モルトゥルク編 第四話 キル魔道具店
シンプルな石造りの外装で目立った装飾はなく、最上部に『キル魔道具店』という看板が掛けられている。祭りで活気づいた街に取り残されたように整然と必要最低限を目指している、そんな外観だった。
「今は営業外なのでご自由に見ていってください」
キルガレスの許可をもらって店内に入る。
思ったよりも明るい空間だった。ランタンやキャンドルでぼんやり照らされた店内を想像していたので眩しさに一瞬目を細めた。
眼前に広がる商品を眺めてミルシェが「わぁ……」と声を漏らす。
複雑な模様が刻まれた武器や色とりどりのポーション、魔導書の数々が種類ごとに分けられ、高価そうな魔晶石はガラスケースに頑丈に保管されている。
まさに”冒険者の夢”が詰まった空間だ。何かに導かれるように目を輝かせながら商品を物色していく。
「ソラソラ! この魔晶石を使えばソラの少ない魔力もちょっとは補えるんじゃない?」
「ん? って高っ!! こんなの戦闘のたびに使ってたら報酬よりも出費の方が多くなるよ」
魔晶石は魔力が込められた石。製法が限られている分、値段が高く設定されている。さすがのエリサでも何個も手が出せる代物ではなかった。
普段どんなに高価なものを見ても顔色一つ変えないエリサも今回ばかりは興奮気味だ。タルカルでは普段使いできる日用品のような魔道具が多かったので、高価で優れた性能の品は珍しいのだろう。「この道具を装備すればこんなことができるのではないか」と僕の頭にも無秩序な妄想が広がっていく。
「色んなものがありますね」
「魔道具店は中層地区にたくさんありますから差別化が大事なんです。うちは種類の豊富さとその希少性で勝負しています!」
店内を見渡すクロンに胸を張ってキルガレスが言う。
たしかに見たことのない魔道具も多い。例えばたまたま目に留まった品「1人が寂しくなくなるポーション」ずいぶん使い方が限定的なポーションだな。
でも珍物を集めただけの独りよがりの商売ではない。ちゃんと普通の値段で冒険者以外も利用できる便利な品物もたくさんある。頑固で自分の味を守る為に他を捨てるのではなく、大衆に寄り添ったラインナップは若者の柔軟さを感じた。
「初めて見るものばっかです! いったいどこで手に入れるんですか?」
「僕が各地を回って仕入れているんです。珍しい魔道具を作っている職人さんにお願いして希望の商品をつくって貰うこともあります。他の一般的なものは下層地区の工場で製造されたやつですね」
「お若いのに行動力があって凄い!」
ミルシェの絶賛に照れ気味なキルガレス。でも謙遜よりも自分の商品に対する自信がみなぎっている、そんな顔だった。
「ではここでとっておきの商品をお目にかけましょう! 今持ってきます!」
キルガレスはそう言うとカウンターの奥に消えていった。店内に陳列していないのにとっておきとは。買って欲しいのか欲しくないのか分からないな。
「あ、また始まった!」
どうやらエルティナにはお馴染みらしい。
「エルティナは知っているの?」
「もちろん! これでも手伝い歴長いからね。キル、冒険者が来るたびにやってるよ。ご自慢の武器を見せびらかしたいんだよ。あっ、ちなみにわたしのお気に入りはねぇ――――」
「そんな珍しい武器なのか。楽しみだな」
「もう遮らないで!!」
また幼馴染み同士賑やかな会話を繰り広げている。僕含め周囲はもう慣れたのか、もう目もくれずに品物の物色に夢中になっていた。
ぐいぐいクロンに近づくエルティナとそれを押しのけるクロン。少し前も見た光景だが、僕の頭の中にひとつの可能性が浮かんだ。可能性というには残酷過ぎるかもしれないが、
クロンの『再会』する人ってまさか――――
「これですこれです! 見てください!」
キルガレスがカウンターから出てきた。
手にはご自慢の武器であろう短剣が鞘に入れられ握られている。
「これこそうちの目玉商品である防御貫通の短剣、通称”ピアンザ”です!」
キルガレスが短剣を鞘から抜く。真っ黒な刀身が露わになった。引き込まれるような艶のある完璧な漆黒。
長さは悪魔戦でクロンが使っていたような通常の短剣と大きな違いはない。柄に比べて若干刀身が長いくらいだ。
「魅力はこの刀身、格好いいでしょ? 別にこれ黒く塗っているわけではなくて、付与術の過程で鋼が変色してしまうそうなんです。不思議ですよね!」
買って貰うための商品説明のような口調だ。キルガレス自身があの短剣に心酔していることが彼の生き生きとした様子から伝わってくる。
「そしてなんといってもこの唯一無二の性能! この短剣、対象の防御をすべて無視するんです。冒険者クラスの力があれば、頑丈な甲冑を着ていても、どんなに強力な防御効果をつけていても貫通できます。まさに最強!」
鼻息が荒い。近距離職でありそうなクロンにこれでもかと短剣の魅力を熱弁している。偶然にもクロンは武器を大量扱う役職。惹かれない彼ではないだろう。
「素晴らしいですね。たしかに強すぎます」
「ですよね、ですよね! やっぱりそう思いますよね!」
「ええ、その闇のような漆黒も素晴らしい」
「分かってらっしゃる!」
もう魔道具店店主ではなく武器商人みたいになっている。魔法関係以外の武器も置いてあるから、幅広い分野に精通していそうだ。
