解けて余裕がでてきた。


「そうか、俺がまだ分析していない魔法。魔力はどうせ少ないから、それでも閃撃魔法と併用できる魔法となると、大魔法は無理だ。じゃあもう継承者がいない魔法は……いやあり得ない」


 ブツブツと失礼を織り交ぜながら熟考している青年。このままだとたどり着かれるので何か話題を逸らしたい。


「お兄さんってどんなことをしている方なんですか?」

 

「そうか、禁忌になっている魔法か」


 もう一度心臓が大きく跳ねた。


「自害魔法、譲渡魔法――――お、顔色が変わったねぇ」


 まずい。全身の血の気が引くのが分かった。体温が下がって青ざめる。


 青年が目尻を下げて満足そうににやりと笑った。


「ふうん、譲渡魔法かぁ。『人類史上最悪の魔法』だっけか。ずいぶんおっかない魔法を使ってるねぇ。しかも得意技ときたか」


 最悪だ。信用のおけない見ず知らずの人物に秘密がバレてしまった。

 青年は誇らしげに僕の顔をまじまじ見つめている。これは何か誤魔化そうとしても無駄だろう。


 どうすることもできず、ただ無言でニヤけ顔を睨みつけた。


「ちょっと、そんな警戒しなくてもいいって。別に誰かに言いふらすとかそんなことはしない」

「ほんとうですか?」

「ほんとう。そんなことして俺に何のメリットがあるのさ」


 僕のあたふたを楽しむために流すぐらい平気でやりそうだと声を大にして言いたい。しかし今は彼の発言を信じるしかなかった。

 厄介な人物に厄介な情報を握られたものだ。


「こんな少年が譲渡魔法とは。君、名前はなんていうの?」


 必死に口を結ぶジェスチャーで無視をする。


「警戒しすぎだって。告発しない、約束する」


 名前ぐらい知られても平気だろうが、すべて青年の思い通りになっていそうで面白くない。


「分かった分かった、じゃあ俺から言うよ。俺の名前はハノーク、下層地区に住むただの一般民だ」


 口角を上げながら青年、ハノークは下層地区を指さした。彼が動くたびに破れた裾が忙しなく振り回される。

 素性を晒した後も彼の表情は相変わらずこちらを見下していた。


 ハノークが顎をしゃくった。「ほら、君の番だぞ」と紅の瞳が僕を映す。


 もう逃げられないな。


「…………僕はソラです。昨日この街に来たばっかの駆け出し冒険者です」

「駆け出し、そりゃそうでしょ。まだ親の温もりが恋しいお子様だもんねぇ」


 もう、


「譲渡魔法なんて持ってるだけで面倒な魔法、珍しくて後先考えずに欲しくなっちゃった?」

「もう忘れました」

「今度は都合の悪いことを忘れる魔法か、実に便利だ」


 ほんっとうに嫌なやつ!!



   *   *   *



 いつの間にか上がった朝日に目を細めながら宿に帰った。ハノークは陽の光が苦手なんだと言って、早々に下層地区に消えていった。ほんとうに得体の知れない人だ。


 彼から受けとった不愉快を隠すことなく部屋の扉を開けるとクロンたち3人の姿があった。今度は手紙を残したから心配はしていないと思うが、いつもよりみんな早起きだ。


 クロンと目が合う。

 

「ソラおかえり。なんか機嫌悪くない?」

「別にそんなことありません!」


「なんでそんな不貞腐れてるのよ」

「なんでもないって」


「なにかあったの?」

「大したことじゃありません。ちょっと寝不足なだけです」

ここまでお読みいただきありがとうございます!


次の投稿はあさってです

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