モルトゥルク編 第六話 冒険者連続殺傷事件
路地を見つめ固まっているエルティナ。僕らのことを待ってくれているのではと思ったが、鼻を突き刺す激臭に異常事態を悟った。
エルティナの視線の先には血溜まりで突っ伏す男の姿があった。腰に携えた剣を見てすぐに分かった、彼は冒険者だ。
「あ、あれって……」
エルティナが言い終わる前にクロンは飛び出していた。
倒れている冒険者と血溜まりを交互に確認した後、冒険者の身体に触れる。どす黒い液体を避けながら死体を観察していく。
「ダメだ、死んでる……」
クロンが短く告げる。いっさいの希望もない残酷な断定だった。
「背中と胸に刺し傷がある。たぶん、背中を刺されたあとで抵抗したところに、胸の一撃を受けて死んだんだろう」
冷静すぎるクロンに少し怖さを感じた。上級冒険者にとっては冒険者の死なんて当たり前なのかもしれない。
「犯人はいったい…………」
「分からない。けどここが犯行現場だとするならば――――」
「大丈夫、エルティナさん?」
ミルシェの言葉にエルティナを見る。
彼女は顔面蒼白で目と口が開いたまま動かずにいた。驚きとも恐怖ともとれる表情で冒険者の死体を睨んでいる。
道行く人たちが事件に気づきだした。軽い騒ぎとなって路地の入り口に人が群がりだす。
「また……」
彼女が小さな声で呟いた。
「また出たんだ……」
「どういうこと?」
エリサが聞き返す。
「まただ。おい、はやくクラージ隊長を呼んでこい!」
野次馬の誰かが叫んだ。
「少し離れよう」
クロンが静かに死体から距離をとる。
彼にとってはここで正体がバレるわけにはいかない。
僕らは事件現場を眺めることができる通りの反対側に移動することにした。
「モルトゥルクでたびたび冒険者が殺される事件が起こっているの」
エルティナが口を開く。
「初めの被害者は半年前、水路に浮いているところを発見された、かつての『魔討士団』副隊長。それから不定期で冒険者が殺されていっている。けれど犯人は捕まらない」
「犯人が同じだという証拠はあるのか?」
「確証はないみたいだけど、冒険者の死体には決まって背中に刺し傷があったの。不意をついて背中を刺している」
危険に敏感な冒険者の背中を不意をついて刺している? そんな芸当を半年の間、失敗することなくこなしてきたというのか。
「なるほど、あの人にも一致しているな」
「それにもうひとつ、被害者の冒険者はみんな『魔討士団』に所属していたの」
偶然にしてはできすぎている。
冒険者に恨みのあるやつの犯行か。『魔討士団』はモルトゥルクで優遇されている集団のひとつ。下層地区の人が逆恨みしている可能性もある。
「だから、わたしたちが襲われる危険はないと思う。もちろんクロンたちも」
「それは安心だけど、なんか嫌だな」
僕らは狙われないから大丈夫と暢気に楽観視できる事件ではない。この街に連続殺人鬼がいるという事実だけで気持ち悪いほどソワソワして落ち着けなくなる。
「クロン、その犯人を捕まえようとか思ってない?」
エリサが鋭い視線をクロンに向ける。
「え、そりゃあ捕まえられたら嬉しいけど。この街の冒険者が半年かけて捕まえられていないのなら俺には無理だ」
「なら良かったわ。そんなポンポン街の危機を救うことばかり考えていたら目的を見失うわよ。わたしたちの目標はひとつ。障害になりそうなら解決するべきでしょうけど、無理に首を突っ込む必要はないわ」
「分かってるさ」
無情で残酷に思えるエリサの発言だが、僕らにとって正しい選択だ。救える命はすべて救う、そんな正義感は今の僕らの妨げになる。
それからエリサは僕をも一瞥した。
おそらく彼女は僕にも言い聞かせたつもりなのだろう。悪魔戦もジードたちも僕らが勝手に巻き込まれただけ。あれを解決しただけで勘違いするなと、どんな問題でも解決できるほどの時間も能力も今の僕には足りないのだと忠告してくれている。
