モルトゥルク編 第三話 月鏡祭
「ここモルトゥルクでは階層構造を採用しています。先ほどまでクロンさんたちが居た場所、ギルドがあるところですね。そこは下層地区と呼ばれていて、ほとんどの冒険者と一般民が住んでいます。小規模ですが農地や工場もあります」
「ギルド近辺の住宅と少し外れた場所にある住宅とでは結構雰囲気が違いますよね?」
「ギルト付近には定住冒険者がたくさん暮らしているのでそのせいですね」
キルガレスの案内のもと、僕らは中層地区を回っていた。橋の前から見るよりも活気が溢れていてタルカル以上の人口密度と商店数は「栄えている」という言葉に相応しかった。
「この街は冒険者が権力を持っているってほんとうなんですか?」
ミルシェがキルガレスに尋ねる。
「ええ。冒険者といっても『魔討士団』の連中だけですが」
「魔討士団?」
「『魔討士団』はモルトゥルクに住む冒険者のみで構成された軍隊で、街の治安維持や防衛活動を行っています。他の都市でいう『衛兵』の役割を冒険者任務と兼任して果たしている組織というわけです」
なるほど。つまりギルドを訪れた際に僕らに冷ややかな視線を向けてきた彼らこそ『魔討士団』だったことになる。
思い返してみても感じの悪い人たちだったが、あれは自分たちの立場を理解しているが故の態度だったのか。
嫌だ、嫌だ。
「普通の冒険者よりもモルトゥルクに貢献しているため、クエストをこなさなくても『警備』なんて言って街を適当に歩いているだけで、それなりの額を貰うことができます。僕らが汗水流して働いて得たお金をただ遊んでいるだけで稼げるんだからずるいですよね」
苦笑いを浮かべながら肩をすくめるキルガレス。クロンはそんな彼に同情を示すように大きく頷いたあと、辺りを見渡して言った。
「中層地区は商業が盛んなんですよね。小さい頃よく遊びに来てました」
「そういえばモルトゥルク育ちでしたね。ここに住むことができるのは商人と貿易商、それに移住申請が通った人たちだけです。お店が集中していて便利なので毎年大勢の下層地区からの移住申請があるそうなのですが、通るのはごく僅かです。それも上層地区の連中と繋がりがある人ばかり」
「やけに賑やかですね」
行き交う人々の熱量も然る事ながら、ライトはまだついていないがライトアップの装飾が施された外装や風に揺れる色とりどりのビニールテープ、剣や盾などの武器が扉の上部に取り付けられている店も目立つ。
楽しそうだが、毎日がこんな賑やかだったらさすがに疲れてしまうだろう。
「もしかして祭りの準備期間に中層にいらっしゃるのは初めてですか?」
「あー、もうそんな時期ですか。たしかに止められてました。大人たちは忙しいから邪魔しちゃだめだって」
「祭り?」
2人の会話にミルシェが首を傾げる。
「『月鏡祭』っていいます。200年以上前、モルトゥルクに魔族が攻めてきたことがあったそうです。それを当時の領主とたまたま滞在していた冒険者が、見事な連携で犠牲者を出すことなく制圧した。なかなかの規模だったと聞いていますが犠牲者ゼロなんて運が良かったというしかありません。そんな奇跡を記念して毎年その日は祭りを開くことになりました」
魔王城が近い都市ならではのエピソードだ。タルカルでは平和すぎて想像もつかない。
そしてギルドの冒険者たちが厳しい目を向けていたことに説明がついた。彼らにとって年1回、自分たちが主役となって騒げる日が近づいているのだ。余所者に邪魔をされたくないのだろう。
「祭りの日は下層地区の人のほとんどがここ中層地区に遊びに来ます。街にとって大切な日であると同時に、商人にとっては大事な稼ぎ時なんです。ですので普段はあまりない露店も数多く出店していて、商人たちは協力して中層地区を祭り会場に仕立て上げているんですよ」
「ここまでの規模、すごいチームプレイ!」
ミルシェが感嘆の声を上げる。
商人とは当然キルガレスも関係しているはず。そんな忙しい時期に見知らぬ僕たちを案内してくれるとは優しい人だ。
「ねぇ、ソラくん」
突然名前を呼ばれて後ろを振り返った。
さっきからクロンたちの大人の輪から外れて、エリサと戯れていたエルティナが手招きしている。
一旦キルガレスの説明から耳を逸らし後ろに並ぶエリサたちに合流する。
「なんですか? エルティナさん」
「ソラくんっていつからエリサちゃんと一緒なの?」
「え?」
気の抜けた声が出た。何故そんなこと聞くのだろう。
エリサの方をチラリと見ると、気まずそうに魔法帽子をいじっている。何かの拍子に僕とエリサの関係が話題に出たのかもしれない。
「僕とエリサから始まったパーティーですが、たぶん10日も経っていないです」
「えーそうなの!? こんな仲良しなのに意外!」
そんなに仲良しなところ見せたっけ?
「じゃあじゃあ、ソラくんはどうしてエリサちゃんと仲間になろうと思ったの? ちなみにエリサちゃんはね、この人しかいないって――――」
「ああーー! 言っちゃダメ!!」
顔を真っ赤に紅潮させながらエリサが叫んだ。慌てながら魔法帽子を被せるようにエルティナの顔を帽子で殴る。今まで見てきたエリサの動作の何よりも素早い。
エルティナの声がくぐもって聞こえてくる。帽子の中でまだ何か言っているらしい。
息を切らしながらこっちに鋭い視線を向けるエリサ。エルティナの暴走を止めた後、彼女は睨みながら僕に近づいてきた。恥ずかしさが彼女の感情の舵を変な方向にきっている。
僕に怒りが向いているんだ、怖い……
「今聞いたことを忘れること。いいわね?」
「えっと……別にそんな隠す事じゃ……」
「い・い・わ・ね!! 素直に頷かないと分かっているわよね?」
真っ赤な顔をさらに近づけてエリサが脅してくる。その目には怒りではなく羞恥で満たされていた。どうやらさっきエルティナが口走ったことはほんとうらしい。
だとしたらめちゃくちゃ嬉しい。だって僕も同じ気持ちだったから。
想像が妄想を加速させる。
脅されているのに、頬が緩んで口角があがってしまった。
「分かった、忘れるよ」
「笑っているじゃない! 信用できないわよ! まずはそのニヤけ顔を直しなさい」
「イデデデデ」
ニヤけきった僕の頬をエリサがつねる。柔らかい痛みが頬に走った。
クロンが一瞬だけ僕らの方を振り返った。じゃれ合う僕とエリサに、顔面を帽子で覆われたエルティナ。その異常な光景にクロンは目を細めて呆れ顔を作っている。
普段はそこまでふざけ合っているわけではない僕ら。それがエルティナという異種をひとり入れるだけでこんなカオスになってしまった。触媒が優秀すぎるのかしっかりしているクロンがいなかったら僕らだけでもこんなパーティーになっていたのか。
彼女といると飽きなさそうだな、帽子の奥の顔を想像しながらそう思った。
先頭集団が足を止めた。視線を横に移して、キルガレスが何やら脇に立つ商店のような建物を指さして説明をしている。
どうしたのだろう、そう思っているとエルティナが急にキルガレスたちの元へ走り出した。ほんとうに彼女の動きは緩急が激しい。
そして僕らを両手で手招きしして
「こっちこっち、ここがわたしたちのお店だよ」
と宝物を自慢する子どものように明るい声をあげた。
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