「でもそんな素晴らしい商品、どうして裏にしまっているんですか? 窃盗対策?」
「それもありますが、武器性能が高すぎて店内に並べておくのは危険なんですよ。なので購入を決めた人にしか渡さないようにしています」
「そんなこと言って、ほんとうは誰にも買われたくないって思ってるんでしょ?」
エルティナが口を挟む。
「そんなことないよ。僕はこの武器に相応しい人に買って欲しいってだけ」
「ちなみにおいくらなんですか」
「えっと、――」
キルガレスが口にした金額は短剣一本につけられる値段とは思えないほど高額だった。悪魔討伐で手に入れた報酬をゆうに超えている。エリサでさえも購入に踏み切ることはできないだろう。目玉商品だけある。
相応しい人が現れたとしても果たしてその人は買えるのだろうか。
「それは……買える人いるんですか?」
「何回か武器商人を名乗る方が買いたいと言ってくださったことがありました」
「でもね、キルがそれを断ったの。商人ではなくちゃんと現場で使ってくれる冒険者に直接売りたいって」
「僕のこだわりみたいなものです。消費者には僕のお店の商品として買って欲しいんです」
頭を掻きながらキルガレスが言う。
若いのに目先の利益に眩むことなく、意志をもって商売をしているんだ。商人という生き物について詳しくないけれど、彼はなんだか格好いいな。
「さて、防御貫通の短剣の説明はこれくらいにして、何かお気に召した商品はございましたか? 今ならお安くしておきますよ?」
短剣をしまったキルガレスが両手をこねくり回す。
商売の機会があれば逃すわけにはいかない。ここにもキルガレスの商人魂を感じる。
「すいません」
「お、魔法使いの少年。ソラくんだよね。興味あるかい?」
念のため一番の悩みを聞いてもらうことにした。
「何か魔力の量を補えるものってありませんか?」
「そうだね、使える魔力を増やしたいならあそこにある魔力を事前に込めることができる魔法杖が一番かな。他には魔力を活性化させるポーションで魔法の威力を上げてその分消費魔力を抑える方法とか、あとは高価だけど魔晶石なんかはやっぱり強力だね」
並んだ商品を順に指さしながらキルガレスが答える。
ポーション類は戦闘のたびに消費したらきりがないし魔晶石はそもそも買える値段をしていない。魔法杖は以前クロンに聞いた事があったが、魔力を込めるのは専門的な技術が必要で、付与術士に頼むか自分でスキルを身につけるしかないらしい。
将来的にはそんな選択肢も悪くない。しかしお金が何より大切でスキルを覚える余裕がない今ではまず踏み切ることのできない決断だ。
険しい表情でどう返そうか悩んでいると
「やっぱりどれも一時的な強化だから常用は現実的じゃないね。魔法使いたるもの己の魔力は己でどうにかすべし! なんてね」
おちゃらけるようにキルガレスがフォローに入ってくれた。身につけるだけで魔力が湧き上がるアクセサリーなんてものを想像していた自分が恥ずかしい。
専門家である分、魔道具の限界も把握しているのだ。
「ソラはまだわたしと同じ駆け出しなんだから道具に頼っちゃダメよ。そういうのは何年もの鍛錬で自分の限界値を知った魔法使いが初めてとる選択肢だわ。まずは試行錯誤を繰り返して自分の力でどうにかすべきよ」
エリサに正論で殴られて「はい……」と弱々しい返事を返すことしかできなかった。気まずくなって俯く僕にミルシェが「私はソラくんの気持ちわかる」と慰めてくれる。暖かな彼女に縋りたかったが、そうするとまたエリサに怒られそうなので止めておこう。
「実は僕たち訳あってお金を貯めていまして、出費は必要最低限に留めないといけないんです。なのでまたモルトゥルクを訪れたときに是非購入させてください。僕は珍しい武器なんかが興味がありますね」
「分かりました。エルティナのお友達としてお待ちしています」
相変わらずキルガレスがクロンに向ける視線は厳しいものがあるけれど、クロンが場をまとめてくれて助かった。
今度訪れるときクロンはいないかもしれないけど絶対何か買おう。できればそれまでに魔力不足を解決できていたらいいな。
「そろそろ開店なので案内はここまでになってしまいます、すいません」
「いえいえ、こちらこそお忙しい中ありがとうございました」
「ねぇ、キル。わたし何かすることある?」
「今は特にないかな…………あ、待って――――」
「じゃあ、これからはわたしがクロンたちを案内するね!」
意図に気づいたキルガレスが慌てて止めるがもう遅い。すでにエルティナはクロンの袖を掴んで扉に向かって歩きだしていた。
「ああーー」と頭を掻きむしって悔しがるキルガレス。もう隠す気もないな。
「エル、くれぐれも失礼のないように。というかあまりくっつくな」
「はいはい、分かってるって」
「クロンさんも、エルティナは僕の…………僕の大切なお手伝いなんで!」
「?? 大丈夫です! 何もしませんから」
「えーー」
「エル、うるさい!」
もしかしてモルトゥルクに居る間、ずっとこれを見せられることになるのだろうか。
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