「なんか、観光っていう雰囲気じゃなくなっちゃったね」
「エルティナ、案内ありがとうな。今日はもう街を見て回るのはこれくらいにする」
「全然、クロンのためならいくらでも! あ、なんならわたしの部屋に泊まる? 今孤児院の一室を借りているんだけどあと1人くらいなら入れるよ!」
「うん、遠慮するよ」
エルティナの騒がしい声を聞きながら、僕は今後のことについて考えた。
まずは宿を確保した後、ギルドのあの雰囲気に慣れる必要がある。そしたらクエストをこなしてお金を稼いで次のテレポート代を手に入れる。どれくらい掛かるか分からないけど、タルカルと違ってクエストの難易度が高いものが多いだろうからきっと報酬の単価も高いはず。時間はそこまで掛からないだろう。
「未来は予想できないから面白い」なんて言う人がいるけれど、それは最悪の未来を知らないお気楽者の戯言に過ぎない。
* * *
パラレルワールドに迷いこんた気分だった。両脇に連なる住居の数々、商店の数々。陽気な飾り付けをされた街に祭事後の静けさを感じた。はしゃぎ疲れて人間とともに眠ってしまった街の間を縫って僕は駆けていた。
ほんとうは祭りなんてまだ始まってすらいないし、静かなのも日の出前の早朝だからだ。色とりどりの装飾はなりを潜めて日中の煌めきに備えている。
タルカル最終日、僕は美しい朝日を見た。アレックスと眺めた1日の始まりの景色。瞼の裏に焼き付いて離れない光景はベット上の僕にふたたび眠りに落ちることを許さなかった。
そんなわけでモルトゥルクにもきっと美しい朝を迎えうる絶景スポットがあるはずだと中層地区を走り回っている。
タルカルと異なりモルトゥルクは地面の傾斜がほとんどない。いくら中層をぐるぐるしていても僕がいる高度が一向に変わらない。
巨大な空堀のせいで意識していなかったが、上層は空堀を挟んで中層よりも若干高所にある。大きな円を3つに分割しているというより、上層だけ一回り小さい円盤を街の中心に重ねたような構造だ。
となると一番障害物なく朝日を望める場所は上層ということになる。
なんだ、結局そういう部分も支配者や富裕層との格差を表しているのか。タルカルがものすごい良心的な街に思えてきた。
必死に高所を探していた自分が馬鹿らしくなって、逆に下層に行くことにした。僕はただ街を見て回りたかっただけです、と1人で言い訳をこしらえる。
東西南北4カ所に位置する下層と中層を繋ぐ橋。僕が向かった東側の橋に”彼”はいた。
橋の両側に通行人が落ちないように設置された欄干の上に水路を向いて座り、両足を宙へ投げている。片手で欄干の上部を掴み、ゆっくりと流れる清水を儚げな眼差しで見つめる瞳は焼けるような紅色をしていた。
色彩を知らなそうな真っ白な髪が薄暗い空間に浮かび上がっているように見える。美しい青年だ、一目見てそう思った。
商人や冒険者には見えないし、下層地区に住んでいるというのには違和感がある。モルトゥルクで彼に相応しい場所は間違いなく上層地区だ。
僕はその場に立ち尽くしてその危うい魅力に吸い込まれていた。薄くかかる靄が彼の儚さに拍車を掛けている。魂が抜け落ちたように頭がぼうっと考えることを止めていた。
「何をしているの?」
彼が水路を見つめながら言った。
急いで分離していた魂を肉体に引き戻す。
「俺は何も持っていないよ、だから――――」
僕の方に首を回した青年と目が合う。青年の目が見開かれた。驚いているような困惑しているような表情。
言葉を切った青年は少しだけ首を傾けると
「コスプレ?」
と何とも失礼なことを言い放った。
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