追放編 第三話 復讐?
本日も3話分投稿します!
「もうちょっと引き留めづらい理由ありましたよね。嘘をつく罪悪感によるものですか?」
上下に揺れる背中に問いかける。
動きが止まった。振り向いた顔は不意を突かれたように固まっている。
「ソラくん、ついてきてどうしたの? それに何を言って――――」
「『秘守の泉に導かれんことを』これは相手の静穏な日々を願うときに使う別れ文句です。モルトゥルクの街でよく使われているそうですね」
別れ際クロンが言い直した言葉。あれは馴染みの挨拶が咄嗟に出たものだろう。
右手に抱えた魔法杖を握り直す。クロンを追いに家を出たとき無意識に持ってきてしまった。
「これは僕が自分でつけた知識ですので父さんたちが知らなくても無理はないです。今生の別れに近いときに使う言葉。つまり貴方はもう此処を訪れるつもりはないということ」
目を丸くするクロンに続ける。
「パーティーの元に戻るんですか?」
確信があった。彼はハイドに執着している。家に上がったのは自然に父さんを振り切るためだろう。
別に間違っていたって構わない。ただ僕のなかに留めておくには重すぎなだけ。
「はぁ……」少し間を置いてからクロンが溜息を漏らした。やれやれと首を横に振る。
「もっと警戒するべきだったかな」
さっきまでの取り繕った態度とは一変した軽い調子。こちらを会話対象として初めて認めた、そんな様子だ。
「やっぱりそうなんですね」
「そうだよ」
「何故嘘をついて戻ろうとするんですか」
「あまり良い理由を説明することができない。これで十分か?」
クロンが現れたとき彼の顔に浮かんでいたのは驚きではなく悲哀だった。
あの精度の転送魔法は並の冒険者では扱えない。それこそ魔王城へ挑むことができるほどの手練れだろう。すると彼と同じパーティーの魔法使いだと考えるのが自然だ。
何故クロンのみを転移させたのか。
「ごめんなさい、嫌なら話さなくて結構です。だけど合流することが良いことだとは思えない。その人たちは理由があって貴方をここに飛ばしたんですよ」
「ああたしかに”理由”があった。俺も聞いた。だから行くんだ」
クロンはギラついた眼光を彼方遠くに飛ばしている。居場所を取り戻すのではなく、そのものをなかったことにしようとしている。
「”復讐”するんですか? パーティーメンバーに」
クロンの口元が僅かに緩んだ。
「”復讐”とはこれまたずいぶん物騒だな」
「違うんですか」
「それはあいつら次第だ」
地面に吐き捨てるように答える。断言しなかったのは後ろめたさからくる気後れだろう。ハイドと父さんの仲を思うと納得できる。
人並みの正義感から「止めたい」と思ってしまった。だから彼を呼び止めた。でもそんな正義感が正義として受け入れられるかは別の話。
僕の憧れの冒険者という人たちは理想を塗り固めた虚像ではなく、血を巡らせたひとりの人間だった。
「行かないでくれって言わないんだな」
「言えば考え直してくれますか」
そんなぬるい覚悟ではここまでの冒険者になっていない。幼い甘えが通用するほど大人の世界は輝いていない。
ふとどこか遠くで獣の鳴き声が聞こえた気がした。ここら一帯に森林や魔獣の生息域は存在していないはず。
ならどこから――――
「うわぁ!」
突如目の前を白い巨躯が横切った。
後ろにのけぞってそのまま勢いよく尻餅をつく。しびれが尻から全身へ駆け巡った。
何かが巨大な影を地に落としている。
空を見上げると、一匹の白鳥が翼を広げ羽ばたいていた。空に舞う羽根が陽射しを反射し点滅する。
純白の身体に長く鋭いくちばし。その姿には心当たりがあった。キュルシニィと呼ばれる魔物だ。
そのくちもとには花の模様があしらわれた魔法杖が――――
「あー!!」
右手にあった杖がいつの間にかキュルシニィのくちばしに挟まっていた。
「おいこら、返せー!! おい!!」
魔獣は翼を持たないこちらをあざ笑うかのように上空を飛び回っている。
あれがなくては魔法は撃てない。冒険者を諦められないと言って聞かない僕に両親が買い与えてくれた宝物。あれを失えば今度こそ僕の夢は潰える。
短剣も投擲武器も家に置いてきてしまっていた。あたりには石一つ落ちていない。僕ひとりではどうしようもなかった。
移動する影がだんだん大きくなっていく。キュルシニィがまたこちらに近づいて来たのだ。おもわず目を瞑る。
「痛っ!」
頭に硬い物体が打ちつけられた。何かが頭から足下に落ちる。
目を開くとキュルシニィがクロンの後方からこちらに迫ってきているのが見えた。
まずい、クロンに”与える”か? いや今は杖がない。とりあえず早く知らせなくては。
「危ない!!」
間に合わなかった。
キュルシニィがクロンに追突する直前、彼が振り返った。手にはこぶし大の丸い何かを持っている。
ほんの一瞬の出来事だった。
魔獣はその丸い物体をひったくると上空高く飛び上がった。
僕らから距離を置こうとしている。さっきとは真逆の行動だ。
足下を見ると魔法杖が転がっていた。頭に走った衝撃の正体が分かった。それを拾って急いでクロンの元に駆け寄る。
「クロンさん、大丈夫ですか」
澄まし顔のクロンには特に変わったところはなかった。
「ああ、平気だ。あれはキュルシニィだな。あいつは魔力のこもったものを好んで集める習性がある」
だから杖が狙われたのか。でも魔法杖よりクロンのほうを優先したのはなぜだろう。
「クロンさんが持っていたものは何ですか? 取られちゃいましたよ」
「それは大丈夫。あれが何なのかはすぐ分かる」
空を見上げるクロンはよほど自信があるらしい。
彼にならってキュルシニィを目で追いかけようとした瞬間、遙か上空で巨大な爆発音がした。鼓膜にのしかかるような重低音。
魔法ではなく爆弾によるものだと直感した。爆発の炎を探すがどこにも見当たらない。
甲高い鳴き声が降ってきた。その主キュルシニィは翼をバタつかせ地への落下をなんとか防ごうともがいている。
「クロンさん、あれって」
「手榴弾。威力は弱めだが爆音と魔力のおまけつきだ」
そうか、クロンが握っていたものは手榴弾だったのか。
武器に魔力を込めることは冒険者ではよくあることだと知っている。威力増強以外にも魔獣への威嚇や牽制に利用できるそうだ。
そんな危険で強力な武器を僕の家に持ち込まれていた。その事実を前にクロンへの不信感が募る。
”復讐”という言葉を否定しなかったクロン。僕は彼を心からは信用できていない。彼の容姿や振る舞いからかけ離れたこの感情は解こうにも執拗に絡みついてくる。
一歩足が後ろへ退く。クロンへの警戒心が無意識に身体を逃がそうとする。
クロンがこちらの動きに気づいた。
「大丈夫、別に君たちをどうかしようとしていたんじゃない。あれはさっき手に入れたものだ」
警戒心を見透かしたようにクロンが言う。
「どういうことですか」
「冒険者に憧れているなら知っていると思っていたんだけどな。俺は手榴弾を持っていたんじゃない、作ったんだ。俺の役職は『模倣者』だからな」
知らない役職だ。お話にもそんな役職の冒険者はいなかった。
「いったいどういう――――」
僕の問いかけは上空からの叫び声にかき消された。2度3度繰り返されるそれはさっき上げていた悲鳴とは違う、こちらへの強い敵対心を孕んだ鳴き声だった。
襲われる。怯んだ身体が訴えてくる。
しかし結局キュルシニィは甲高い鳴き声を響かせながら飛び去ってしまった。弱りきったひどくぎこちない飛び方だった。
深く深呼吸をする。やっと解放されたのだ。
こんなことは冒険者にとっては日常なのだろうか。僕も経験を積めばクロンのようになれるのだろうか。
「じゃあねソラくん。くれぐれも俺のことはご両親には内緒で」
クロンは何事もなかったようにそう言うと、背を向け歩き出してしまった。咄嗟に伸ばした手も空しく空を切る。
日常に持ち込まれたひどく歪んだ闇。持ち主は意図せず周囲にばらまきながらも進んでいく。
僕はまだ騒がしい心臓の鼓動を感じながら
「言えるわけないよ」口の中でそう呟いた。
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